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第1章 乙女ゲーの世界に転生しました
20 地獄の猟犬
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それから先はとんとん拍子だった。借金を取立てに来た男たちに白金貨を手渡すとその場で跳び上がった。自分たちだけでは話を処理できないと言われ、私は男たちのボスがいる建物へと案内された。初めは一悶着あるかもと警戒していたけど、手揉みにゴマ擦りで現れたボスを見て拍子抜けしたものだ。
そのあとでシスカさんを同席させ、正式な書面を交わして借金を完済した。ボスは「何かあれば是非ご贔屓に」と言って名刺を渡してきた。ボスは貸付だけでなく商会も営んでいるらしい。今後を考えれば繋がりを持っておくのは悪い話ではない。
孤児院はシスカさん名義で購入した。ボスの伝手を使ってベリーブルーベリーの販路も確保した。これで一先ず孤児院は安泰だ。
「……何でここまでしてくれるの?」
帰りの道すがらでシスカさんが訊ねてきた。
「あなたが欲しいから、と言ったらどうしますか?」
「えっ!? えっと、それは……その……」
「冗談ですわ。子供たちが待ってるから早く帰りますわよ」
「わ、私、そういう経験ないから、上手くできるかわからないけど……よ、よろしくお願いします!」
「だから冗談ですわ」
もっともらしいことを言ったほうがよかったかな? 萎縮してるようだから場を和ませようと思ったんだけど。
「実を言うと、私王都で拠点にできる場所を探していましたの」
王都に来てからは宿に泊まっていた。十分な資金があるから生活に不自由はしていなかったし、むしろ快適だったけど、前世でのひもじい性分のせいか、宿泊代を払うということに抵抗があった。いっそのこと家でも買おうかと思ったけど、私名義で買うと色々とややこしいことになりそうなので断念した。そんなわけで孤児院の一件は渡りに船だったと言える。
「しばらくは孤児院で暮らそうかと思っていますわ。よろしいかしら?」
「も、もちろんだよ! でもいいの? リディアってお金持ちっぽいし、あんなボロい家で……」
「横になれる場所があれば十分ですわ」
前世では1Kのマンションで一人暮らしをしていた。毎日の残業で掃除もろくにできず汚部屋も同然の有様で人に見せられる状態ではなかった。そこで数年暮らしていたのだ。多少の狭さと汚さで音を上げる私ではない。
孤児院に戻ると、子供たちが勢揃いで待っていた。不安そうな顔で私たちを見ている。私が背中に触れて促すと、シスカさんは涙目でみんなにこう言った。
「もう大丈夫だよ、みんな」
シスカさんの一言で子供たちはわあっと嬉しそうな声を上げた。今まで借金に苦しんでいたシスカさんの表情が和らいでいることに子供たちも気付いたのだろう。泣きながら喜んでいる子供もいた。
「これで終わりではありませんわ。あなたたちもこれから孤児院のために働いてもらいますわよ」
ベリーブルーベリーの収穫は手分けしてやったほうが効率的だ。あとは商店に卸す際に運搬が必要になるけど、小分けして持って行くと手間だ。かと言って一度に全部持っていくのはシスカさんと子供たちには無理だ。
問題は他にもある。ベリーブルーベリーが高級品なら盗もうとする輩が出てくるかもしれない。運搬の手助けと用心棒を兼任できるような存在がいれば……ちょっと閃いたかも。
「あなたたち犬は好きかしら?」
「えっ? う、うん。今までは借金があって飼う余裕がなかったから飼えなかったけど……また何かするつもりなの?」
「人聞き悪い言い方ですわね」
「……自分が規格外だって気付かないとあとで苦労するよ」
シスカさんは呆れたように言った。今回の件で身に染みていたところだ。自分にできることが他人も同じようにできるとは限らない。魔王の力を手にしたせいで感覚がおかしくなっていたようだ。
「少し席を外しますわ」
裏庭に出た私は感知魔法で人目がないのを確認し、右手を前にかざした。
「来たれ我が眷属よ」
私の眼前に展開された紫色の魔法陣から漆黒の毛並みの狼が二匹現われた。
ヘルハウンド。地獄の猟犬として知られるモンスターだ。ベリーブルーベリーを乗せた荷台を引くのと、孤児院を守る番犬として打って付けだ。
「この孤児院を守りなさい。それと孤児院の皆が言うことは私の命令と同じだと思って励むこと。いいですわね?」
首元の毛を撫でてやると、ヘルハウンド二匹は了解とばかりに首を縦に振った。人の言葉を理解する知能があるのはありがたい。私の眷属だから命令に忠実だし、こう言い含めておけば孤児院の誰かに牙を剥くことはないだろう。孤児院を害そうとする悪党はご愁傷様だけど。
それから私はヘルハウンド二匹をみんなに紹介した。子供たちは喜んでいたが、シスカさんは「こんな犬みたことないんだけど……?」と顔を青くしていた。私が大丈夫だと念を押すと納得してくれたが「規格外を自覚するように言った矢先にこれだよ……」とぼやいていた。
「お聞きなさい子供たち。これから私もしばらくここに住むことに――」
「悪ぃみんな! 遅くなった! 騎士団のみんなに頼み込んでお金を借りてきたぜ!」
私の言葉を遮るように孤児院の扉が開かれた。
目を向けると、そこには赤髪紅眼の少年が立っていた。野性味のある顔立ちに程良い筋肉で引き締まった体。地味な衣装を着ているが、腰には立派な剣を提げている。
何かどこかで見たことがあるような、と私が思っていると、ヘルハウンド二匹は敵と判断したのか、少年に飛び掛かった。
「な、何だこのデカい犬は!?」
「お止めなさい」
私が命じると、ヘルハウンドはお座りの姿勢を取った。さすがに利口だ。シスカさんは「人間の言葉がわかってるような動きだったけど……?」と怪しんでいたが、知らん顔してやり過ごそう。
それから先はとんとん拍子だった。借金を取立てに来た男たちに白金貨を手渡すとその場で跳び上がった。自分たちだけでは話を処理できないと言われ、私は男たちのボスがいる建物へと案内された。初めは一悶着あるかもと警戒していたけど、手揉みにゴマ擦りで現れたボスを見て拍子抜けしたものだ。
そのあとでシスカさんを同席させ、正式な書面を交わして借金を完済した。ボスは「何かあれば是非ご贔屓に」と言って名刺を渡してきた。ボスは貸付だけでなく商会も営んでいるらしい。今後を考えれば繋がりを持っておくのは悪い話ではない。
孤児院はシスカさん名義で購入した。ボスの伝手を使ってベリーブルーベリーの販路も確保した。これで一先ず孤児院は安泰だ。
「……何でここまでしてくれるの?」
帰りの道すがらでシスカさんが訊ねてきた。
「あなたが欲しいから、と言ったらどうしますか?」
「えっ!? えっと、それは……その……」
「冗談ですわ。子供たちが待ってるから早く帰りますわよ」
「わ、私、そういう経験ないから、上手くできるかわからないけど……よ、よろしくお願いします!」
「だから冗談ですわ」
もっともらしいことを言ったほうがよかったかな? 萎縮してるようだから場を和ませようと思ったんだけど。
「実を言うと、私王都で拠点にできる場所を探していましたの」
王都に来てからは宿に泊まっていた。十分な資金があるから生活に不自由はしていなかったし、むしろ快適だったけど、前世でのひもじい性分のせいか、宿泊代を払うということに抵抗があった。いっそのこと家でも買おうかと思ったけど、私名義で買うと色々とややこしいことになりそうなので断念した。そんなわけで孤児院の一件は渡りに船だったと言える。
「しばらくは孤児院で暮らそうかと思っていますわ。よろしいかしら?」
「も、もちろんだよ! でもいいの? リディアってお金持ちっぽいし、あんなボロい家で……」
「横になれる場所があれば十分ですわ」
前世では1Kのマンションで一人暮らしをしていた。毎日の残業で掃除もろくにできず汚部屋も同然の有様で人に見せられる状態ではなかった。そこで数年暮らしていたのだ。多少の狭さと汚さで音を上げる私ではない。
孤児院に戻ると、子供たちが勢揃いで待っていた。不安そうな顔で私たちを見ている。私が背中に触れて促すと、シスカさんは涙目でみんなにこう言った。
「もう大丈夫だよ、みんな」
シスカさんの一言で子供たちはわあっと嬉しそうな声を上げた。今まで借金に苦しんでいたシスカさんの表情が和らいでいることに子供たちも気付いたのだろう。泣きながら喜んでいる子供もいた。
「これで終わりではありませんわ。あなたたちもこれから孤児院のために働いてもらいますわよ」
ベリーブルーベリーの収穫は手分けしてやったほうが効率的だ。あとは商店に卸す際に運搬が必要になるけど、小分けして持って行くと手間だ。かと言って一度に全部持っていくのはシスカさんと子供たちには無理だ。
問題は他にもある。ベリーブルーベリーが高級品なら盗もうとする輩が出てくるかもしれない。運搬の手助けと用心棒を兼任できるような存在がいれば……ちょっと閃いたかも。
「あなたたち犬は好きかしら?」
「えっ? う、うん。今までは借金があって飼う余裕がなかったから飼えなかったけど……また何かするつもりなの?」
「人聞き悪い言い方ですわね」
「……自分が規格外だって気付かないとあとで苦労するよ」
シスカさんは呆れたように言った。今回の件で身に染みていたところだ。自分にできることが他人も同じようにできるとは限らない。魔王の力を手にしたせいで感覚がおかしくなっていたようだ。
「少し席を外しますわ」
裏庭に出た私は感知魔法で人目がないのを確認し、右手を前にかざした。
「来たれ我が眷属よ」
私の眼前に展開された紫色の魔法陣から漆黒の毛並みの狼が二匹現われた。
ヘルハウンド。地獄の猟犬として知られるモンスターだ。ベリーブルーベリーを乗せた荷台を引くのと、孤児院を守る番犬として打って付けだ。
「この孤児院を守りなさい。それと孤児院の皆が言うことは私の命令と同じだと思って励むこと。いいですわね?」
首元の毛を撫でてやると、ヘルハウンド二匹は了解とばかりに首を縦に振った。人の言葉を理解する知能があるのはありがたい。私の眷属だから命令に忠実だし、こう言い含めておけば孤児院の誰かに牙を剥くことはないだろう。孤児院を害そうとする悪党はご愁傷様だけど。
それから私はヘルハウンド二匹をみんなに紹介した。子供たちは喜んでいたが、シスカさんは「こんな犬みたことないんだけど……?」と顔を青くしていた。私が大丈夫だと念を押すと納得してくれたが「規格外を自覚するように言った矢先にこれだよ……」とぼやいていた。
「お聞きなさい子供たち。これから私もしばらくここに住むことに――」
「悪ぃみんな! 遅くなった! 騎士団のみんなに頼み込んでお金を借りてきたぜ!」
私の言葉を遮るように孤児院の扉が開かれた。
目を向けると、そこには赤髪紅眼の少年が立っていた。野性味のある顔立ちに程良い筋肉で引き締まった体。地味な衣装を着ているが、腰には立派な剣を提げている。
何かどこかで見たことがあるような、と私が思っていると、ヘルハウンド二匹は敵と判断したのか、少年に飛び掛かった。
「な、何だこのデカい犬は!?」
「お止めなさい」
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