53 / 68
狂嵐襲来編
狂嵐②
しおりを挟む森の木々が一斉に揺れ、葉が空を舞う。
そして――突風が吹き荒れた。
"ゴォォッ!!"
王子の外套が激しく翻り、木々がしなり、地面の砂塵が渦を巻く。
まるで、嵐そのものが意思を持ち、"狂嵐"の降臨を告げるかのようだった。
――次の瞬間。
その風をまとい、ジークリンデが"一瞬"で距離を詰めた。
"速い――!"
王子の目が見開かれる。
サーディスも即座に反応し、剣を抜く。
その直後、鋭い金属音が夜明け前の静寂を裂いた。
"キンッ!!"
ジークリンデの刃が、サーディスの剣と交錯する。
目にも止まらぬ速度の斬撃。
普通の騎士ならば、"見た"瞬間にはすでに斬られているほどの速さ。
だが――
サーディスは、それを"見た"瞬間に、正確に受け止めていた。
("風"をまとっている……!)
ジークリンデは、ただの剣士ではない。
彼女の動きは、まるで風そのもの。
"風"を操る力が、彼女の動きをさらに加速させ、剣の軌道を読ませない。
サーディスが受け止めた瞬間には、すでに二撃目が迫っていた。
シュッ――!!
横薙ぎの斬撃が、サーディスの首を狙う。
ギリギリのタイミングで身を低くし、回避。
だが――
"風"が斬撃を後押しするように軌道を変え、彼女の肩をかすめた。
(読めない……!)
本来ならかわしきれているはずの攻撃が、"風の意志"によってわずかにずれ、当たる。
ジークリンデの剣は、彼女が振るう刃であると同時に、風そのものでもあった。
サーディスは即座に体勢を整え、再び剣を振るう。
"キィンッ!!"
互いの剣がぶつかるたびに、風が荒れ狂い、葉が舞い上がる。
(やっかいだ……!)
サーディスは、心の中で冷静に相手の実力を計る。
ジークリンデの"風"を纏った剣技は、ただの剣戟ではない。
それは、空気の流れを味方につけ、戦場そのものを支配する"嵐の剣"。
(まともに戦えば、こちらの動きを封じられる……)
一手遅れれば、"風"に切り裂かれる。
だが、サーディスの眼光には、怯えの色はない。
戦場で生き残るために、彼女はただ"勝つ"ことだけを考える。
王子もまた、息を呑みながら戦いの行方を見つめていた。
その刹那――
ジークリンデが微かに微笑む。
「やるじゃない、サーディス」
まるで"試す"かのような口調。
しかし、サーディスはその言葉に反応することなく、剣を構え直す。
「……貴様を討つ」
静かに、けれど確かな闘志を込めた声が響く。
わずかな焦りが、サーディスの胸中に忍び寄る。
ただ速いだけではない。
ジークリンデの剣――それは"読めない"剣だった。
サーディスの戦い方は、相手の動きを"読む"ことにある。
剣士の基本的な動き、足の運び、肩の位置、視線――
それらを分析し、敵の攻撃を予測し、的確に対応する。
だが――
ジークリンデの動きは、"風"に紛れて軌道が見えない。
彼女の一撃一撃は、まるで気まぐれな嵐。
剣の流れが、突如として加速したかと思えば、思いもよらぬ方向から襲い掛かる。
"シュンッ――!"
剣が空を裂く音とともに、ジークリンデの斬撃が放たれる。
サーディスは反射的に後ろへ跳び、紙一重でかわす。
しかし、直後――
"ズバッ――!!"
ジークリンデの風圧が、周囲の木々を薙ぎ払った。
大地が震え、折れた枝が宙を舞う。
その余波で、王子が足を取られ、わずかによろめいた。
「くっ……!」
王子は体勢を立て直しながら、剣を抜く。
加勢しようと、前へ踏み出そうとした――その瞬間。
"バシュウッ――!!"
突風が、壁のように彼の行く手を阻んだ。
「……!」
目の前の風の壁が、王子の動きを完全に封じ込めている。
(これは――"シス様を戦わせないための風"か)
ジークリンデは、王子が戦場に介入することすら許していない。
彼の足元に風を流し、空気の流れを乱し続ける。
王子は目を細めながら、"戦いの構図"を理解する。
――これは、"サーディスとジークリンデ"の戦いだ。
ジークリンデの風が王子の動きを封じ、"決闘の場"を作り出している。
王子の介入を意図的に排除し、純粋な一対一の戦場を築き上げた。
王子は剣を握りしめるが、今は動くことができない。
無理に突っ込めば、かえってサーディスの足を引っ張ることになるだろう。
「……」
サーディスは、深く息を吸い込みながら、剣を構え直す。
視線は、まっすぐにジークリンデを射抜いていた。
荒れ狂う風の中――静かに呼吸を整える。
(……ならば、"正面から"叩き潰すしかない)
風の揺らぎを利用し、軌道を狂わせるジークリンデの剣技。
だが、それを考慮する暇などない。
――"風を読めないのなら、風ごと斬る"
次の瞬間、サーディスは地を蹴った。
"ドンッ――!!"
強靭な脚力で、風の檻の中へと突き進む。
髪を引き裂くような突風をものともせず、一直線にジークリンデへと迫る。
ジークリンデの瞳が、一瞬細められた。
(正面突破……!?)
風の檻の中、二人の女騎士が交錯する――。
サーディスの一閃が、ジークリンデを捉えた――。
しかし。
シュッ――
空気が軋む音とともに、刃が何か"見えないもの"に絡め取られる。
ジークリンデの周囲を旋回する突風が、刃の軌道を"わずかに"逸らした。
鋭い斬撃だったはずが、まるで水の中で振るわれたように"鈍く"なり、威力を半減させられる。
「……これは……!」
サーディスの目が一瞬だけ驚きに見開かれる。
確かに剣は届いている。
ジークリンデの防御を破る"確かな手応え"も感じていた。
だが、"風"がまるで目に見えぬ防壁のように作用し、刃の鋭さを鈍らせていた。
(この女……"風"を、盾にしている……!?)
普通なら、一瞬で皮膚を裂くはずの剣閃。
しかし、"風の壁"がその衝撃を受け流し、傷を浅くする。
"シュウウウ――"
風が渦巻き、再びジークリンデの身体を包み込む。
まるで、"彼女自身を守る鎧"のように。
(右手では、致命傷を与えられない……!)
サーディスは即座に判断し、剣を"左手"へと持ち替えた。
その動きに、ジークリンデの瞳がわずかに細められる。
「……なぜ、利き手を変えた?」
一瞬の疑問が、ジークリンデの脳裏をよぎる。
だが――その答えは、すぐに"実感"することとなる。
――"シュンッ!"
刹那。
サーディスの剣閃が"まるで別物"になった。
ジークリンデの眉がピクリと動く。
"速い――!"
先ほどまでの剣さばきとは比べものにならない。
圧倒的に鋭く、無駄のない軌道。
風が軌道を逸らそうとしても、サーディスの刃はわずかな"空白"を見つけ、正確に振るわれる。
"キンッ!"
"ガキンッ!"
金属が弾ける音が連続する。
ジークリンデは、咄嗟に剣を立て、サーディスの猛攻を受け止めるが――
(さっきまでと全然違う……!)
彼女の直感が、強烈な警鐘を鳴らす。
サーディスは"左手"に剣を持った途端、まるで"本来の剣士"に戻ったかのように戦闘スタイルを変えた。
先ほどの攻撃は、あくまで"右手"でのもの。
それでも並の騎士を凌駕するほどだったが――
"左手"で振るわれた剣は、それとは全く異質の"研ぎ澄まされた斬撃"だった。
異形の腕力も加わり、先ほどまでとは別物の剣筋となる。
ジークリンデの風が軌道を狂わせようとしても、サーディスの剣は"わずかな隙間"を見抜き、寸分の狂いもなく狙いを定める。
(この女……本来の"利き腕"は、左なの!?)
瞬間、ジークリンデの脳裏を鋭い戦術的警告が駆け巡る。
(右手で戦っていたのは……"誘い"……?)
いや、それだけではない。
――最初から、"左手"を温存していたのだ。
"風"を分析し、軌道を探り、"斬れる瞬間"を見極めるために。
そして今――
"サーディス本来の戦い方"が解放された。
「……面白いじゃない」
ジークリンデはすぐに風を操り、攻勢に転じた。
――"ズバッ!"
突風を巻き起こしながら、鋭い風の斬撃を死角から放つ。
切り裂く風は、通常の軌道ではありえない曲線を描き、サーディスの背後を狙う。
だが――
"キィンッ!"
サーディスは振り返ることもなく、正確にそれを弾いた。
「……!」
ジークリンデの目がわずかに見開かれる。
(死角からの攻撃を……?)
剣士であれば、通常、人の視界には"限界"がある。
背後の攻撃を察知し、即座に正確な防御をするのは不可能なはず。
それなのに、サーディスはまるで"見えていたかのように"、確実にその一撃を防いだ。
ジークリンデの脳裏に、疑念がよぎる。
(どうやって……?)
彼女は知らない。
サーディスの左目は"魔剣の力を宿した瞳"――。
"嘘を見抜く目"。
しかし、それは単なる欺瞞を見破るだけの力ではない。
"死角を補い、あらゆる危機を察知する目"でもあった。
風が視界を遮ろうと、"敵意"の流れを感じ取れば、攻撃の方向は見える。
それは、あたかもすべての動きが"透けている"かのような感覚。
("見えない攻撃"は、彼女には通じない……!?)
ジークリンデはすぐに新たな策を講じた。
"ゴォォ――!!"
突風が吹き荒れ、地面が揺れる。
巻き上がる土ぼこりが、視界を奪った。
「……!」
王子が思わず目を細めるほどの"濃密な砂煙"。
辺りは、一瞬にして"完全な死角"となった。
(これならどう!?)
ジークリンデは間髪入れず、"風を刃のように収束"させる。
圧縮された空気の刃――それは、"見えない剣"を生み出した。
突風に乗せて、それを"四方八方"から撃ち込む。
視界を奪われた相手には、迎撃のしようがないはず――。
しかし。
"シュバッ!"
そのすべてが、ことごとく弾かれた。
「……なっ!?」
ジークリンデは目を疑う。
サーディスは風の流れの変化を敏感に察知し、"確実に"迎撃していた。
(見えている……!?)
ジークリンデが放った"不可視の刃"が、全く通じない。
通常の騎士ならば、砂煙の中で斬撃の気配を"察知"することは不可能。
だが、サーディスは――
"まるですべての攻撃を知っているかのように"、正確に弾いていた。
"魔眼"が、ジークリンデの戦法を完全に見抜いていたのだ。
(……この女……!)
ジークリンデは奥歯を噛みしめる。
ただの剣士ではない。
"風"を読める自分の剣が"読まれている"感覚――それを久しく味わったことはなかった。
"ゼファルが負けるわけだ"
ジークリンデは、内心でそう納得した。
"この剣士は、自分より格上だ"。
剣技そのものは、サーディスの方が上。
ジークリンデが渡り合えているのは、"風の力"のおかげだった。
(もし、風がなければ――私は勝てない)
しかし、"風がある限り"は、互角に渡り合える。
(ならば――"風の優位性"を最大限に活かす!)
ジークリンデは覚悟を決め、さらに風を巻き起こした。
サーディスもまた、剣を構え直し、冷静に次の一手を見極める。
<あとがき>
ここまで見てくれてありがとうございます!
気に入っていただけたら、お気に入り登録をよろしくお願いします!
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる