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狂嵐襲来編
交流
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村での模擬戦が終わり、傭兵団は戦いの興奮も冷めやらぬまま、村人たちと共に物資の取引を進めていた。
食料や水、簡単な薬草など、旅に必要なものを補充しながら、王子アレクシスとサーディスは村の様子を観察していた。
この村は辺境にあるため、王都の混乱とは無縁のようだった。子どもたちは元気に駆け回り、商人たちは品物を並べ、農民たちは穏やかに日常を過ごしている。
――まるで、自分たちが戦いの日々を生きていることが嘘のように思えるほどに、静かで穏やかな世界だった。
そんな中、突然サーディスの足元に、小さな影が飛び込んできた。
「ねえねえ、お姉ちゃん!」
不意に袖を引かれ、サーディスは足を止める。
子ども――五、六歳ほどの少年が、無邪気な瞳で彼女を見上げていた。
「すごかった! さっきのお姉ちゃん、団長のおじちゃんに勝ったんだよね!」
「俺、剣士になりたいんだ! どうやったらそんなに強くなれるの?」
「ねえ、剣を持ってるの!? 見せて!」
気づけば、周りには少年たちが集まり、サーディスを取り囲んでいた。
(……懐かれた?)
自分の周囲でわいわいとはしゃぐ子どもたちを見下ろしながら、サーディスは戸惑った。
子どもという存在には、縁がなかったわけではない。かつて、まだ"ミレクシア"だった頃は、このように子どもたちと接することもあった。
けれど、今の彼女は"復讐者"だった。その手は、剣を握り、血を流すためにある。
こんな風に、子どもに囲まれる資格などない。
だが、少年たちはそんなことは関係なく、サーディスを見上げていた。
「ねえねえ、お姉ちゃん! 剣の構え、見せてよ!」
「うん! 見たい!」
「かっこいいの、やって!」
サーディスは少し迷ったが、やがて小さく息をつくと、腰の剣の柄に手をかけた。
「……いいでしょう」
そう言うと、剣を鞘から半分ほど抜き、構えを取る。
子どもたちは目を輝かせながら、その動きをじっと見つめた。
サーディスの構えは、極めて静かだった。
一見すると隙すらあるように見えるが、それは無駄な動きを削ぎ落した、洗練された剣士の"型"だった。
抜き身の剣では危険なので、サーディスはそのまま"鞘ごと"空を斬る。
一閃。
流れるような斬撃の動きに、子どもたちは息を飲んだ。
「すごい……!」
「かっこいい!!」
「お姉ちゃん、やっぱりすごい剣士だ!」
少年たちが歓声を上げる中、サーディスは剣を静かに収めた。
(……こんなことで、喜ぶんだな)
剣を振るうことは、サーディスにとって"生きるための手段"だった。
それを褒められたり、喜ばれたりするのは、どこか不思議な感覚だった。
「お姉ちゃんみたいに強くなるには、どうすればいい?」
少年の問いに、サーディスは一瞬だけ言葉に詰まった。
彼女が強くなったのは、復讐のためだった。怒りと憎しみに突き動かされ、鍛錬を積んできた。
その果てに、今の"強さ"を得た。
(……この子には、こんな道を歩んでほしくない)
そう思った。
だからサーディスは、静かに言葉を選びながら答える。
「……誰かを守るために、強くなりなさい」
「誰かを守る……?」
「そうよ」
少年はその言葉を聞いて、真剣な表情になった。
「……うん! 俺、そうする!」
その無邪気な笑顔に、サーディスの胸がチクリと痛んだ。
――こんな風に、純粋に剣を振るえる者がいる。
それを目にしてしまうと、どうしようもなく、"自分の道"が異質なものに思えてしまう。
(私は……この子のようにはなれない)
復讐に生きる私に、こんな平穏が訪れることはない。
ほんの一瞬だけ、自分の生き方に疑問を抱いた。
しかし、その思考を振り払うように、サーディスは無表情を貫いたまま、子どもたちに背を向けた。
――と、その時。
「……」
ふと視線を感じた。
見ると、少し離れた場所で、王子アレクシスがこちらを見ていた。
彼はサーディスの姿を眺めながら、微かに微笑んでいた。
「……何か?」
サーディスが冷静な声で尋ねると、王子は肩をすくめた。
「いや……少し、珍しい光景だったなと思って」
「珍しい?」
「君が、子どもたちに囲まれているのが、な」
そう言われ、サーディスは少しだけ沈黙する。
(……確かに、珍しいことかもしれない)
今まで、彼女は誰かと触れ合うことを避けてきた。
"復讐者"である以上、そんなものは必要ないと思っていたから。
けれど――
(……いや、違う)
王子が微笑む理由を考えた途端、サーディスの中に妙な感情が湧いた。
それが何なのかは分からない。
<あとがき>
ここまで見てくれてありがとうございます!
気に入っていただけたら、お気に入り登録をよろしくお願いします!
食料や水、簡単な薬草など、旅に必要なものを補充しながら、王子アレクシスとサーディスは村の様子を観察していた。
この村は辺境にあるため、王都の混乱とは無縁のようだった。子どもたちは元気に駆け回り、商人たちは品物を並べ、農民たちは穏やかに日常を過ごしている。
――まるで、自分たちが戦いの日々を生きていることが嘘のように思えるほどに、静かで穏やかな世界だった。
そんな中、突然サーディスの足元に、小さな影が飛び込んできた。
「ねえねえ、お姉ちゃん!」
不意に袖を引かれ、サーディスは足を止める。
子ども――五、六歳ほどの少年が、無邪気な瞳で彼女を見上げていた。
「すごかった! さっきのお姉ちゃん、団長のおじちゃんに勝ったんだよね!」
「俺、剣士になりたいんだ! どうやったらそんなに強くなれるの?」
「ねえ、剣を持ってるの!? 見せて!」
気づけば、周りには少年たちが集まり、サーディスを取り囲んでいた。
(……懐かれた?)
自分の周囲でわいわいとはしゃぐ子どもたちを見下ろしながら、サーディスは戸惑った。
子どもという存在には、縁がなかったわけではない。かつて、まだ"ミレクシア"だった頃は、このように子どもたちと接することもあった。
けれど、今の彼女は"復讐者"だった。その手は、剣を握り、血を流すためにある。
こんな風に、子どもに囲まれる資格などない。
だが、少年たちはそんなことは関係なく、サーディスを見上げていた。
「ねえねえ、お姉ちゃん! 剣の構え、見せてよ!」
「うん! 見たい!」
「かっこいいの、やって!」
サーディスは少し迷ったが、やがて小さく息をつくと、腰の剣の柄に手をかけた。
「……いいでしょう」
そう言うと、剣を鞘から半分ほど抜き、構えを取る。
子どもたちは目を輝かせながら、その動きをじっと見つめた。
サーディスの構えは、極めて静かだった。
一見すると隙すらあるように見えるが、それは無駄な動きを削ぎ落した、洗練された剣士の"型"だった。
抜き身の剣では危険なので、サーディスはそのまま"鞘ごと"空を斬る。
一閃。
流れるような斬撃の動きに、子どもたちは息を飲んだ。
「すごい……!」
「かっこいい!!」
「お姉ちゃん、やっぱりすごい剣士だ!」
少年たちが歓声を上げる中、サーディスは剣を静かに収めた。
(……こんなことで、喜ぶんだな)
剣を振るうことは、サーディスにとって"生きるための手段"だった。
それを褒められたり、喜ばれたりするのは、どこか不思議な感覚だった。
「お姉ちゃんみたいに強くなるには、どうすればいい?」
少年の問いに、サーディスは一瞬だけ言葉に詰まった。
彼女が強くなったのは、復讐のためだった。怒りと憎しみに突き動かされ、鍛錬を積んできた。
その果てに、今の"強さ"を得た。
(……この子には、こんな道を歩んでほしくない)
そう思った。
だからサーディスは、静かに言葉を選びながら答える。
「……誰かを守るために、強くなりなさい」
「誰かを守る……?」
「そうよ」
少年はその言葉を聞いて、真剣な表情になった。
「……うん! 俺、そうする!」
その無邪気な笑顔に、サーディスの胸がチクリと痛んだ。
――こんな風に、純粋に剣を振るえる者がいる。
それを目にしてしまうと、どうしようもなく、"自分の道"が異質なものに思えてしまう。
(私は……この子のようにはなれない)
復讐に生きる私に、こんな平穏が訪れることはない。
ほんの一瞬だけ、自分の生き方に疑問を抱いた。
しかし、その思考を振り払うように、サーディスは無表情を貫いたまま、子どもたちに背を向けた。
――と、その時。
「……」
ふと視線を感じた。
見ると、少し離れた場所で、王子アレクシスがこちらを見ていた。
彼はサーディスの姿を眺めながら、微かに微笑んでいた。
「……何か?」
サーディスが冷静な声で尋ねると、王子は肩をすくめた。
「いや……少し、珍しい光景だったなと思って」
「珍しい?」
「君が、子どもたちに囲まれているのが、な」
そう言われ、サーディスは少しだけ沈黙する。
(……確かに、珍しいことかもしれない)
今まで、彼女は誰かと触れ合うことを避けてきた。
"復讐者"である以上、そんなものは必要ないと思っていたから。
けれど――
(……いや、違う)
王子が微笑む理由を考えた途端、サーディスの中に妙な感情が湧いた。
それが何なのかは分からない。
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