忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

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狂嵐襲来編

銀の死神

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 王子とゲオルグの会話が終わると、今度はゲオルグがサーディスをじっと見つめた。
 彼の視線が鋭さを増し、まるで獲物を見極めるかのような目つきになる。

「……お前の名は?」

 ゲオルグの問いに、サーディスは微動だにせず答えた。

「サーディス」

 その瞬間――。

 傭兵団の面々がざわめき、周囲の空気が一変した。

「……銀の死神……?」

 誰かが呟いた。
 ゲオルグの眉が一瞬動き、彼は腕を組みながらサーディスを値踏みするように見つめる。
 サーディスは冷静に、その視線を受け止めた。

「まさかとは思ったが……やっぱりそうか」

 王子が怪訝な表情を浮かべる。

「知っているのか?」

 ゲオルグは鼻を鳴らし、重々しく頷いた。

「……"銀の死神"。それは、俺たち傭兵の間で噂になってた存在だ」

 傭兵団の団員たちも頷き、どこか戦慄を帯びた表情を浮かべる者もいた。

「戦場にふらっと現れては、敵対する者を片っ端から狩っていく。まるで"死神"のように、な。それで……うちの団も昔何人かやられた」

 エルヴァンが皮肉めいた笑みを浮かべながら、肩をすくめた。
 サーディスはそれを受けても、何の感情も見せないまま、淡々と口を開いた。

「……それで? その時の復讐でもするつもりか?」

 ゲオルグの表情が険しくなる。
 そして、傭兵団の者たちも微妙な空気のまま沈黙した。
 数秒の間が流れる。

 しかし、次の瞬間――。

「……ハハッ!」

 ゲオルグが突然、豪快に笑い出した。

「いや……違ぇよ。味方ってなら、これほど頼もしい存在はいねぇ」

「……」

 サーディスは無言のまま、ゲオルグを見つめる。
 ゲオルグは腕を組み直し、ニヤリと笑った。

「戦場じゃ、強いヤツが生き残るもんだ。恨みを忘れたわけじゃねぇが……それ以上に、強いヤツと肩を並べるのは悪くねぇって思ってな」

 エルヴァンも同意するように頷く。

「まぁ、俺たちは復讐に生きるような連中じゃねぇからな」

 傭兵団の者たちも、それぞれ納得したように頷く。
 王子はその様子をじっと見守っていたが、彼の胸には一抹の疑念が残った。

("銀の死神"……サーディスは、そんな存在だったのか)

 だが、彼はそれを口にすることはなかった。
 サーディスは、静かにゲオルグを見つめる。

「……ならば、これからは味方として戦うことになる」

 ゲオルグは大きく頷いた。

「おうよ。頼りにしてるぜ、"銀の死神"さんよ"」

 サーディスは何も言わなかったが、目を伏せたその表情には、一瞬だけ複雑な感情が浮かんでいた。




 ゲオルグが口を開いた。

「……で、殿下。この先の宛はあるのか?」

 低く、落ち着いた声だった。
 その鋭い眼光が王子を見据えていた。

「無いなら、ひとまず国外に逃げたほうがいいと思うぜ」

 その言葉に、王子はゆっくりと首を振る。

「それはしない。私は、グリムシュタイン公のもとへ向かう」

 ゲオルグの眉がピクリと動く。

「……コウモリ公のところにか」

 ゲオルグは短く笑った。

「殿下、あれは貴族派と王族派を行き来してるコウモリ野郎だぞ? どっちにつくか分かったもんじゃねぇ。そもそも、何であんたはそんな奴を頼ろうってんだ?」

 ゲオルグは肘を膝に置き、片手で顎をさすりながらじっと王子を見つめる。
 王子は、静かに言った。

「それは違う。グリムシュタイン公は、バランスを取っていただけだ」

「……バランス?」

「そうだ。貴族派にも王族派にも偏らず、どちらか一方が力をつけすぎないようにしていた。その目的は、国全体の安定のためだった」

 ゲオルグが少し眉をひそめる。

「へぇ……」

 王子は淡々と続けた。

「私も、少し前まで"コウモリ"だと思っていた。だが、父が言っていた。"何かあれば公を頼れ"と」

 その言葉に、傭兵団の団員の一人が驚いたように声を上げる。

「団長、政治にも詳しいんですねー」

 それにゲオルグは肩をすくめ、気怠そうに言った。

「ま、昔仕えてたところでな」

 その時――。

 サーディスの心に、微かな違和感が走った。

(……なにかが引っかかる)

 ゲオルグの言葉――いや、彼の"声"だ。
 "あの声に、聞き覚えがある"。
 だが、それがどこで聞いたものなのか、思い出せない。

(どこで……? どこで私は、この声を……?)

 心の奥に沈んでいた何かが、わずかに揺れ動く。
 だが、まだ"答え"にはたどり着けなかった。

<あとがき>
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