【朗報】無能と蔑まれ追放された俺、実は「聖獣に愛されすぎる体質」でした ~最強の騎士団長が毎日モフモフを口実に抱きついてくるんだが?~

たら昆布

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1話

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「――カナデ・イシュタル。貴様は本日をもって、王立魔導師団をクビだ」

高く贅沢な装飾が施された執務室に、冷ややかな声が響いた。
声を上げたのは、魔導師団副団長のヴィクトールだ。
金髪を神経質そうに撫でつけ、こちらをゴミを見るような目で見下ろしている。

カナデは、手に持っていた雑巾とバケツを床に置いた。
亜麻色の髪を揺らし、少し困ったように小首をかしげる。

「……クビ、ですか?」

「そうだ。耳まで腐ったか? 貴様のような魔力ゼロの無能を置いておく予算はないのだよ。掃除や使い走りは、魔導人形(ゴーレム)で事足りるからな」

ヴィクトールの背後では、他の魔導師たちがクスクスと意地の悪い笑い声を漏らしている。
彼らにとって、この三年間、カナデは都合のいい「サンドバッグ」兼「雑用係」だった。

重い荷物を運ばせ、深夜までの書類整理を押し付け、時には実験の失敗の後始末まで。
魔力がないカナデは、この魔法至上主義の国では「人間以下の存在」として扱われてきたのだ。

(やった……!)

カナデは内心で、ガッツポーズを叫んでいた。
表情には出さないように必死で堪える。
ここでニヤついては、性格の悪い副団長のことだ、嫌がらせで解雇を取り消しかねない。

(やっと辞められる! 三年間、無給に近い状態でこき使われて、前世の社畜時代より過酷だったんだ。これでようやく、動物たちと静かに暮らせる……!)

カナデには秘密があった。
彼は、現代日本で動物園の飼育員として働いていた記憶を持つ「転生者」だ。
そして、この世界に来てから気づいた。
なぜか、この世界の動物や「聖獣」と呼ばれる存在の声が、なんとなく理解できてしまうことに。

「……わかりました。三年間、お世話になりました」

カナデは、できるだけ「ショックで打ちひしがれた不憫な青年」を演じながら、深く頭を下げた。

「ふん、無能のくせに潔いことだ。さっさと荷物をまとめて出て行け。二度とその薄汚い顔を王都に見せるなよ?」

「はい、失礼いたします」

カナデは逃げるように執務室を飛び出した。
背後で「せいせいしたな」「あんな無能、野垂れ死ぬのが関の山だ」という嘲笑が聞こえてきたが、今のカナデには祝杯のファンファーレにしか聞こえなかった。

---

王都の門を出て、カナデは大きく深呼吸をした。
空は高く、空気は澄んでいる。
魔法の煤煙にまみれた魔導師団の地下室とは大違いだ。

「自由だ……! さて、どこに行こうかな」

手元にあるのは、わずかな貯金と、最低限の着替えが入ったリュックひとつ。
だが、カナデには不安などなかった。

(王都の近くは魔導師たちがうろついてて落ち着かないし、少し離れた『静寂の森』の方へ行ってみよう。あそこなら、美味しい木の実もたくさんあるはずだ)

カナデは軽い足取りで歩き出した。
前世の知識がある。どの草が食べられて、どの木に毒があるかは、この三年の間に魔導図書館の隅っこで独学で学んでいた。

数時間後。
人里を離れ、深い森の入り口に差し掛かった時のことだ。

『……ぅ、……ぁ……』

どこからか、苦しげな、か細い鳴き声が聞こえてきた。
カナデの「飼育員アンテナ」がピンと反応する。

「この声……ただの獣じゃない。それに、すごく痛がってる?」

カナデは茂みを掻き分け、声の主を探した。
すると、大きな古木の根元に、それはいた。

「……わぁ、綺麗……」

思わず感嘆の声が漏れる。
そこにいたのは、雪のように白い毛並みを持つ、巨大な虎だった。
額には複雑な紋章が刻まれ、その周囲からパチパチと銀色の電光が漏れ出している。

伝説の聖獣――白銀虎。
本来なら人間など一睨みで殺せるほどの強大な力を持つ存在だが、今のその姿は無残だった。

後ろ足が、禍々しい紫色の光を放つトラバサミに深く食い込んでいる。

「呪いの罠……。魔導師団の連中が仕掛けたやつだ」

カナデは怒りで眉をひそめた。
あの傲慢な魔導師たちは、稀少な素材を得るために、こうした卑劣な罠を森のあちこちに仕掛けている。

白銀虎は、近づいてくるカナデに気づき、鋭い牙を剥き出しにした。

『グルルル……人間……ッ、殺す……!』

「怖がらなくていいよ。今、外してあげるからね」

カナデは逃げるどころか、優しく微笑みながら、虎の目の高さまで腰を下ろした。

『な……っ、近寄るな……! 我の雷に触れれば、ただの人間など灰になるぞ!』

「大丈夫。君、すごく優しい子だね。僕を傷つけないように、必死で出力を抑えてくれてるんでしょ?」

カナデには分かった。
虎の周囲で暴れている雷光は、外敵を威嚇するためではなく、激痛による魔力の暴走だ。
それでも、虎は目の前のカナデを焼き殺さないよう、懸命に制御しようとしている。

「いい子だ、ライカ。今、助けるから」

『な……なぜ、我が名を……?』

「え? ああ、なんとなくそう呼びたくなったんだ。かっこいい名前だね」

カナデはリュックから、中和薬の入った瓶を取り出した。
魔導師団で「廃棄用」として捨てられていたものを持ってきておいて正解だった。

カナデが虎の傷口に触れようとした、その時。

「止まれ! 貴様、そこで何をしている!」

背後から、空気を切り裂くような鋭い怒号が飛んできた。

心臓が止まるかと思った。
振り返ると、そこには数人の重装騎士を従えた、一人の男が立っていた。

漆黒の髪。黄金の琥珀を埋め込んだような、射抜くような鋭い瞳。
身にまとっているのは、この国で最強と謳われる「黒鉄騎士団」の団長マントだ。

「黒鉄の騎士団長……ヴォルフガング・フォン・アイゼン……!」

カナデは息を呑んだ。
王都でその名を知らぬ者はいない。
「鉄血の処刑人」と呼ばれ、魔物に対しても人間に対しても、一切の容赦をしないと恐れられている男だ。

ヴォルフガングは、抜刀こそしなかったが、凄まじい威圧感を放ちながら一歩ずつ近づいてくる。

「その白銀虎は、我が騎士団が追っていた負傷個体だ。魔力の暴走で非常に危険な状態にある。……死にたくなければ、今すぐそこを離れろ」

その声は冷たく、聞くだけで背筋が凍りそうだった。
騎士たちがカナデを取り囲むように展開する。

だが、カナデは動かなかった。
今ここで自分が手を離せば、ライカは痛みと恐怖で暴れ出し、騎士たちに討伐されてしまうかもしれない。

「……嫌です」

カナデは、自分でも驚くほどはっきりとした声で言った。

「なんだと?」

ヴォルフガングの眉間に、深い皺が刻まれる。
周囲の騎士たちが「おい、正気か!?」「団長に逆らうなんて……」とざわめき出した。

「この子は、痛がってるだけです。暴走してるのは、この呪いの罠のせいです。僕なら、これを外せます」

「貴様に何ができる。魔力も感じられぬ、ただの平民が」

ヴォルフガングの瞳が、カナデを値踏みするように細められた。
その眼光はあまりに鋭く、カナデは食べられてしまう小動物のような気分になったが、それでもライカの体を抱きしめる力を緩めなかった。

「魔力がなくても、できることはあります。お願いです、少しだけ時間をください」

カナデは必死に訴えた。
ヴォルフガングは無言でカナデを凝視している。
沈黙が、永遠のように長く感じられた。

(ひいいい、怖い! 怖いけど、ライカを見捨てられない!)

カナデが内心で半泣きになっていると、ヴォルフガングが不意に一歩、踏み出してきた。

「よせ、団長! 危険です!」

騎士たちの制止を無視し、ヴォルフガングはカナデのすぐ目の前までやってきた。
あまりの身長差に、カナデは思い切り首を反らさなければ彼の顔を見ることができない。

至近距離で見るヴォルフガングは、恐ろしいほどに整った顔立ちをしていた。
しかし、その表情は鉄のように硬い。

ヴォルフガングは、じっとカナデを見つめた後、視線を腕の中の虎に移した。

「……五分だ」

「え?」

「五分以内にその罠を外せ。できなければ、私がこの虎を殺し、貴様も公務執行妨害で連行する」

「……っ、ありがとうございます!」

カナデは即座に作業に取り掛かった。
中和薬を罠の噛み合わせ部分に流し込み、前世で学んだ「テコの原理」と、この世界独自の「魔力伝導のバイパス」の知識を組み合わせる。

カチッ。

小さな音と共に、禍々しい罠が口を開いた。

「よし! ライカ、今だよ!」

カナデが叫ぶと、虎の足から黒い霧が消え、代わりに柔らかな銀色の光が溢れ出した。
傷口が急速に塞がっていく。

『人間……感謝する……』

ライカは小さく鳴くと、カナデの頬をザラリとした舌で一度舐め、それから驚くべき行動に出た。
巨大な体を小さく丸め、カナデの膝の上に、ゴロゴロと喉を鳴らしながら甘え始めたのだ。

「わあ、よかった……。痛くない?」

カナデが虎の頭を撫でると、ライカは幸せそうに目を細める。
その光景は、猛獣と人間というよりは、飼い主と子猫のようだった。

「…………」

背後で、ヴォルフガングが絶句していた。

「だ、団長? 大丈夫ですか?」

部下の騎士が恐る恐る声をかけるが、ヴォルフガングは答えない。
彼の視線は、カナデの指先が、虎の耳の後ろを「くしくし」と絶妙な手つきで掻いている様子に釘付けになっていた。

(……なんだ、あの上手そうな手つきは)

ヴォルフガングの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
彼には、誰にも言えない秘密がある。
この世の何よりも、「もふもふした生き物」を愛しているという秘密が。

だが、あまりにも魔力が強く、威圧感がありすぎる彼は、どんな動物からも逃げられてしまう。
今まで、一度も、動物に自分から触れられたことなどなかった。

それなのに、目の前の少年はどうだ。
伝説の聖獣を、まるでおもちゃのように手懐けている。

(あの少年の側にいれば……私も、あのもふもふに……)

ヴォルフガングの瞳の奥に、怪しい光が宿った。
それは騎士としての使命感などではなく、純粋で、かつ狂気すら孕んだ「執着」の光。

「おい、貴様」

「ひゃっ、はい!」

カナデが肩を跳ねさせて振り返る。
ヴォルフガングは、仮面のような無表情を崩さないまま、しかし逃がさないと言わんばかりにカナデの細い手首を掴んだ。

「王都へ来い。貴様を、我が騎士団の『聖獣特別補佐官』として雇用する」

「えっ……えええええええ!? いや、僕は静かに暮らしたいだけで――」

「拒否権はない。貴様のような逸材を、野に放っておくわけにはいかないからな」

(……嘘だ。本当は、お前を媒介にしてその虎を触りたい。いや、それ以上に、動物に愛されすぎるお前自身を、私の手元に置いておきたい)

ヴォルフガングの心の声は、残念ながらカナデには届かない。

「さあ、行くぞ。……逃げようとしても無駄だ。地の果てまで追い詰めてやる」

「それ、雇用じゃなくて拉致じゃないですかーーー!?」

こうして、カナデの「平穏なスローライフ」への夢は、クビになった初日にして、美貌の狂執騎士団長によって粉砕されたのである。

しかし、この時のカナデはまだ知らなかった。
彼をクビにした魔導師団が、この後「聖獣の加護」を失って大パニックに陥ることも。
そして、目の前の男の愛が、聖獣の雷よりも重く、熱いものであることも。

「あ、あの、団長さん? 手首、ちょっと痛いんですけど……」

「……すまん。だが、離すつもりはない」

ヴォルフガングの琥珀色の瞳が、カナデをじっと見つめる。
その視線は、獲物を狙う獣そのものだった。
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