忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

文字の大きさ
61 / 68
狂嵐襲来編

摸擬戦

しおりを挟む
 王子たち一行が小さな村に立ち寄ったとき、村の長老が申し訳なさそうに告げた。  

「旅の方々、ここに泊まっていくのでしたら、何か見世物でもしていただければ、少しばかりの食事と宿をお出しできるのですが……」  

 傭兵団の面々は顔を見合わせた。  

「見世物っていってもな……」  

 団員の一人が首をかしげる。傭兵とは戦場で命を張る生業だ。見世物のような芸を持っている者は少ない。  
 そんな中、ゲオルグが腕を組みながら、ふっと考え込んだ。  

「なら――"模擬戦"ってのはどうだ?」  

「模擬戦?」  

「俺たちは傭兵団だ。ただ剣を振るうだけじゃない。戦うことで生きてきた。その強さを見せてやるのも、一つの見世物ってもんだろう」  

 傭兵団の団員たちは「なるほど」と頷いたが、すぐに苦笑いを浮かべる。  

「でも団長、あんたが出るなら誰も勝てないんじゃ……?」  

「そりゃそうだ」  

 ゲオルグはにやりと笑いながら言った。  

「だから相手は――"サーディス"だ」  

 その言葉に、周囲がざわめいた。  
 サーディスは無言で王子をちらりと見る。  
 王子は彼女の視線に気づき、静かに目を細めた。  

「……怪我をしない程度にな」  

 それだけを告げ、王子は頷いた。  
 それを確認すると、サーディスは団長へと向き直る。  

「いいでしょう」  

 そして、村の広場で模擬戦が始まることになった。  



 傭兵団の団員たちが観客席を作るようにして見守り、村の人々も興味津々で集まってくる。  

「団長が戦うのなんて久しぶりだな」  

「利き腕を失っても、あの槍捌きは健在だからな……」  

 決闘場の中心に立つのは、二人の剣士――サーディスとゲオルグ。

 「――さて、そろそろ始めようか」

 ゲオルグが槍を肩に担ぎながら、にやりと笑った。

 「ええ、適当に楽しませてあげましょう」

 サーディスも冷静に剣を構え、静かに間合いを詰める。
 村人たちは息を呑み、見守っていた。

 ――本気の戦いではない。
 だが、見世物である以上、"本気のように見える"戦いを演じる必要がある。
 すぐに終わってしまっては、観客も面白くない。

 どちらが勝つか――それよりも、どれほどの"技"が見られるか。
 それが、この試合の醍醐味だった。

 「さぁ、どこまで避けられるかな?」

 ゲオルグが動いた。

 槍を軽く振るうと、そのまま一気に踏み込む。
 次の瞬間――。

 "神速の三連突き"

 ヒュン――! ヒュン――! ヒュン――!

 "雷光"のような突きが、刹那の間に三度、サーディスを襲う。

 最初の一撃――
 サーディスは最小限の動きで身をずらして回避。

 二撃目――
 剣の腹で軌道を逸らす。

 三撃目――
 刃の角度を変え、防御に徹する。

 鋭い連撃を、すべて"見切った"。

 「――おぉ!!」

 周囲の村人たちが、どよめく。

 槍の間合いは剣よりも長く、リーチの差を活かした連続攻撃は圧倒的な速度を誇る。
 それを剣一本でいなしたサーディスの技量に、誰もが驚嘆した。
 ゲオルグは満足そうに口元を歪める。

 サーディスの実力は"本物"だった。
 片腕でここまで戦えるとは、彼もまた常識を超えた存在なのだと、改めて実感する。

 「お返しだ」

 サーディスが踏み込む。
 低い姿勢から一気に跳ね上がるようにして、鋭い一閃を繰り出す。
 その刃は、狙いすましたようにゲオルグの胴へと迫る。

 だが――。

 "ギィンッ!!"

 金属音とともに、その攻撃は弾かれた。
 ゲオルグは、槍の柄をわずかに傾けてサーディスの斬撃を"完璧にさばいた"のだ。

 サーディスの剣は、"槍の間合い"の内側に入っていた。
 つまり、槍を持つゲオルグには不利なはず。
 それにも関わらず、彼は"たった片腕"で斬撃を受け流したのだった。

 (利き腕を失っても、この技量とは……!)

 サーディスは内心驚きを隠せない。両手がある人間でも、彼ほどの技量を持つ物は少ないだろう。

 「……槍で受けるのですね」

 「そりゃあな。剣士相手に同じ土俵で戦う気はないさ」

 ゲオルグは肩をすくめながら、槍を軽く回す。

 互いに一歩も譲らない攻防。
 観客たちは、さらに熱狂する。

 (この男、やはり"並の槍使い"じゃない……)

 サーディスも内心で舌を巻いた。

 彼女の剣が"届かない"のではない。
 ゲオルグが"片腕でも対応しきれるだけの戦闘技術"を持っているのだ。

 "遊び"のはずの模擬戦だった。
 だが、技と技がぶつかるたびに、戦場のような緊迫感が漂い始める。

 「おいおい、あんまり本気になるなよ?」

 ゲオルグが笑いながら言う。
 サーディスも、わずかに口元を緩める。

 「……ええ。私たち、見世物ですものね」

 二人は、"戦士"としての尊敬を込め、もう一度構えを取る。


 "ギィンッ!!"
 鋭い金属音が響き、サーディスの剣が大きく弾かれた。

 ゲオルグの槍の一撃。
 それは力任せの攻撃ではなく、"的確に剣を弾く"技術が込められていた。

 「――っ!」

 サーディスの右手が大きく振り上げられる。
 剣は後ろへと流れ、隙が生まれた。
 そこを見逃すゲオルグではない。

 「もらった!」

 彼はすかさず、槍を突き出し、勝負を決めにかかる。

 だが――。

 その瞬間、サーディスの動きが変わった。

 振りかぶってしまった右手の剣。
 それを背後で"左手"へと持ち替える。

 ――"シュバッ!!"

 右手での攻撃に集中していたゲオルグは、一瞬だけ目を見開いた。

 「――曲芸師かよ!!」

 彼の槍が迫る刹那、サーディスの左手が剣を持ち替え、そのまま刃を掲げる。

 "カンッ!!"

 槍の穂先を受け止めた。

 間一髪――。

 観客から驚愕のどよめきが広がる。

 「お楽しみいただけましたか?」

 サーディスは冷静に微笑む。
 ゲオルグは一瞬舌打ちし、槍を引き戻す。

 (……やるな)

 ふざけたように戦っているようで、すべての動きに"計算"がある。
 槍の間合いを測り、攻撃のリズムを見極め、"最適な反撃のタイミング"を探っていた。

 "本気"になりかけている自分に、ゲオルグは内心で笑う。

 だが――今は"見世物"だ。

 観客の期待を裏切るわけにはいかない。

 ゲオルグは槍を回し、再び構え直す。
 サーディスも、左手に持ち替えた剣をゆっくりと握り直す。

 広場の空気が一気に張り詰める。
 誰もが息を詰め、"決着の瞬間"を待っていた。

 「――ッ!」

 ゲオルグが一気に踏み込む。
 槍の穂先が、閃光のようにサーディスへと向かう。

 "神速の突き"。

 だが――

 "ヒュッ!"

 サーディスは、刹那の間に"回転"してそれを避ける。
 槍の先端が、彼女の髪をかすめるほどの距離を通り過ぎる。

 そのままサーディスは、流れるような動きで回転を終え、"ゲオルグの首筋へと剣を突きつけた"。

 「――!!」

 ゲオルグの動きが止まる。

 完全に、"敗北"を悟った。

 静寂。

 次の瞬間――

 「勝負あり!!」

 審判役の村の長老が高らかに宣言すると、広場中が歓声と拍手に包まれた。

 「すげえええ!!」

 「見たか!? あの回避!!」

 「ゲオルグ団長の槍を止めたぞ!!」

 村人たちは興奮し、口々にサーディスの勝利を称えた。
 ゲオルグは深く息を吐き、槍を下ろしながら苦笑する。

 「……まいった。完全に一本取られたぜ」

 サーディスもまた、剣を収め、微笑む。

 「ありがとうございます。貴方のおかげで、素晴らしい試合ができました」

 それは決して"皮肉"ではなかった。
 ゲオルグの実力は、間違いなく本物だった。
 槍を自在に操る戦技も、その冷静な判断力も、すべてが"戦場で鍛え上げられたもの"。

 (両腕があったの頃なら、まちがいなく私よりも技量は上)

 それこそクレストに所属していてもおかしくないだろうと思う。

 「いいねぇ、こういうのは。やっぱり腕の立つ相手とやるのは楽しいぜ」

 ゲオルグは豪快に笑い、サーディスの肩を叩く。

 その瞬間――。

 観客の間から、一斉に"サーディス"の名を呼ぶ声が上がった。

 「サーディス!!」

 「かっこよかったぞ!!」

 「さすが騎士様だ!!」

 熱狂の渦に包まれる。
 村の子供たちまで飛び跳ね、喜びの声を上げる。

 サーディスは、少しだけ困ったように微笑む。
 "これが見世物の戦い"か――そう思いながら、ふと視線を横にやる。

 そこには、少し離れたところで静かに拍手を送る王子の姿があった。

 (……シス様)

 王子は多くを語らない。
 だが、その眼差しには、確かな"誇り"が宿っていた。

 "私の騎士は、こんなにも強い"

 そう言わんばかりの眼差しに、サーディスはわずかに胸の奥が熱くなるのを感じた。


 <あとがき>
 ここまで読んでくださりありがとうございます!
 応援ボタン押していただけると今後の励みになります!


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編) 王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編) 平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)

処理中です...