忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

文字の大きさ
62 / 68
狂嵐襲来編

交流

しおりを挟む
 村での模擬戦が終わり、傭兵団は戦いの興奮も冷めやらぬまま、村人たちと共に物資の取引を進めていた。  
 食料や水、簡単な薬草など、旅に必要なものを補充しながら、王子アレクシスとサーディスは村の様子を観察していた。  

 この村は辺境にあるため、王都の混乱とは無縁のようだった。子どもたちは元気に駆け回り、商人たちは品物を並べ、農民たちは穏やかに日常を過ごしている。  
 ――まるで、自分たちが戦いの日々を生きていることが嘘のように思えるほどに、静かで穏やかな世界だった。  

 そんな中、突然サーディスの足元に、小さな影が飛び込んできた。  

「ねえねえ、お姉ちゃん!」  

 不意に袖を引かれ、サーディスは足を止める。  
 子ども――五、六歳ほどの少年が、無邪気な瞳で彼女を見上げていた。  

「すごかった! さっきのお姉ちゃん、団長のおじちゃんに勝ったんだよね!」  

「俺、剣士になりたいんだ! どうやったらそんなに強くなれるの?」  

「ねえ、剣を持ってるの!? 見せて!」  

 気づけば、周りには少年たちが集まり、サーディスを取り囲んでいた。  

(……懐かれた?)  

 自分の周囲でわいわいとはしゃぐ子どもたちを見下ろしながら、サーディスは戸惑った。  
 子どもという存在には、縁がなかったわけではない。かつて、まだ"ミレクシア"だった頃は、このように子どもたちと接することもあった。  
 けれど、今の彼女は"復讐者"だった。その手は、剣を握り、血を流すためにある。  
 こんな風に、子どもに囲まれる資格などない。  

 だが、少年たちはそんなことは関係なく、サーディスを見上げていた。  

「ねえねえ、お姉ちゃん! 剣の構え、見せてよ!」  

「うん! 見たい!」  

「かっこいいの、やって!」  

 サーディスは少し迷ったが、やがて小さく息をつくと、腰の剣の柄に手をかけた。  

「……いいでしょう」  

 そう言うと、剣を鞘から半分ほど抜き、構えを取る。  
 子どもたちは目を輝かせながら、その動きをじっと見つめた。  

 サーディスの構えは、極めて静かだった。  
 一見すると隙すらあるように見えるが、それは無駄な動きを削ぎ落した、洗練された剣士の"型"だった。  

 抜き身の剣では危険なので、サーディスはそのまま"鞘ごと"空を斬る。  

 一閃。  

 流れるような斬撃の動きに、子どもたちは息を飲んだ。  

「すごい……!」  

「かっこいい!!」  

「お姉ちゃん、やっぱりすごい剣士だ!」  

 少年たちが歓声を上げる中、サーディスは剣を静かに収めた。  

(……こんなことで、喜ぶんだな)  

 剣を振るうことは、サーディスにとって"生きるための手段"だった。  
 それを褒められたり、喜ばれたりするのは、どこか不思議な感覚だった。  

「お姉ちゃんみたいに強くなるには、どうすればいい?」  

 少年の問いに、サーディスは一瞬だけ言葉に詰まった。  
 彼女が強くなったのは、復讐のためだった。怒りと憎しみに突き動かされ、鍛錬を積んできた。  
 その果てに、今の"強さ"を得た。  

(……この子には、こんな道を歩んでほしくない)  

 そう思った。  
 だからサーディスは、静かに言葉を選びながら答える。  

「……誰かを守るために、強くなりなさい」  

「誰かを守る……?」  

「そうよ」  

 少年はその言葉を聞いて、真剣な表情になった。  

「……うん! 俺、そうする!」  

 その無邪気な笑顔に、サーディスの胸がチクリと痛んだ。  

 ――こんな風に、純粋に剣を振るえる者がいる。  
 それを目にしてしまうと、どうしようもなく、"自分の道"が異質なものに思えてしまう。  

(私は……この子のようにはなれない)  

 復讐に生きる私に、こんな平穏が訪れることはない。  
 ほんの一瞬だけ、自分の生き方に疑問を抱いた。  
 しかし、その思考を振り払うように、サーディスは無表情を貫いたまま、子どもたちに背を向けた。  

 ――と、その時。  

「……」  

 ふと視線を感じた。  
 見ると、少し離れた場所で、王子アレクシスがこちらを見ていた。  
 彼はサーディスの姿を眺めながら、微かに微笑んでいた。  

「……何か?」  

 サーディスが冷静な声で尋ねると、王子は肩をすくめた。  

「いや……少し、珍しい光景だったなと思って」  

「珍しい?」  

「君が、子どもたちに囲まれているのが、な」  

 そう言われ、サーディスは少しだけ沈黙する。  

(……確かに、珍しいことかもしれない)  

 今まで、彼女は誰かと触れ合うことを避けてきた。  
 "復讐者"である以上、そんなものは必要ないと思っていたから。  

 けれど――  

(……いや、違う)  

 王子が微笑む理由を考えた途端、サーディスの中に妙な感情が湧いた。  
 それが何なのかは分からない。  


<あとがき>
ここまで見てくれてありがとうございます!
気に入っていただけたら、お気に入り登録をよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

猫なので、もう働きません。

具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。 やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!? しかもここは女性が極端に少ない世界。 イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。 「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。 これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。 ※表紙はAI画像です

処理中です...