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第1章 乙女ゲーの世界に転生しました
27 運命の少女
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△
「ついにこの日が来ましたわね」
とある日の早朝、孤児院の一室で純白の制服に身を包んだ私は鏡の前で身形を整えた。
「よく似合ってるわよ、リディア」
シスカさんは「その格好してると本物の貴族みたい」と付け加えた。本物の貴族ですけど。
「冒険者としての私もれっきとした私ですわ」
「わかってる。リディアがどこの誰であろうと、私はあなたの味方だからね」
シスカさんは笑みを浮かべた。借金がなくなったことで付き物が落ちたような顔をしている。本当によかった。そこに子供たちがわらわらと部屋に入ってきた。
「わー! リディアお姉ちゃん綺麗!」
「リディアお姉ちゃん本当に貴族だったんだな!」
「たまに庶民っぽいところがあるもんね」
「落としたパンを普通に食べ始めたときはびっくりしたよな!」
ケビンを含めた子供たちが好き勝手言っている。前世は庶民だったからね。こうもはっきり前世の記憶を思い出したら貴族の体裁を保つほうが大変なのだ。
「短い間でしたけど、お世話してあげましたわね」
「そこはお世話になりましたでしょ。間違ってはいないけど」
「冗談ですわ。しばらくの間はあまり顔を出せなくなります。孤児院のことは任せましたわよ」
私が言うと、子供たちはしゅんとした。
「そんな顔しないの。学院での生活が落ち着いたら遊びに来ますわ。それに私がいなくなってもあの子たちがいますわ」
私の眷属であるヘルハウンド二匹に孤児院の守護を命じてある。子供たちに揉みくちゃにされても嫌な顔一つせず、孤児院の皆の言うことにも従っている。この子たちがいれば孤児院にちょっかいを出す輩は現れないはずだ。
「では、行ってきますわね」
「うん。またいつでも帰ってきてね。待ってるから」
「ええ、必ず」
私は手を振るシスカさんと子供たちに背を向け、孤児院をあとにした。
△
新しい装いで町に繰り出した私は、王都の中心街を目指して歩を進めた。
ついにこの日がやってきた。今日は記念すべき王立魔法学院の入学式だ。それはつまり、この世界の物語が本格的に始まることを意味している。
私のこれまでの行動が原因で本来起きるはずのないイベントやゲームになかったイベントが起きてしまった。それらの不確定要素がこれからどう物語に影響を及ぼしていくのか、正直今から不安でいっぱいだけど、まだ誤差の範囲のはず。だと信じたい。
ゲーム本編のリディアは攻略対象たちから嫌われていたが、私は違う。それなりに友好的な関係を築くことができたはずだ。この関係性を上手く活用し、主人公と攻略対象たちの仲を橋渡していけばトゥルーエンドへと辿り着けるはずだ。
(私が知ってるゲームの通りにいかなくても、やることは決まりきってる)
要は攻略対象全員の好感度を一定以上高めた状態で主人公とルーク様をくっつければいいのだ。学生時代にプレイして以来だから忘れている部分は多々あるし、リディアと魔王の記憶が混ざってたまに混乱するときもあるけど、それらしいイベントに遭遇したら臨機応変に立ち回ればいい。
万が一トゥルーエンドに辿り着けなかったときのための生きる手段も冒険者を経験したときに獲得した。最悪全部放り出して流浪の旅に出るつもりだ。リディアの記憶的には大反対みたいだけど。
魔王の記憶は私の意識にあまり干渉してこない。ルーク様とアホ王子に怒ったときくらいかな? 何度も転生を繰り返して長生きしてきたせいか、魔王の記憶は長大な上に遡るのが難しい。自我も薄れているのか、ゲーム本編でもリディアの意識が強く出ている場合が多かった。今のところは意識を乗っ取られる心配はしなくてもよさそうだ。
中世ヨーロッパ風の街並みを抜けると、門に囲われた広大な敷地が見えてきた。奥には歴史を感じさせる巨大な建物がいくつも鎮座している。
今日から私はこの学院の寮で生活しながら勉学に励むことになる。まさかまた学校に通うことになるなんて夢にも思わなかったけど、それよりも重要なことは――
(いた。あの子だ。間違いない)
私は門の前で呆然と立ち尽くしている女子生徒を発見した。
そよ風に靡く栗色の長い髪に翡翠のような瞳。あどけなさを残しながらも美しく整った顔立ち。遠目から見ても明らかに纏っているオーラが違う。
乙女ゲーム「セイクリッドマギア~聖女と魔法学院~」の主人公であり、女神ティアナの祝福を受けた聖女――クリスタ・オベール。唯一の平民として魔法学院に通うことになり、一癖も二癖もある攻略対象たちと大恋愛を繰り広げていく、運命の少女だ。
リディアと魔王からすれば気に入らない存在筆頭だが、私としては旧友に再会したような気分だった。多感だった学生時代にプレイした思い出の乙女ゲーの主人公が目の前にいる。懐かしさで胸がいっぱいだ。
クリスタが何故立ち尽くしているのか、あの子を視点にしたこのゲームをプレイしてきた私にはわかる。
平民の私がこんな立派な学院に通っていいのか、貴族の中で上手くやっていけるのか、そもそもいきなり聖女とか言われても実感がない。そんな不安と気後れで足が竦んでいるのだ。
私も似たような気持ちだ。これから始まる物語をトゥルーエンドへと導くことができるのか。考えただけで不安に苛まれる。しかも物語は私一人の手で作り上げるのではない。重要な鍵はクリスタと他の攻略対象たちが握っているのだ。自分の運命は他人の手にかかっている。そう考えると生殺与奪の権を握られているような気分になる。
「ついにこの日が来ましたわね」
とある日の早朝、孤児院の一室で純白の制服に身を包んだ私は鏡の前で身形を整えた。
「よく似合ってるわよ、リディア」
シスカさんは「その格好してると本物の貴族みたい」と付け加えた。本物の貴族ですけど。
「冒険者としての私もれっきとした私ですわ」
「わかってる。リディアがどこの誰であろうと、私はあなたの味方だからね」
シスカさんは笑みを浮かべた。借金がなくなったことで付き物が落ちたような顔をしている。本当によかった。そこに子供たちがわらわらと部屋に入ってきた。
「わー! リディアお姉ちゃん綺麗!」
「リディアお姉ちゃん本当に貴族だったんだな!」
「たまに庶民っぽいところがあるもんね」
「落としたパンを普通に食べ始めたときはびっくりしたよな!」
ケビンを含めた子供たちが好き勝手言っている。前世は庶民だったからね。こうもはっきり前世の記憶を思い出したら貴族の体裁を保つほうが大変なのだ。
「短い間でしたけど、お世話してあげましたわね」
「そこはお世話になりましたでしょ。間違ってはいないけど」
「冗談ですわ。しばらくの間はあまり顔を出せなくなります。孤児院のことは任せましたわよ」
私が言うと、子供たちはしゅんとした。
「そんな顔しないの。学院での生活が落ち着いたら遊びに来ますわ。それに私がいなくなってもあの子たちがいますわ」
私の眷属であるヘルハウンド二匹に孤児院の守護を命じてある。子供たちに揉みくちゃにされても嫌な顔一つせず、孤児院の皆の言うことにも従っている。この子たちがいれば孤児院にちょっかいを出す輩は現れないはずだ。
「では、行ってきますわね」
「うん。またいつでも帰ってきてね。待ってるから」
「ええ、必ず」
私は手を振るシスカさんと子供たちに背を向け、孤児院をあとにした。
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新しい装いで町に繰り出した私は、王都の中心街を目指して歩を進めた。
ついにこの日がやってきた。今日は記念すべき王立魔法学院の入学式だ。それはつまり、この世界の物語が本格的に始まることを意味している。
私のこれまでの行動が原因で本来起きるはずのないイベントやゲームになかったイベントが起きてしまった。それらの不確定要素がこれからどう物語に影響を及ぼしていくのか、正直今から不安でいっぱいだけど、まだ誤差の範囲のはず。だと信じたい。
ゲーム本編のリディアは攻略対象たちから嫌われていたが、私は違う。それなりに友好的な関係を築くことができたはずだ。この関係性を上手く活用し、主人公と攻略対象たちの仲を橋渡していけばトゥルーエンドへと辿り着けるはずだ。
(私が知ってるゲームの通りにいかなくても、やることは決まりきってる)
要は攻略対象全員の好感度を一定以上高めた状態で主人公とルーク様をくっつければいいのだ。学生時代にプレイして以来だから忘れている部分は多々あるし、リディアと魔王の記憶が混ざってたまに混乱するときもあるけど、それらしいイベントに遭遇したら臨機応変に立ち回ればいい。
万が一トゥルーエンドに辿り着けなかったときのための生きる手段も冒険者を経験したときに獲得した。最悪全部放り出して流浪の旅に出るつもりだ。リディアの記憶的には大反対みたいだけど。
魔王の記憶は私の意識にあまり干渉してこない。ルーク様とアホ王子に怒ったときくらいかな? 何度も転生を繰り返して長生きしてきたせいか、魔王の記憶は長大な上に遡るのが難しい。自我も薄れているのか、ゲーム本編でもリディアの意識が強く出ている場合が多かった。今のところは意識を乗っ取られる心配はしなくてもよさそうだ。
中世ヨーロッパ風の街並みを抜けると、門に囲われた広大な敷地が見えてきた。奥には歴史を感じさせる巨大な建物がいくつも鎮座している。
今日から私はこの学院の寮で生活しながら勉学に励むことになる。まさかまた学校に通うことになるなんて夢にも思わなかったけど、それよりも重要なことは――
(いた。あの子だ。間違いない)
私は門の前で呆然と立ち尽くしている女子生徒を発見した。
そよ風に靡く栗色の長い髪に翡翠のような瞳。あどけなさを残しながらも美しく整った顔立ち。遠目から見ても明らかに纏っているオーラが違う。
乙女ゲーム「セイクリッドマギア~聖女と魔法学院~」の主人公であり、女神ティアナの祝福を受けた聖女――クリスタ・オベール。唯一の平民として魔法学院に通うことになり、一癖も二癖もある攻略対象たちと大恋愛を繰り広げていく、運命の少女だ。
リディアと魔王からすれば気に入らない存在筆頭だが、私としては旧友に再会したような気分だった。多感だった学生時代にプレイした思い出の乙女ゲーの主人公が目の前にいる。懐かしさで胸がいっぱいだ。
クリスタが何故立ち尽くしているのか、あの子を視点にしたこのゲームをプレイしてきた私にはわかる。
平民の私がこんな立派な学院に通っていいのか、貴族の中で上手くやっていけるのか、そもそもいきなり聖女とか言われても実感がない。そんな不安と気後れで足が竦んでいるのだ。
私も似たような気持ちだ。これから始まる物語をトゥルーエンドへと導くことができるのか。考えただけで不安に苛まれる。しかも物語は私一人の手で作り上げるのではない。重要な鍵はクリスタと他の攻略対象たちが握っているのだ。自分の運命は他人の手にかかっている。そう考えると生殺与奪の権を握られているような気分になる。
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