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王子護衛騎士編
噂と距離
しおりを挟む<前書き>――――――――――――――――――
本編は第15話までゆっくりと進む展開になっています。
テンポよく物語を追いたい方は、『王子護衛騎士編』の『ここまでの人物紹介』を先に読んでから続きを進めるのがおすすめです。
人物や関係性を把握した状態で読めるので、スムーズに物語に入り込めます。
じっくり読みたい方はそのままどうぞ。お好みのスタイルでお楽しみください!
<前書き>――――――――――――――――――
サーディスが王子アレクシスの護衛となってから、数ヶ月が経った。
最初こそ、彼女の存在は周囲にとって異質なものだった。
"武術大会で突如頭角を現した無名の剣士が、いきなり王子の護衛になった"
この事実に、貴族たちも困惑していた。
しかし、日が経つにつれ、その戸惑いは違う形へと変わっていった。
「王子があれほど気にかけているのは、単なる護衛騎士だからではないのでは?」
「護衛という名の寵愛か……いや、まさかな」
「クレストの中でも、彼女は異質だ。ただの護衛なら、王子はそこまで近づけないはず」
宮廷の廊下、貴族の集まる社交の場。いつしか、サーディスに関する噂があちこちで囁かれるようになった。
その内容は次第に、ある"一つの結論"へとまとまっていった。
「王子の"情婦"なのでは?」
王族の護衛といえば、距離を置いた存在であるはずだ。常に王子の傍にいるとはいえ、それは"陰"の立場に過ぎない。
だが、サーディスは違った。王子は食事の席でも、訓練の場でも、何かと彼女に話しかけることが多かった。特別扱いをしているわけではない。だが、目を向ける頻度が他の者よりも多い。
それだけで、貴族たちは勝手な解釈を広めていった。
「無名の剣士が王子に気に入られ、護衛という名の"特別な存在"になったのではないか?」
「王族が側近と特別な関係になることは、決して珍しくない」
「彼女が正式な妃となることはないだろうが……それでも王子の寵愛を受けている可能性はある」
言葉の尾ひれはどんどん大きくなっていった。
だが、そんな噂が流れていることを知っていても、サーディスは一切気にする素振りを見せなかった。
無駄な雑音に心を乱す気はなかったし、そもそも彼女にとって、王子は"利用すべき相手"に過ぎないはずだった。
王子の側にいることで、敵の動向を探り、復讐の機会を得る。その目的のために、この立場を手に入れたのだから。
(……或いはこの噂を利用してもいいのだけれど)
王子もこの件に関しては無関心、無視を決め込んでいる。わざわざ自分から話題に触れる必要はないだろう。
結局のところサーディスは王子の護衛としての職務を全うするだけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
だが、そんな彼女の心の奥で、ほんの僅かに"何か"が疼くのを、彼女自身は気づかないふりをしていた。
本来なら、王子の護衛という立場を利用しながら、クレストの内部情報を探るはずだった。王子に取り入ることでクレストの動向を探り、復讐に向けた手を打つつもりだった。
だが、王子が予想以上にサーディスを"手放さなかった"せいで、それがほとんどできていない。
クレストの情報を得るどころか、他の護衛との接触すら難しいほど、彼女は王子の傍にいることが多くなった。
(……シス様につきっきりで、調査する暇もない)
本来ならば、焦りを感じるべき状況だった。
"そんな状況を、どこか心地よいと感じている自分がいる"
サーディスは、それに気づいた瞬間、静かに自分の拳を握りしめた。
(……違う。私は、何を考えている?)
これは"復讐"の一環。王子を信用させ、周囲を欺くための立場。私は利用しているだけだ。
なのに、まるで……
(……まるで、本当に"昔のように"戻ったかのような錯覚をしている)
違う。これは"偽物"だ。
もうミレクシア・アルノーではないのだから。
それでも、王子と共に過ごす時間が増えたことで、サーディスの心の奥に眠っていた記憶が蘇ることがあった。
幼い頃、彼と過ごした日々。無邪気に剣を交え、笑い合った時間。ふざけて追いかけっこをし、時には庭園の片隅でお茶を飲みながら、将来の話をしたこともある。
「ミレクシア、将来はどうする?」
「決まっています。シス様の騎士になるの」
「……騎士?」
「ええ。剣の腕をもっと磨いて、シス様のために戦うの!」
「……変わらないな、お前は」
――あの頃と、何も変わらない。
変わったのは、髪の色と瞳の色。変わったのは、王子が"彼女を覚えていない"こと。
そして変わったのは、彼女自身の"在り方"だった。
(……何を思い出している? 私はもう、あの頃には戻れない)
王子は、自分が昔の"ミレクシア"と共に過ごしていたことすら覚えていない。覚えていたとしても、ミレクシアは"死んだ貴族"であり、今ここにいるのは"サーディス"だ。
(惑わされるな。私はもう、ミレクシアではない)
かつての名も、過去も、すべてを捨てた。私は、ただ復讐のためにここにいる。王子に近づいたのも、その目的を果たすため。
だから――
(シス様は、"利用するだけの存在"だ。)
彼に信頼されればそれでいい。それ以上の感情を抱くことは、何の意味もない。
なのに。なのに、なぜか。
"王子の隣にいると、心が揺れる"。
「サーディス」
ふと、彼の声が耳に届く。
「どうした?」
「……何も」
「そうか。なら、もう少し付き合ってくれ。貴族たちの会合は、実に退屈でね」
「……はい」
他愛もない会話。けれど、その一言一言が、過去の記憶を刺激する。
(……私は、どうしてこんなことを考えている?)
サーディスは、自分に問いかける。だが、その答えは、まだ出なかった。
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