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8話
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「――嫌です。絶対、嫌ですからね!」
騎士団本部の更衣室。カナデは、目の前に広げられた衣装を見て、絶望的な声を上げた。
そこに並んでいるのは、最高級のシルクで作られた、月光のように輝く白銀の礼服。随所に施された刺繍には本物の魔石が縫い込まれ、一着で家が建つほどの価値があるのは素人目にも明らかだった。
「わがままを言うな、カナデ。今夜は、建国記念の夜会だ。我が騎士団の『宝』を、愚民どもにお披露目する絶好の機会だろう」
鏡の向こうで、自分も漆黒の軍礼服に身を包んだヴォルフガングが、満足げに微笑んでいる。
その手には、カナデの首元を飾るための、真っ赤な宝石(ルビー)が埋め込まれたチョーカーがあった。
「宝って……僕はただの補佐官ですよ! 団長の横に並ぶなんて、また魔導師団の連中に嫌味を言われるに決まってます」
「言わせておけ。貴様を追い出したのがどれほどの損失か、その身を持って分からせてやるだけだ。……さあ、じっとしていろ」
ヴォルフガングはカナデの背後に立ち、迷いのない手つきでチョーカーを嵌めた。
冷たい宝石が肌に触れ、カナデは小さく身震いする。
ヴォルフガングはそのまま、カナデのうなじに落とされるような熱い視線を向けた。
「……やはり、赤が映える。私の所有印(しるし)のようだな」
「そういう不穏な例えはやめてください!」
---
夜会の会場である王宮の大広間は、豪華絢爛な装飾と、着飾った貴族たちの熱気に包まれていた。
奏でられる音楽が止まり、扉が開かれた瞬間――会場は水を打ったような静寂に包まれた。
「黒鉄の騎士団長、ヴォルフガング・フォン・アイゼン閣下。および、同行者カナデ・イシュタル殿!」
現れたのは、夜の闇を体現したような冷徹な美貌の騎士と、その横に並ぶ、儚げでありながら気高く輝く少年。
普段、地味な雑用服に身を包んでいたカナデだが、プロの侍従たちに磨き上げられたその姿は、まるで森の奥から現れた精霊のようだった。
「……あ、あの少年は誰だ?」
「信じられん、魔導師団にいた『無能』のカナデか!? 別人のようじゃないか!」
「なんて透明感だ……。まるで、聖獣が人の姿を借りて現れたような……」
周囲から漏れる感嘆の声。
カナデは緊張で顔を強張らせていたが、隣にいるヴォルフガングが、さりげなく、しかし強固にカナデの腰を引き寄せた。
「カナデ、顔を上げろ。貴様は私の隣にいる。誰に気兼ねする必要もない」
「団長、近いです! みんな見てますから!」
「見せてやっているのだ。手を出せば、国ごと凍らせるとな」
そんな物騒な会話を交わしていると、一人の美しい公爵令嬢が、勇気を出して二人に近づいてきた。
「ヴォルフガング閣下、今夜も素晴らしい威厳ですわ。……そして、そちらの可愛らしいお方は? よろしければ、私と一曲……」
カナデが「あ、はい、僕でよければ――」と手を伸ばそうとした瞬間。
ゴゴゴゴゴ……!
ヴォルフガングから、物理的な冷気が噴き出した。
周囲のシャンパングラスがパキパキと音を立てて凍りついていく。
「下がれ。この男は、私以外の人間と踊ることは許されていない」
「えっ……でも、閣下、これは社交の場で……」
「社交など知らん。カナデの指先に触れていいのは、私と、あのもふもふ共だけだ。人間は論外だ」
(人間は論外!? 僕も人間なんですけど!)
カナデがツッコミを入れる間もなく、会場中の視線が「羨望」から「恐怖」へと変わっていく。
ヴォルフガングはカナデを完全に抱き込むようにして、周囲を威圧し続けた。
その時、会場の端で、カナデを狙う「別の視線」があった。
それは、魔導師団の残党ではない。
もっと高貴で、もっと危険な――この国の第一王子、エリオット。
彼は、カナデの周囲に集まり始めた「聖獣の不可視の守護」を見抜き、冷たく微笑んだ。
「……面白い。あんな原石を、騎士団に独占させておくのは惜しいな」
そんな不穏な動きを察知したのか、ヴォルフガングの独占欲が限界値を突破した。
「……カナデ。やはりここは毒気が多すぎる。帰るぞ」
「ええっ!? まだ始まったばかりですよ! 挨拶とか料理とか……」
「料理なら私が作る。貴様の体調管理は私だけの特権だ。……行くぞ」
ヴォルフガングはカナデを横抱き(お姫様抱っこ)にすると、王族への挨拶すら無視して、会場を後にした。
背後で「あ、逃げた!」「団長がまた暴走した!」という声が聞こえたが、ヴォルフガングの耳には入らない。
馬車に飛び乗るなり、彼はカナデを座席に押し倒すようにして覆いかぶさった。
「だ、団長!? 馬車の中ですよ!」
「会場の奴ら全員、貴様を汚らわしい目で見ていた。……耐えられん。今すぐ、私の匂いで上書きしてやる」
「汚らわしい目なんて誰も……んぐっ」
カナデの唇が、ヴォルフガングの深い熱に塞がれる。
夜会での輝きよりも、もっと激しい情熱。
カナデは逃げ場のない馬車の中で、改めて思い知らされた。
自分を「無能」と呼んで捨てた世界よりも、自分を「宝」として閉じ込めようとするこの男の腕の中の方が、ずっとずっと、体温が高いのだということを。
「……カナデ。明日からは、外出禁止だ。私の部屋で、私だけを見て過ごせ」
「スローライフが、どんどん遠ざかっていく……」
カナデの涙ぐましい抵抗は、今日も重すぎる愛に飲み込まれていくのだった。
騎士団本部の更衣室。カナデは、目の前に広げられた衣装を見て、絶望的な声を上げた。
そこに並んでいるのは、最高級のシルクで作られた、月光のように輝く白銀の礼服。随所に施された刺繍には本物の魔石が縫い込まれ、一着で家が建つほどの価値があるのは素人目にも明らかだった。
「わがままを言うな、カナデ。今夜は、建国記念の夜会だ。我が騎士団の『宝』を、愚民どもにお披露目する絶好の機会だろう」
鏡の向こうで、自分も漆黒の軍礼服に身を包んだヴォルフガングが、満足げに微笑んでいる。
その手には、カナデの首元を飾るための、真っ赤な宝石(ルビー)が埋め込まれたチョーカーがあった。
「宝って……僕はただの補佐官ですよ! 団長の横に並ぶなんて、また魔導師団の連中に嫌味を言われるに決まってます」
「言わせておけ。貴様を追い出したのがどれほどの損失か、その身を持って分からせてやるだけだ。……さあ、じっとしていろ」
ヴォルフガングはカナデの背後に立ち、迷いのない手つきでチョーカーを嵌めた。
冷たい宝石が肌に触れ、カナデは小さく身震いする。
ヴォルフガングはそのまま、カナデのうなじに落とされるような熱い視線を向けた。
「……やはり、赤が映える。私の所有印(しるし)のようだな」
「そういう不穏な例えはやめてください!」
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夜会の会場である王宮の大広間は、豪華絢爛な装飾と、着飾った貴族たちの熱気に包まれていた。
奏でられる音楽が止まり、扉が開かれた瞬間――会場は水を打ったような静寂に包まれた。
「黒鉄の騎士団長、ヴォルフガング・フォン・アイゼン閣下。および、同行者カナデ・イシュタル殿!」
現れたのは、夜の闇を体現したような冷徹な美貌の騎士と、その横に並ぶ、儚げでありながら気高く輝く少年。
普段、地味な雑用服に身を包んでいたカナデだが、プロの侍従たちに磨き上げられたその姿は、まるで森の奥から現れた精霊のようだった。
「……あ、あの少年は誰だ?」
「信じられん、魔導師団にいた『無能』のカナデか!? 別人のようじゃないか!」
「なんて透明感だ……。まるで、聖獣が人の姿を借りて現れたような……」
周囲から漏れる感嘆の声。
カナデは緊張で顔を強張らせていたが、隣にいるヴォルフガングが、さりげなく、しかし強固にカナデの腰を引き寄せた。
「カナデ、顔を上げろ。貴様は私の隣にいる。誰に気兼ねする必要もない」
「団長、近いです! みんな見てますから!」
「見せてやっているのだ。手を出せば、国ごと凍らせるとな」
そんな物騒な会話を交わしていると、一人の美しい公爵令嬢が、勇気を出して二人に近づいてきた。
「ヴォルフガング閣下、今夜も素晴らしい威厳ですわ。……そして、そちらの可愛らしいお方は? よろしければ、私と一曲……」
カナデが「あ、はい、僕でよければ――」と手を伸ばそうとした瞬間。
ゴゴゴゴゴ……!
ヴォルフガングから、物理的な冷気が噴き出した。
周囲のシャンパングラスがパキパキと音を立てて凍りついていく。
「下がれ。この男は、私以外の人間と踊ることは許されていない」
「えっ……でも、閣下、これは社交の場で……」
「社交など知らん。カナデの指先に触れていいのは、私と、あのもふもふ共だけだ。人間は論外だ」
(人間は論外!? 僕も人間なんですけど!)
カナデがツッコミを入れる間もなく、会場中の視線が「羨望」から「恐怖」へと変わっていく。
ヴォルフガングはカナデを完全に抱き込むようにして、周囲を威圧し続けた。
その時、会場の端で、カナデを狙う「別の視線」があった。
それは、魔導師団の残党ではない。
もっと高貴で、もっと危険な――この国の第一王子、エリオット。
彼は、カナデの周囲に集まり始めた「聖獣の不可視の守護」を見抜き、冷たく微笑んだ。
「……面白い。あんな原石を、騎士団に独占させておくのは惜しいな」
そんな不穏な動きを察知したのか、ヴォルフガングの独占欲が限界値を突破した。
「……カナデ。やはりここは毒気が多すぎる。帰るぞ」
「ええっ!? まだ始まったばかりですよ! 挨拶とか料理とか……」
「料理なら私が作る。貴様の体調管理は私だけの特権だ。……行くぞ」
ヴォルフガングはカナデを横抱き(お姫様抱っこ)にすると、王族への挨拶すら無視して、会場を後にした。
背後で「あ、逃げた!」「団長がまた暴走した!」という声が聞こえたが、ヴォルフガングの耳には入らない。
馬車に飛び乗るなり、彼はカナデを座席に押し倒すようにして覆いかぶさった。
「だ、団長!? 馬車の中ですよ!」
「会場の奴ら全員、貴様を汚らわしい目で見ていた。……耐えられん。今すぐ、私の匂いで上書きしてやる」
「汚らわしい目なんて誰も……んぐっ」
カナデの唇が、ヴォルフガングの深い熱に塞がれる。
夜会での輝きよりも、もっと激しい情熱。
カナデは逃げ場のない馬車の中で、改めて思い知らされた。
自分を「無能」と呼んで捨てた世界よりも、自分を「宝」として閉じ込めようとするこの男の腕の中の方が、ずっとずっと、体温が高いのだということを。
「……カナデ。明日からは、外出禁止だ。私の部屋で、私だけを見て過ごせ」
「スローライフが、どんどん遠ざかっていく……」
カナデの涙ぐましい抵抗は、今日も重すぎる愛に飲み込まれていくのだった。
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