【連載版】婚約破棄されたラスボス悪役令嬢に転生した私は死の運命から逃れるためにトゥルーエンドを目指します

朝日はじめ

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第1章 乙女ゲーの世界に転生しました

22 騎士の誓い

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「なあ、あんた剣を使うんだろ? ちょっと手合わせしてみねえか?」
「月夜の下で淑女に誘いをかける口実としては失格ですわね」
「べ、別にいいだろ。そういうのよくわからねえし……」

 ディランは人差し指で頬を掻いた。孤児院を出てから騎士見習いとして働いているディランだ。そんな男所帯にいたら女っ気がなくて当然だ。だからと言って夜に女子と剣を打ち合おうとするのはどうかと思うけど。

「木剣でよろしいですわね? 真剣だと音がうるさくて子供たちが起きてしまいますわ」
「木剣も大概うるさいけどな」
「そっちから誘っておいてその言い草ですの?」
「今のは俺が悪かった。用意してくるから庭で待っててくれ」

 ディランは屋根から飛び降りた。私もあとに続き、庭で待つことにした。

「三本勝負でいいか?」

 二振りの木剣を抱えたディランが孤児院から出てきた。そのうちの一振りを私に投げ渡してきた。

「実戦に二度目はありませんわ」
「……甘い考えで冒険者をやってるわけじゃねえってことか」

 ディランは木剣を正眼に構えた。素人目に見ても腕利きだとわかる堂に入った立ち姿だ。さすがは剣の才能を見込まれてガイウス団長の養子になっただけのことはある。私はリディアの記憶を頼りに片手持ちで剣を構えた。

 機先を制したのはディランだった。一度の踏み込みで私の眼前まで肉薄し、豪快に木剣を振り下ろす。私が横に退いて避けると、ディランはそのまま勢いに乗って攻勢を維持した。

 木剣が縦横無尽に乱れ舞う。凄まじい猛襲だ。剣術の技量は間違いなく私より上だが、私とディランでは総合的な能力値に天と地ほどの差がある。戦闘に集中した私の目から見れば遅く動いているにしか見えない。

 初太刀の時点でディランの腕から剣を叩き落すこともできたが、強いのがバレて目立つのは本意ではない。ディランの剣術を参考にしたいし、このまま見て盗むとしよう。

「はあはあ……し、信じられねえ。俺の剣を全部受け止められる奴は騎士団でもごく僅かだぞ……」

 ディランは地面の上で大の字になった。悔しがるかと思ってたけど、意外とそんなに気にしてないみたい。

「私も驚きましたわ。付け入る隙がありませんでした」
「嘘言え。俺は毎日格上の親父殿と剣を打ち合ってるからわかる。あんたは俺より数段強い。まるで親父殿に手解きされてるみたいだったぜ」

 私はぎくりとした。運動的と言うべきか、この手の獣じみた直感みたいなのは私にはよくわからない。前世の私は中学生の頃にバスケの授業で普通に着地しただけで骨折するくらい脆弱だった。仕事も内勤が主だったし。

「……まいった。天才だなんて言われて驕ってた。同い年の女にここまで差を付けられるなんてな。世の中は広いぜ」
「鼻っ柱は早めに折られたほうが尾に引かずに済みますわよ?」
「一度親父殿にバキボキにへし折られたんだけどな……自分が情けねえぜ」
「そう思うなら、もっと強くなりなさい。私を超えるほどに」

 またしてもリディアの記憶が余計なことをしてくれた。ディランが強くなったら万が一戦うときに強敵になってしまうというのに。

 とはいえ、やろうと思えばリディアの記憶が作用するのを抑えることもできた。

 そうしなかった理由はある。

 もし物語をトゥルーエンドに導くことができず、主人公たちと対峙することになった場合、私は王国を出て行くつもりだ。

 私がいなくなったこの国を守る主力の一人になるのがディランだ。我が身可愛さにディランの伸び代を潰すのは最低な行為だ。だから発破をかけることにしたのだ。

「そういうことなら、ここであんたに誓う。俺はあんたから受けた恩に見合う以上の騎士になってみせる」

 ディランは片膝をついた。いきなり妙に仰々しいけど、やる気が出たようで何よりだ。

「せいぜい精進なさい」
「……それだけかよ」
「? 他に何がありますの?」
「俺はまだ見習いだけど、騎士が誓いを立ててるんだぜ? こういうときにする儀礼があるだろうが」

 もしかして映画やアニメでよく見る剣を持った王様が騎士の肩に剣を添えて宣誓する儀式か何かのことかな? 何で私がそんなことって、いやちょっと待って……この展開何か見覚えが――

(思い出した! これは確か……)

 ディランルートへの分岐を満たす重要なイベントの一つだ。物語中盤に大量発生した魔物との戦いで重傷を負ったディランを主人公が癒し、そこから孤児院の話題になる。話を聞いた主人公はディランのために力を貸すと申し出て、二人は仲を深めていく。そのときディランは主人公に騎士の誓いを立てるのだ。

「どうかしたのか?」
「な、何でもありませんわ」

 私はディランに背を向けた。まずい。ここでディランに騎士の誓いを立てさせるわけにはいかない。また物語の順序に変化が起きるかもしれない。そうなっては困る。

「……騎士が忠誠を誓う相手は誰かご存知かしら?」
「? そりゃ王様とか聖女様になるんじゃねえか?」
「なら何故あなたは私に誓いを立てようとしているのかしら?」
「ああ、これは個人的なことだから気にすんな」

 付け入る隙を見出した私はきらりと目を光らせた。

「個人的な事情を無理矢理押し付けるのはどうかと思いますわ」
「別に無理矢理ってわけじゃねえだろ?」
「無理矢理ですわ。ここで断ったら私が悪者みたいだとは思いませんこと?」
「悪者って、おれはそんなつもりじゃ……」
「悪者みたいに見えますわ! ただでさえ私の不徳が生んでしまった悪評を反省する日々を過ごしているのに! これ以上私を追い込むつもりなのかしら!?」
「お、落ち着けって。俺は本気であんたに感謝してるんだ。追い込むつもりなんてねえよ」

 ディランは慌てふためいている。ちょっと可哀想な気もするけど、それもこれもすべてトゥルーエンドに辿り着くためだ。心を鬼にしなければ。

「大体私にも勝てない半人前が誓いを立てようなんて、まだまだ驕っているのではなくて? どうしても私に誓いを立てたいなら先ずは一人前になりなさいな」

 相変わらずリディアの記憶さんは厳しい。こういう言い方しかできないから周りに勘違いされてきたのに。

 これにはディランも怒るかな? と構えていると、ディランは大声で笑い出した。

「剣術だけじゃなくて心もへし折ってくるのかよ! 容赦ねえぜ、ったく」

 ディランはすくっと立ち上がると、手を差し出してきた。

「騎士の誓いがダメなら、ダチとして約束するってのはどうだ?」

 なるほど、それなら悪くない。

 私は少し考えたあとで、こう返した。

「それもお断りしますわ」
「何でだよ!?」

 ディランの突っ込みが夜闇に響き渡った。
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