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動乱編
解放
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月明かりが淡く照らす城壁の影を縫うように、サーディスは静かに動いた。
ヴォルネス城。王子アレクシスが囚われている場所。元々は戦の要ではなく、有力貴族の威光を示すために建てられた城館。しかし、今は王子を幽閉する牢獄となっている。外から見た限り、王城ほどの重厚な防備はない。
だが、それでも"貴族の城"としての最低限の警戒は厳しく、正面から突入すれば、確実に捕えられる。
だからこそ、サーディスは"影"となる。黒いマントをまとい、音を消しながら外壁沿いを進む。
城門には松明が並び、門兵が見張りを続けていた。さらに壁の上からは弓兵が警戒し、出入りする者を厳しく監視している。
サーディスは、じっと息を潜めながら、事前に得た情報を思い出す。
(……東の外壁は崩れかけている)
城の増築時、基盤となる石材が脆くなり、修復も後回しにされていた部分。それを利用しない手はない。
彼女は城壁の東側へ向かい、崩れた石材の隙間を探った。指でそっと壁をなぞると、かすかに崩れやすい部分が見つかる。軽く息を吐き、素早く登り始める。
"無音"。
影そのもののように、身を壁に密着させながら登攀する。
夜風が吹き、松明の炎が揺れる。
その動きに紛れながら、彼女はさらに上へと進む。途中、城壁の上を巡回する見張りが近づいてくるのが見えた。
サーディスはすぐに動きを止め、闇に紛れて息を潜める。見張りの兵士が足音を響かせながら通り過ぎる。
(……今)
彼女は瞬時に動いた。一歩、静かに壁の上へと乗り上げ、無音で短剣を抜く。
"スッ"
刃がわずかに閃いた次の瞬間、兵士の喉が切り裂かれる。血の噴き出す音さえ抑えられ、男は声も上げぬまま崩れ落ちた。
サーディスはすぐに死体を影へと引き込み、物音が響かぬように処理する。
(まだ気づかれていない)
城内へ忍び込む絶好の機会。彼女は、壁の影へと溶け込むように進んでいった。
目的は二つ。王子の救出とゼファルへの復讐。
静かに、死がヴォルネス城内を満たしていく。ヴォルネス城の地下牢は、湿った冷気に包まれていた。
空気は重く、壁の石はじめじめと冷たく光を吸い込んでいる。奥へ進むにつれ、腐った藁の匂いと鉄の錆びた臭いが鼻を突いた。
サーディスは、剣をしっかりと握りしめ、慎重に足を進める。
この場所は、ただの牢ではない。王子のために用意された"拷問部屋"がある。
(シス様……)
一刻も早く助け出さなければならない。
地下牢の奥に近づくと、扉の前で兵士が立っていた。
ゆるんだ姿勢。だが、それは警戒がないわけではない。
この城に閉じ込められているのがただの囚人ではなく"王子"だと考えれば、いつでも命令が下る可能性があると兵士も理解している。
だからこそ、油断なく、そして静かに動く必要があった。
サーディスは、音を立てずに背後へ回り込む。短剣を逆手に持ち、兵士の喉元へすっと刃を滑らせた。
「……ッ」
声が漏れる間もなく、兵士は目を見開いたまま崩れ落ちる。サーディスは素早くその身体を支え、物音がしないよう慎重に床へと横たえた。携帯品を物色すると、彼女のお目当ての物、鍵束があった。
そして、扉の前に立つ。手をかけ、ゆっくりと開く。
ギィ……と軋む音が響いた。
中は暗かった。かすかな蝋燭の火が、壁に影を揺らしている。
そこに鎖に繋がれ、痛めつけられた王子の姿があった。
冷たい石壁に磔にされるように、王子アレクシスは鎖で拘束されていた。
顔には殴打の跡が残り、唇は切れ、乾いた血が頬を伝っている。衣服は破れ、むき出しになった皮膚には無数の拷問の痕が刻まれていた。
しかし、その目だけはまだ"生きて"いた。
サーディスは扉を開けたまま、数秒間、じっと王子を見つめる。彼女の視線を感じ取ったのか、王子はゆっくりと瞼を開いた。
「……おや、"幻覚"にしては、随分と剣呑な顔をしているな」
ひび割れた唇から、かすかな声が漏れる。サーディスは、一瞬だけ目を細めた。
「……まだ余裕があるんですね」
王子は、小さく笑う。
「余裕……? 違うな。ただ、"君が来ると信じていた"だけさ」
鎖に繋がれながらも、その瞳には、まだ光が宿っていた。
「お待たせしました」
サーディスは、そう短く告げると、手にした鍵束で拘束を外した。
ガチャン――!
重たい鎖が床に落ち、鉄が擦れる音が響く。
拘束を解かれた王子の体がわずかに揺れる。足元がふらつき、膝をつきそうになったが、辛うじて踏みとどまった。拷問に耐えながらも、まだ戦う意志を捨てていない。
サーディスは静かに手を差し伸べる。
王子は、その手を取るとゆっくりと立ち上がった。
「……すぐに脱出します。動けますか?」
王子は、軽く首を回し、苦笑する。
「まあな。だが……」
そう言いながら、地下牢の隅に放置された剣へと目を向けた。サーディスが止めるよりも早く、王子は足を進める。血まみれの手で柄を握りしめると、ゆっくりと剣を構えた。
その動きには、確かに"王子の剣"としての誇りがあった。
「"やられっぱなし"ってのは、どうにも性に合わない」
微かな笑みを浮かべながら、剣を軽く振るう。
痛みはある。傷も深い。それでも、戦う意志は残っている。
サーディスは一瞬だけ彼を見つめた後、軽く息をついた。
「……では、"王子の剣"、存分に振るってください」
王子は、にやりと笑う。
「君に言われるまでもない」
二人は、静かに武器を構えた。地下牢の扉が開く。
"反撃の時間"が始まる。
<あとがき>
応援ボタンを押していただけると、次の展開も全力でお届けします!
感想もお待ちしています!
ヴォルネス城。王子アレクシスが囚われている場所。元々は戦の要ではなく、有力貴族の威光を示すために建てられた城館。しかし、今は王子を幽閉する牢獄となっている。外から見た限り、王城ほどの重厚な防備はない。
だが、それでも"貴族の城"としての最低限の警戒は厳しく、正面から突入すれば、確実に捕えられる。
だからこそ、サーディスは"影"となる。黒いマントをまとい、音を消しながら外壁沿いを進む。
城門には松明が並び、門兵が見張りを続けていた。さらに壁の上からは弓兵が警戒し、出入りする者を厳しく監視している。
サーディスは、じっと息を潜めながら、事前に得た情報を思い出す。
(……東の外壁は崩れかけている)
城の増築時、基盤となる石材が脆くなり、修復も後回しにされていた部分。それを利用しない手はない。
彼女は城壁の東側へ向かい、崩れた石材の隙間を探った。指でそっと壁をなぞると、かすかに崩れやすい部分が見つかる。軽く息を吐き、素早く登り始める。
"無音"。
影そのもののように、身を壁に密着させながら登攀する。
夜風が吹き、松明の炎が揺れる。
その動きに紛れながら、彼女はさらに上へと進む。途中、城壁の上を巡回する見張りが近づいてくるのが見えた。
サーディスはすぐに動きを止め、闇に紛れて息を潜める。見張りの兵士が足音を響かせながら通り過ぎる。
(……今)
彼女は瞬時に動いた。一歩、静かに壁の上へと乗り上げ、無音で短剣を抜く。
"スッ"
刃がわずかに閃いた次の瞬間、兵士の喉が切り裂かれる。血の噴き出す音さえ抑えられ、男は声も上げぬまま崩れ落ちた。
サーディスはすぐに死体を影へと引き込み、物音が響かぬように処理する。
(まだ気づかれていない)
城内へ忍び込む絶好の機会。彼女は、壁の影へと溶け込むように進んでいった。
目的は二つ。王子の救出とゼファルへの復讐。
静かに、死がヴォルネス城内を満たしていく。ヴォルネス城の地下牢は、湿った冷気に包まれていた。
空気は重く、壁の石はじめじめと冷たく光を吸い込んでいる。奥へ進むにつれ、腐った藁の匂いと鉄の錆びた臭いが鼻を突いた。
サーディスは、剣をしっかりと握りしめ、慎重に足を進める。
この場所は、ただの牢ではない。王子のために用意された"拷問部屋"がある。
(シス様……)
一刻も早く助け出さなければならない。
地下牢の奥に近づくと、扉の前で兵士が立っていた。
ゆるんだ姿勢。だが、それは警戒がないわけではない。
この城に閉じ込められているのがただの囚人ではなく"王子"だと考えれば、いつでも命令が下る可能性があると兵士も理解している。
だからこそ、油断なく、そして静かに動く必要があった。
サーディスは、音を立てずに背後へ回り込む。短剣を逆手に持ち、兵士の喉元へすっと刃を滑らせた。
「……ッ」
声が漏れる間もなく、兵士は目を見開いたまま崩れ落ちる。サーディスは素早くその身体を支え、物音がしないよう慎重に床へと横たえた。携帯品を物色すると、彼女のお目当ての物、鍵束があった。
そして、扉の前に立つ。手をかけ、ゆっくりと開く。
ギィ……と軋む音が響いた。
中は暗かった。かすかな蝋燭の火が、壁に影を揺らしている。
そこに鎖に繋がれ、痛めつけられた王子の姿があった。
冷たい石壁に磔にされるように、王子アレクシスは鎖で拘束されていた。
顔には殴打の跡が残り、唇は切れ、乾いた血が頬を伝っている。衣服は破れ、むき出しになった皮膚には無数の拷問の痕が刻まれていた。
しかし、その目だけはまだ"生きて"いた。
サーディスは扉を開けたまま、数秒間、じっと王子を見つめる。彼女の視線を感じ取ったのか、王子はゆっくりと瞼を開いた。
「……おや、"幻覚"にしては、随分と剣呑な顔をしているな」
ひび割れた唇から、かすかな声が漏れる。サーディスは、一瞬だけ目を細めた。
「……まだ余裕があるんですね」
王子は、小さく笑う。
「余裕……? 違うな。ただ、"君が来ると信じていた"だけさ」
鎖に繋がれながらも、その瞳には、まだ光が宿っていた。
「お待たせしました」
サーディスは、そう短く告げると、手にした鍵束で拘束を外した。
ガチャン――!
重たい鎖が床に落ち、鉄が擦れる音が響く。
拘束を解かれた王子の体がわずかに揺れる。足元がふらつき、膝をつきそうになったが、辛うじて踏みとどまった。拷問に耐えながらも、まだ戦う意志を捨てていない。
サーディスは静かに手を差し伸べる。
王子は、その手を取るとゆっくりと立ち上がった。
「……すぐに脱出します。動けますか?」
王子は、軽く首を回し、苦笑する。
「まあな。だが……」
そう言いながら、地下牢の隅に放置された剣へと目を向けた。サーディスが止めるよりも早く、王子は足を進める。血まみれの手で柄を握りしめると、ゆっくりと剣を構えた。
その動きには、確かに"王子の剣"としての誇りがあった。
「"やられっぱなし"ってのは、どうにも性に合わない」
微かな笑みを浮かべながら、剣を軽く振るう。
痛みはある。傷も深い。それでも、戦う意志は残っている。
サーディスは一瞬だけ彼を見つめた後、軽く息をついた。
「……では、"王子の剣"、存分に振るってください」
王子は、にやりと笑う。
「君に言われるまでもない」
二人は、静かに武器を構えた。地下牢の扉が開く。
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