終焉の召喚術師〜悪魔の蔓延る世界に立ち向かう少年たち〜

NovaPro

文字の大きさ
37 / 97

第八章〜惨劇の都〜⑥

しおりを挟む
その後、サウシアからの応援要請に応じて、南支部の部隊が現地に到着した。
先頭に立っていたのは、白髪混じりの髪を後ろに撫でつけている教会南支部長のジンだ。
彼は即座に状況を把握し、クロスの拘束と周辺の安全確保を指示していく。

「援護が遅れて、すまなかった……!」

瓦礫の残る庭先に踏み込んできたジンは、深く頭を下げた。
風貌は厳格そのものだが、その声には確かに誠意がこもっている。

「いや、来てくれただけで……」

エルクはそう応えながら、疲れの滲む表情でクロスを振り返った。

「この男が『影』の使い手か」

ジンはクロスに一瞥をくれると、部下たちに目配せをする。

「拘束しろ。手早く、丁寧にな」

部隊の数名が迅速に動き、クロスに念入りな拘束具を施していく。
すでに意識を取り戻していたクロスは、特段抵抗することもなく受け入れていた。
まるで、自分の役目が終わったかのように―――。

「……それと、一つ報告があります」

フィールが顔を上げ、短く告げる。

「マモン……もう一人いたペストマスクの男の遺体が、消えました」

その言葉に、ジンの眉がピクリと動く。

「……消えた?」
「はい。周囲を確認したんですけど、痕跡も残ってませんでした。おそらく、回収されたか―――」

重苦しい空気が、一層深まるのを皆が感じる。

「……厄介だな」

ジンは、低く呟いた。

「それで、ここの住民は―――」

ジンの言葉に、ベルは顔を伏せ、フィールは無言で首を振った。
そして、彼らの背後を、担架に乗せられたバレンシアの亡骸が静かに通り過ぎていく。

「そうか……」

ジンはわずかに目を伏せ、黙とうを捧げた。
その沈黙は深く、そして重たい。
やがて彼は静かに顔を上げ、静かにこう話した。

「この地で起きたすべては、上にも報告される。お前たちも休息を取るといい。……話はそのあとにしよう」

ジンは、彼なりの配慮をエルクたちに向けたのだろう。
だが―――

「いや。今、話させてくれ」

エルクは絞り出すようにそう言った。
その声は疲労に満ちていたが、それ以上に深い決意がある。

「……いいだろう」

エルクたちは手当てを受けながら、これまでのことをジンに説明していった。
中央教会からの指令でラインバーグにやってきたことや、そこでバレンシアと出会った経緯、そして彼女の命が失われるまでを、言葉を選ばずに伝える。

「……そうか」

ジンは黙って聞いていた。
途中で何度か目を伏せる場面もあったが、決して遮ることはなかった。

「彼女の死は……大きい。中央も、これを聞けば大きく動くことになるだろう。お前たちの働きは、無駄にはならない」

その言葉に、誰も返事をしなかった。
ただ、それぞれの胸のなかに、静かに落ちるものがある。

「……こいつからは、何か聞き出したのか?」

ジンは、拘束されたクロスに目をやった。

「いや、これからだ」

エルクはクロスの前へと歩み寄り、鋭い視線で見下ろす。

「……お前は何者だ?何のためにこの街を襲った?そして―――なぜ俺たちの故郷を狙った?」

その問いに、クロスはしばらくエルクを見返していた。
その表情は、どこか乾いたような虚ろさと微かな迷いがある。

「……俺も知らない」
「は……?」

次の瞬間、エルクは肩を震わせ、拳を握りしめた。
怒りのあまり、クロスの胸ぐらを掴みかかる。

「なにが……『知らない』だとッ!?ふざけるな!!」

だが、その拳が振り下ろされる前に、ジンがあいだに入ってその腕を掴んだ。

「やめろ。感情をぶつけても情報は出てこない」
「ッ……!チッ……!」

エルクは息を詰まらせ、そのまま拳をほどく。
そんなエルクをじっと見ながら、クロスはこう続けた。

「俺は……拾われた身だ。お前の故郷が襲われたとき、俺はまだ『そこ』にすらいなかった」

言葉は平たんだったが、嘘を吐いているようにも見えない。
まるで、『真実を知りたいのは自分自身』だとでも言いたげに見える。

「なら……なぜ戦った?なぜあのとき俺たちを―――」

そこまで言いかけたとき、エルクはふと思い出した。
エルクとライナスの故郷、リーンズ村での交戦で、クロスの剣がわずかに鈍ったことを。

「……あのとき、迷っただろ」

しかし、クロスは答えなかった。
視線を逸らし、静かに瞬きを繰り返している。

エルクは拳をぐっと握りしめ、もう一度……問いかけるように声を低く落とす。

「……なんでだ」

その問いに、クロスの唇がようやく動く。

「……俺も、帰る場所がない。家族も……名前もわからない。たた、生きるために力を使ってきた。それだけだ」

その声は低く、どこか乾いてもいた。

「スラムで拾われて……食うために殴って、命のために殺してきた。『誰か』に声をかけられて、影を使えるようになった」
「『誰か』?」

エルクが眉をひそめると、クロスはうっすらと笑った。
まるで―――自分自身をあざ笑うかのように……。

「名前なんて知らない。ただ力をくれただけだ。お前らと同じくらい強い奴らが、俺に道を示したんだ。……でも、気づいた。その道に―――先はない」

彼の視線は、床の一点を捉えて離れなかった。
それは、過去のどこか―――暗い記憶の中に引きずられているかのように見える。

「組織の命令で、ただ与えられた任務をこなしてきた。やるしかなかった。……自分を殺すために生きてたようなものだ」

その言葉に、エルクたちは何も言えなかった。
怒りも、否定も、哀れみも―――どの感情を向ければいいのか、わからなかったのだ。

「でも、お前は迷った。リーンズ村で、俺たちを殺せなかった」

エルクが静かに言うと、クロスはゆっくりと顔を上げる。

「……あのとき、俺は―――お前に自分を重ねてたんだ。お前はあのとき―――『帰る場所を奪われた』って言った。その言葉を聞いたとき、頭の中がぐちゃぐちゃになった」

そしてクロスは、まっすぐにエルクを見据える。

「マモンに言われて、また来た。命令だった。……でも、今回は殺されてもいいって思ってた。どこかで……終わりにしてほしかったんだと思う」

その言葉に、周囲に沈黙が落ちた。
その静けさは、痛みの余韻のように重たく、誰も言葉を挟めそうにない。
やがて、その沈黙を破ったのはライナスだった。

「……だからか。お前、全然本気じゃなかっただろ。ベルやヴァンの攻撃も……まともに避けてなかったな」

クロスは答えず、小さく息を吐いた。
肯定の代わりに、虚ろな目がすべてを物語っている。

すると、ずっと黙って聞いていたジンが口を開いた。

「殺されたいなら、ここに来るべきじゃなかったな」

低く、確かな声でそう言ったジンは、まっすぐにクロスを見下ろした。

「君に抵抗の意志がないのなら、崇拝教を追うための重要な手がかかりとなる。簡単に殺させるわけにいかない。それに―――」
「?」
「本当に人を殺したことに迷いがあったのなら―――生きて償え。すべてを話し、罪を認めて初めて『終わり』を語れるんだ」

クロスは、しばらく黙っていた。
何か思うところがあるのか、また床の一点を見つめている。
だが、やがてぽつりと、まるで自分に言い聞かせるようにこう呟いたのだ。

「……あぁ、そうか」

その目に、涙はなかった。
けれど、ほんのわずかに滲んだ光があったのを、誰もが見ていたのだ。


クロスはその後、サウシア南支部での勾留を経て中央教会へと護送されることとなる。
そこで崇拝教の正体と、彼に力を与えた『誰か』の名を、探ることになるのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...