【連載版】婚約破棄されたラスボス悪役令嬢に転生した私は死の運命から逃れるためにトゥルーエンドを目指します

朝日はじめ

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第1章 乙女ゲーの世界に転生しました

29 第一王子と聖女

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「始業式に遅れてしまいますわ。行きますわよ」
「は、はい。リディア様」
 
 クリスタは私の三歩後ろから付いて来た。
 
「何故そんなに離れているのかしら?」
「わ、私なんかがリディア様の隣を歩くなんて恐れ多いです」

 今のクリスタは前世の私のようだ。ブラック企業で理不尽に怒られ続けるうちに自己肯定感が底を突き抜け、自分は何をやってもダメな人間なんだと思い込んでいた。

「そんなに自分を卑下していたらいつまで経っても自信がつきませんわよ」
「そ、そうですよね。わかってはいるんですけど……」

 クリスタは悄然と俯いた。この状態では何を言っても響かないだろう。

 クリスタには酷だが、荒療治が必要だ。

「ではこうしましょう」

 私はクリスタと腕を組み、強引に隣を歩かせた。

「り、リディア様!?」
「私はあなたをお友達にすると決めました。平民とか聖女とか、そんな肩書きなんてどうでもいい。私は他ならないあなたを気に入りましたわ」
「で、でも、私なんかが近くにいたらリディア様がどんな目で見られるか……」
「他人の目なんて知ったことではありませんわ。誰が何と言おうと私は私のしたいようにすると決めています。そんな傲慢な女とお友達にあるのは嫌かしら?」
「ご、傲慢だなんて! その……か、カッコイイなって思います」
「褒め言葉として受け取っておきますわ。私を見習えとまでは言いませんけど、本気で私のお友達になりたいのなら、私に並び立てる人間になれるように精進なさい」

 リディアの記憶が仕事をしている。言い方はちょっときついけど、クリスタは背中を押してあげないと動けないタイプの子だ。

 辛いのは今だけだ。やがてクリスタは攻略対象たちと交流を深め、共に様々な困難を越えていき、聖女の名に恥じない立派な少女に成長していく。ゲームをプレイした私のお墨付きだ。

「……わかりました。私、リディア様の隣に相応しい人間になれるように頑張ります」

 クリスタは決然と口にした。今し方までおどおどしていた姿からは想像もつかない気迫を感じる。ほんの少し後押ししただけでこの成長ぶりはさすが主人公と言ったところか。

「ねえ見て、あの子確か聖女様だって言われてる平民の女だよね?」
「いくら聖女様だからってこの学院に入れるなんて……」
「隣にいるのはクラウディウス様だわ。ほら、あの有名な」
「知ってる。きっとあの平民の女に目を付けたのね」
「クラウディウス様に睨まれたらもうやっていけないわね」
「気に入らないメイドを何人もいびって辞めさせたそうよ。あの女もきっとそうなるわ」

 女子生徒たちがこちらを見ながらひそひそと話している。酷い言われ様だけど、言われるだけのことをしてきたから文句は言えない。

「酷い。私は何を言われてもいいけどリディア様のことを悪く言うなんて……」
「仕方ありませんわ。私に原因がありますもの」
「で、でも……」
「噂はあながち間違っていませんし」
「そ、そんなことは……!」
「本当ですわよ? 私は傲慢で我が儘な女。例えばこうしてあなたと並んで歩きたいのは私の我が儘ですし」
「ち、違います! リディア様は私を気遣ってくれて……それに私だってリディア様の隣を歩きたいです!」
「ありがとう。あなたの成長からは目が離せそうにありませんわね」
「はい! 必ずリディア様の隣に相応しい女になってみせます!」

 クリスタは胸の前で両手拳を握った。その意気やよしだ。

「や、やあ、リディア……こんなところにいたんだね」

 私とクリスタが校舎に入ったときだった。ルーク様が息を切らしながらやってきた。

「おはようございます、ルーク様。朝から走り込みだなんて感心致しますわ」

 というか何で入学初日の朝から走り込みなんてしてるわけ? ルーク様がクリスタとの初対面イベントに現れなかったせいで予定が狂っちゃったんだけど。

「別に走り込みをしていたわけではないよ。真面目な君のことだから朝早く来ればすぐに会えると思って待ってたんだけど、中々来ないから君を探し回っていたんだ」
「私を? 何故ですか?」
「朝一番に君の顔が見たかったからさ」

 私はルーク様の背面に花が咲いたような幻覚を見た。近くにいた女子生徒たちは黄色い声を上げている。そういうことはクリスタに言ってほしいんだけど何で私に言うかな。もしかして誰にでも言ってるのかな? この女たらしめ。

「お久しぶりです、ルーク様」

 クリスタはスカートの裾を摘まみながら優雅な一礼をした。私が婚約破棄されたパーティは聖女お披露目の席だった。クリスタはそこに参加するために前以て礼儀作法を学ばされていたが、完全に物にしているようだ。

「あ、ああ。久しぶりだね、クリスタ。君がリディアと一緒にいるなんて意外だよ。それに何か、少し見ない間に見違えたね」
「はい。リディア様に相応しい女になれるように精進すると決めましたから」

 クリスタは澄ました顔で言った。ついさっき門の前でおどおどしていた田舎娘とは思えない変貌ぶりだ。いくら主人公と言っても成長が早すぎないかな?

「へえ、リディアの隣に相応しい女に、ね。立派な心掛けだと思うけど、他意はないんだよね?」
「他意とは何のことでしょうか? 例えば朝から異性を口説こうとすることでしょうか?」
 
 クリスタとルーク様は睨み合いの火花を散らした。な、何でこんな険悪な雰囲気になってるの!? 二人には仲良くしてもらわないと困るんだけど! 空気変えないと空気!

「ほ、ほら、リボンが曲がってますわよ、クリスタ」

 私はクリスタの制服のリボンを整えた。

「まあ、ありがとうございます、リディア様。リディア様のリボンも曲がっていますよ」

 クリスタはちらりとルーク様を見てから私のリボンに触れた。

「僕の目にはリディアのリボンが曲がっているようには見えなかったんだけどな」
「見間違いではありませんか? あっ、リディア様、今日は乾燥しているみたいですし、よろしければ私のリップクリームをお使いください。安物ですけど効果は保証します」
「使用済みのリップクリームをリディアに勧めるのはどうかと思うな」
「未使用の物も用意しています。使用済みを勧めるわけないじゃないですか。それとも何か良からぬ妄想でもされたのですか? 王子ともあろう御方が破廉恥ですわね」

 クリスタはにこりと笑った。ルーク様はぐぬぬと歯を食い縛っている。

 ゲーム本編にこんなやり取りはなかった。この世界が現実となった今、この先ゲームの知識だけでは通用しない場面に出くわすこともあるだろう。それはそうとこの二人何でこんなに仲が悪そうなんだろ。
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