忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

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狂嵐襲来編

狂嵐②

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 森の木々が一斉に揺れ、葉が空を舞う。
 そして――突風が吹き荒れた。

 "ゴォォッ!!"

 王子の外套が激しく翻り、木々がしなり、地面の砂塵が渦を巻く。
 まるで、嵐そのものが意思を持ち、"狂嵐"の降臨を告げるかのようだった。

 ――次の瞬間。

 その風をまとい、ジークリンデが"一瞬"で距離を詰めた。

 "速い――!"

 王子の目が見開かれる。

 サーディスも即座に反応し、剣を抜く。
 その直後、鋭い金属音が夜明け前の静寂を裂いた。

 "キンッ!!"

 ジークリンデの刃が、サーディスの剣と交錯する。

 目にも止まらぬ速度の斬撃。
 普通の騎士ならば、"見た"瞬間にはすでに斬られているほどの速さ。

 だが――

 サーディスは、それを"見た"瞬間に、正確に受け止めていた。

("風"をまとっている……!)

 ジークリンデは、ただの剣士ではない。
 彼女の動きは、まるで風そのもの。

 "風"を操る力が、彼女の動きをさらに加速させ、剣の軌道を読ませない。
 サーディスが受け止めた瞬間には、すでに二撃目が迫っていた。

 シュッ――!!

 横薙ぎの斬撃が、サーディスの首を狙う。

 ギリギリのタイミングで身を低くし、回避。
 だが――

 "風"が斬撃を後押しするように軌道を変え、彼女の肩をかすめた。

(読めない……!)

 本来ならかわしきれているはずの攻撃が、"風の意志"によってわずかにずれ、当たる。
 ジークリンデの剣は、彼女が振るう刃であると同時に、風そのものでもあった。

 サーディスは即座に体勢を整え、再び剣を振るう。

 "キィンッ!!"

 互いの剣がぶつかるたびに、風が荒れ狂い、葉が舞い上がる。

(やっかいだ……!)

 サーディスは、心の中で冷静に相手の実力を計る。

 ジークリンデの"風"を纏った剣技は、ただの剣戟ではない。
 それは、空気の流れを味方につけ、戦場そのものを支配する"嵐の剣"。

(まともに戦えば、こちらの動きを封じられる……)

 一手遅れれば、"風"に切り裂かれる。

 だが、サーディスの眼光には、怯えの色はない。

 戦場で生き残るために、彼女はただ"勝つ"ことだけを考える。

 王子もまた、息を呑みながら戦いの行方を見つめていた。

 その刹那――

 ジークリンデが微かに微笑む。

「やるじゃない、サーディス」

 まるで"試す"かのような口調。

 しかし、サーディスはその言葉に反応することなく、剣を構え直す。

「……貴様を討つ」

 静かに、けれど確かな闘志を込めた声が響く。
 わずかな焦りが、サーディスの胸中に忍び寄る。

 ただ速いだけではない。

 ジークリンデの剣――それは"読めない"剣だった。

 サーディスの戦い方は、相手の動きを"読む"ことにある。
 剣士の基本的な動き、足の運び、肩の位置、視線――
 それらを分析し、敵の攻撃を予測し、的確に対応する。

 だが――

 ジークリンデの動きは、"風"に紛れて軌道が見えない。

 彼女の一撃一撃は、まるで気まぐれな嵐。
 剣の流れが、突如として加速したかと思えば、思いもよらぬ方向から襲い掛かる。

 "シュンッ――!"

 剣が空を裂く音とともに、ジークリンデの斬撃が放たれる。
 サーディスは反射的に後ろへ跳び、紙一重でかわす。

 しかし、直後――

 "ズバッ――!!"

 ジークリンデの風圧が、周囲の木々を薙ぎ払った。
 大地が震え、折れた枝が宙を舞う。

 その余波で、王子が足を取られ、わずかによろめいた。

「くっ……!」

 王子は体勢を立て直しながら、剣を抜く。

 加勢しようと、前へ踏み出そうとした――その瞬間。

 "バシュウッ――!!"

 突風が、壁のように彼の行く手を阻んだ。

「……!」

 目の前の風の壁が、王子の動きを完全に封じ込めている。

(これは――"シス様を戦わせないための風"か)

 ジークリンデは、王子が戦場に介入することすら許していない。
 彼の足元に風を流し、空気の流れを乱し続ける。

 王子は目を細めながら、"戦いの構図"を理解する。

 ――これは、"サーディスとジークリンデ"の戦いだ。

 ジークリンデの風が王子の動きを封じ、"決闘の場"を作り出している。
 王子の介入を意図的に排除し、純粋な一対一の戦場を築き上げた。

 王子は剣を握りしめるが、今は動くことができない。
 無理に突っ込めば、かえってサーディスの足を引っ張ることになるだろう。

「……」

 サーディスは、深く息を吸い込みながら、剣を構え直す。
 視線は、まっすぐにジークリンデを射抜いていた。

 荒れ狂う風の中――静かに呼吸を整える。

(……ならば、"正面から"叩き潰すしかない)

 風の揺らぎを利用し、軌道を狂わせるジークリンデの剣技。
 だが、それを考慮する暇などない。

 ――"風を読めないのなら、風ごと斬る"

 次の瞬間、サーディスは地を蹴った。

 "ドンッ――!!"

 強靭な脚力で、風の檻の中へと突き進む。
 髪を引き裂くような突風をものともせず、一直線にジークリンデへと迫る。

 ジークリンデの瞳が、一瞬細められた。

(正面突破……!?)

 風の檻の中、二人の女騎士が交錯する――。
 サーディスの一閃が、ジークリンデを捉えた――。

 しかし。

 シュッ――

 空気が軋む音とともに、刃が何か"見えないもの"に絡め取られる。

 ジークリンデの周囲を旋回する突風が、刃の軌道を"わずかに"逸らした。
 鋭い斬撃だったはずが、まるで水の中で振るわれたように"鈍く"なり、威力を半減させられる。

「……これは……!」

 サーディスの目が一瞬だけ驚きに見開かれる。

 確かに剣は届いている。
 ジークリンデの防御を破る"確かな手応え"も感じていた。

 だが、"風"がまるで目に見えぬ防壁のように作用し、刃の鋭さを鈍らせていた。

(この女……"風"を、盾にしている……!?)

 普通なら、一瞬で皮膚を裂くはずの剣閃。
 しかし、"風の壁"がその衝撃を受け流し、傷を浅くする。

 "シュウウウ――"

 風が渦巻き、再びジークリンデの身体を包み込む。

 まるで、"彼女自身を守る鎧"のように。

(右手では、致命傷を与えられない……!)

 サーディスは即座に判断し、剣を"左手"へと持ち替えた。
 その動きに、ジークリンデの瞳がわずかに細められる。

「……なぜ、利き手を変えた?」

 一瞬の疑問が、ジークリンデの脳裏をよぎる。
 だが――その答えは、すぐに"実感"することとなる。

 ――"シュンッ!"

 刹那。

 サーディスの剣閃が"まるで別物"になった。
 ジークリンデの眉がピクリと動く。

 "速い――!"

 先ほどまでの剣さばきとは比べものにならない。
 圧倒的に鋭く、無駄のない軌道。

 風が軌道を逸らそうとしても、サーディスの刃はわずかな"空白"を見つけ、正確に振るわれる。

 "キンッ!"

 "ガキンッ!"

 金属が弾ける音が連続する。
 ジークリンデは、咄嗟に剣を立て、サーディスの猛攻を受け止めるが――

(さっきまでと全然違う……!)

 彼女の直感が、強烈な警鐘を鳴らす。
 サーディスは"左手"に剣を持った途端、まるで"本来の剣士"に戻ったかのように戦闘スタイルを変えた。

 先ほどの攻撃は、あくまで"右手"でのもの。
 それでも並の騎士を凌駕するほどだったが――

 "左手"で振るわれた剣は、それとは全く異質の"研ぎ澄まされた斬撃"だった。
 異形の腕力も加わり、先ほどまでとは別物の剣筋となる。
 ジークリンデの風が軌道を狂わせようとしても、サーディスの剣は"わずかな隙間"を見抜き、寸分の狂いもなく狙いを定める。

(この女……本来の"利き腕"は、左なの!?)

 瞬間、ジークリンデの脳裏を鋭い戦術的警告が駆け巡る。

(右手で戦っていたのは……"誘い"……?)

 いや、それだけではない。

 ――最初から、"左手"を温存していたのだ。

 "風"を分析し、軌道を探り、"斬れる瞬間"を見極めるために。

 そして今――

 "サーディス本来の戦い方"が解放された。

「……面白いじゃない」
 ジークリンデはすぐに風を操り、攻勢に転じた。

 ――"ズバッ!"

 突風を巻き起こしながら、鋭い風の斬撃を死角から放つ。
 切り裂く風は、通常の軌道ではありえない曲線を描き、サーディスの背後を狙う。

 だが――

 "キィンッ!"

 サーディスは振り返ることもなく、正確にそれを弾いた。

「……!」

 ジークリンデの目がわずかに見開かれる。

(死角からの攻撃を……?)

 剣士であれば、通常、人の視界には"限界"がある。
 背後の攻撃を察知し、即座に正確な防御をするのは不可能なはず。
 それなのに、サーディスはまるで"見えていたかのように"、確実にその一撃を防いだ。

 ジークリンデの脳裏に、疑念がよぎる。

(どうやって……?)

 彼女は知らない。

 サーディスの左目は"魔剣の力を宿した瞳"――。

 "嘘を見抜く目"。
 しかし、それは単なる欺瞞を見破るだけの力ではない。
 "死角を補い、あらゆる危機を察知する目"でもあった。

 風が視界を遮ろうと、"敵意"の流れを感じ取れば、攻撃の方向は見える。
 それは、あたかもすべての動きが"透けている"かのような感覚。

("見えない攻撃"は、彼女には通じない……!?)

 ジークリンデはすぐに新たな策を講じた。

 "ゴォォ――!!"

 突風が吹き荒れ、地面が揺れる。
 巻き上がる土ぼこりが、視界を奪った。

「……!」

 王子が思わず目を細めるほどの"濃密な砂煙"。
 辺りは、一瞬にして"完全な死角"となった。

(これならどう!?)

 ジークリンデは間髪入れず、"風を刃のように収束"させる。
 圧縮された空気の刃――それは、"見えない剣"を生み出した。

 突風に乗せて、それを"四方八方"から撃ち込む。
 視界を奪われた相手には、迎撃のしようがないはず――。

 しかし。

 "シュバッ!"

 そのすべてが、ことごとく弾かれた。

「……なっ!?」

 ジークリンデは目を疑う。
 サーディスは風の流れの変化を敏感に察知し、"確実に"迎撃していた。

(見えている……!?)

 ジークリンデが放った"不可視の刃"が、全く通じない。

 通常の騎士ならば、砂煙の中で斬撃の気配を"察知"することは不可能。
 だが、サーディスは――

 "まるですべての攻撃を知っているかのように"、正確に弾いていた。

 "魔眼"が、ジークリンデの戦法を完全に見抜いていたのだ。

(……この女……!)

 ジークリンデは奥歯を噛みしめる。

 ただの剣士ではない。
 "風"を読める自分の剣が"読まれている"感覚――それを久しく味わったことはなかった。
 "ゼファルが負けるわけだ"

 ジークリンデは、内心でそう納得した。

 "この剣士は、自分より格上だ"。
 剣技そのものは、サーディスの方が上。
 ジークリンデが渡り合えているのは、"風の力"のおかげだった。

(もし、風がなければ――私は勝てない)

 しかし、"風がある限り"は、互角に渡り合える。

(ならば――"風の優位性"を最大限に活かす!)

 ジークリンデは覚悟を決め、さらに風を巻き起こした。
 サーディスもまた、剣を構え直し、冷静に次の一手を見極める。



<あとがき>
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