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第1章 乙女ゲーの世界に転生しました
23 呪われた少女
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孤児院で寝泊まりするようになった私は、変わらず冒険者ギルドでEクラスのクエストを引き受ける毎日を過ごしている。低額の報酬で重労働を任されることもあるため、駆け出しの冒険者でも嫌がる雑用にもすっかり慣れてきた。そんな雑用クエストをこなしてきた私は住民に顔を知られるようになり、町を歩いているだけで挨拶をされるようになった。人に好かれて感謝されるのは気分がいい。
(また良い種を見付けたし、これも孤児院で育ててもらおうかな)
私は郊外でハイポーションの原料になる上薬草の種を入手した。ベリーブルーベリーほどの収益にはならないが、育ち盛りの子供たちがたくさんいる孤児院だ。擦り傷は日常茶飯事。上薬草があれば怪我をしたときに大いに役立つ。私もいくつかストックしておきたいところだ。
私はふと空を見上げた。日差しを浴びながら体を動かすことがこんなに気持ち良いなんて知らなかった。狭いビルの一室で納期に追われてひたすらパソコンを打っていた頃とは大違いだ。貧弱だった前世の体じゃこんな生活できなかっただろうけどね。体は資本って真理だよあれ。
「あ、あれ、私の杖はどこに……?」
冒険者ギルドでクエスト達成の報告を終え、帰路に就いていたときだ。フードを目深に被った小柄な女性が手探りで何かを探しているところに遭遇した。口振りからして杖を落としたのだろう。少し手を伸ばせば届く距離にあるのに気付いていない。
「探し物はこれかしら?」
私はひょいと杖を拾い上げ、小柄な女性に手渡した。
「あっ、ご、ご親切にありがとうございます……」
私は小首を傾げた。少女の声だ。高齢の方かと思った。
「あ、あの……私はこれで失礼致します……」
「ええ。お気を付けて」
と、私は見送ろうとしたが、余所見をしながら歩いてきた中年の男に突き飛ばされ、少女は体勢を崩した。私は咄嗟に少女を抱き止めた。
「謝りもしないなんて失礼にもほどがありますわね」
電車で出退勤していた頃に何度かぶつかりおじさんに遭遇したことがある。まともにぶつかったらこっちが吹き飛ばされるからそれらしい人を見掛けたら早めに避けるようにしていたけど、狙いを定めて突っ込んでくるから始末に負えなかった。まあそんな嫌な記憶はどうでもいいとして……。
「お怪我はありませんか?」
「は、はい。二度も助けていただきありがとうございます」
ぶつかった衝撃で捲れ上がったフードの下には、透き通った青い髪と蒼天のような目をした美少女の顔があった。婚約破棄されたパーティで着飾った淑女を大勢見てきたが、その誰よりも綺麗だ。触れたら幻のように消えてしまう。そんな儚げな印象を抱く美少女だ。
「あ、あの、どうかなさいましたか?」
「な、何でもありませんわ」
私は少女から身を引いた。少女はぶつかった拍子に落としてしまった杖を探そうと屈み込んだが、すぐ傍にあるのに気付いていない。
そこでようやく得心がいった。この子は目が見えていないのだ。
「私が拾いますわ。はいこれ」
「す、すみません。ありがとうございます」
「困ったときはお互い様ですわ」
私が微笑みかけると、少女は私の様子を察したのか、微笑み返してくれた。目が見えていない分他の感覚が研ぎ澄まされているのかもしれない。
「私はリディア。通りすがりの冒険者ですわ。あなたは?」
「わ、私はアイナと申します」
アイナはぺこりと頭を下げた。同い年くらいの目が見えない子に会ったのは今回が初めてだ。同情を抱いてしまうのは偽善なのか、それとも優越なのか。それなりに生きてきた私でも未だによくわからない。
「この目は生まれつきなんです」
アイナが口を開いた。私の沈黙からこちらの心情を察したのだろう。
「薬じゃ治せなくて。ご迷惑をおかけしてすみません」
「迷惑だなんて思っていませんわ……辛いですわよね」
「どうでしょう。生まれたときからこうですから。ただ、可哀想な子だって思われるのは、少し複雑かもしれません……仕方ないんですけどね」
アイナは愛想笑いを浮かべた。
私は自己嫌悪を抱いた。もっと深く推察すればアイナの心境に気付けたはずだ。それを安っぽい同情で傷付けてしまうなんて……。
「魔法であなたの体を調べてもよろしいかしら?」
「えっ? えっと、いきなりそんなことを言われても……」
「悪いようには致しません。あとからお金を請求するなんてこともしませんわ」
「わ、わかりました」
病気や状態異常は投薬で治すのがこの世界の常識だ。アイナの了承を得た私は早速魔眼でアイナの状態を確認し、異変に気付いた。
アイナは病気にかかっていない。これは――
「呪いですわね」
私が独り言ちると、アイナはびくりと体を震わせた。
「……何故おわかりになったのですか?」
「私魔法は得意ですの。あなたにかけられている呪いは高位、あるいは超位のものですわ。こんなこと言いたくはありませんけど、あなたのご家族は誰かから恨みを買うようなことをしているのかしら?」
前世の私はこんな風にはっきりと物を言えなかった。目立たないように波風立てず、周りに迷惑をかけないように自分を押し殺して、大多数の一人になって生きていた。思ったことをさらっと口にできるリディアが羨ましい。
孤児院で寝泊まりするようになった私は、変わらず冒険者ギルドでEクラスのクエストを引き受ける毎日を過ごしている。低額の報酬で重労働を任されることもあるため、駆け出しの冒険者でも嫌がる雑用にもすっかり慣れてきた。そんな雑用クエストをこなしてきた私は住民に顔を知られるようになり、町を歩いているだけで挨拶をされるようになった。人に好かれて感謝されるのは気分がいい。
(また良い種を見付けたし、これも孤児院で育ててもらおうかな)
私は郊外でハイポーションの原料になる上薬草の種を入手した。ベリーブルーベリーほどの収益にはならないが、育ち盛りの子供たちがたくさんいる孤児院だ。擦り傷は日常茶飯事。上薬草があれば怪我をしたときに大いに役立つ。私もいくつかストックしておきたいところだ。
私はふと空を見上げた。日差しを浴びながら体を動かすことがこんなに気持ち良いなんて知らなかった。狭いビルの一室で納期に追われてひたすらパソコンを打っていた頃とは大違いだ。貧弱だった前世の体じゃこんな生活できなかっただろうけどね。体は資本って真理だよあれ。
「あ、あれ、私の杖はどこに……?」
冒険者ギルドでクエスト達成の報告を終え、帰路に就いていたときだ。フードを目深に被った小柄な女性が手探りで何かを探しているところに遭遇した。口振りからして杖を落としたのだろう。少し手を伸ばせば届く距離にあるのに気付いていない。
「探し物はこれかしら?」
私はひょいと杖を拾い上げ、小柄な女性に手渡した。
「あっ、ご、ご親切にありがとうございます……」
私は小首を傾げた。少女の声だ。高齢の方かと思った。
「あ、あの……私はこれで失礼致します……」
「ええ。お気を付けて」
と、私は見送ろうとしたが、余所見をしながら歩いてきた中年の男に突き飛ばされ、少女は体勢を崩した。私は咄嗟に少女を抱き止めた。
「謝りもしないなんて失礼にもほどがありますわね」
電車で出退勤していた頃に何度かぶつかりおじさんに遭遇したことがある。まともにぶつかったらこっちが吹き飛ばされるからそれらしい人を見掛けたら早めに避けるようにしていたけど、狙いを定めて突っ込んでくるから始末に負えなかった。まあそんな嫌な記憶はどうでもいいとして……。
「お怪我はありませんか?」
「は、はい。二度も助けていただきありがとうございます」
ぶつかった衝撃で捲れ上がったフードの下には、透き通った青い髪と蒼天のような目をした美少女の顔があった。婚約破棄されたパーティで着飾った淑女を大勢見てきたが、その誰よりも綺麗だ。触れたら幻のように消えてしまう。そんな儚げな印象を抱く美少女だ。
「あ、あの、どうかなさいましたか?」
「な、何でもありませんわ」
私は少女から身を引いた。少女はぶつかった拍子に落としてしまった杖を探そうと屈み込んだが、すぐ傍にあるのに気付いていない。
そこでようやく得心がいった。この子は目が見えていないのだ。
「私が拾いますわ。はいこれ」
「す、すみません。ありがとうございます」
「困ったときはお互い様ですわ」
私が微笑みかけると、少女は私の様子を察したのか、微笑み返してくれた。目が見えていない分他の感覚が研ぎ澄まされているのかもしれない。
「私はリディア。通りすがりの冒険者ですわ。あなたは?」
「わ、私はアイナと申します」
アイナはぺこりと頭を下げた。同い年くらいの目が見えない子に会ったのは今回が初めてだ。同情を抱いてしまうのは偽善なのか、それとも優越なのか。それなりに生きてきた私でも未だによくわからない。
「この目は生まれつきなんです」
アイナが口を開いた。私の沈黙からこちらの心情を察したのだろう。
「薬じゃ治せなくて。ご迷惑をおかけしてすみません」
「迷惑だなんて思っていませんわ……辛いですわよね」
「どうでしょう。生まれたときからこうですから。ただ、可哀想な子だって思われるのは、少し複雑かもしれません……仕方ないんですけどね」
アイナは愛想笑いを浮かべた。
私は自己嫌悪を抱いた。もっと深く推察すればアイナの心境に気付けたはずだ。それを安っぽい同情で傷付けてしまうなんて……。
「魔法であなたの体を調べてもよろしいかしら?」
「えっ? えっと、いきなりそんなことを言われても……」
「悪いようには致しません。あとからお金を請求するなんてこともしませんわ」
「わ、わかりました」
病気や状態異常は投薬で治すのがこの世界の常識だ。アイナの了承を得た私は早速魔眼でアイナの状態を確認し、異変に気付いた。
アイナは病気にかかっていない。これは――
「呪いですわね」
私が独り言ちると、アイナはびくりと体を震わせた。
「……何故おわかりになったのですか?」
「私魔法は得意ですの。あなたにかけられている呪いは高位、あるいは超位のものですわ。こんなこと言いたくはありませんけど、あなたのご家族は誰かから恨みを買うようなことをしているのかしら?」
前世の私はこんな風にはっきりと物を言えなかった。目立たないように波風立てず、周りに迷惑をかけないように自分を押し殺して、大多数の一人になって生きていた。思ったことをさらっと口にできるリディアが羨ましい。
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