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28話
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王宮の最上階にあるテラス。そこは、遮るもののない夜空が頭上に広がる、二人だけの特等席だった。
テーブルの上には、冷えた果実水と、料理長が腕によりをかけた軽食が並んでいる。
だが、今の俺たちの意識は、食事よりも、空高くに君臨する巨大な満月に釘付けになっていた。
この世界の月は、元の世界よりも少しだけ青白い。
その光を浴びた俺の白い耳は、まるで自ら発光しているかのように淡く輝き、左手首のブレスレットに埋め込まれた魔石が、呼応するように小さく点滅していた。
「……綺麗だな。あっちの世界じゃ、街の明かりが強すぎて、こんなに月の模様までは見えなかったよな」
俺が欄干に身を乗り出して呟くと、隣に立つ恭介が、ふっと柔らかく目を細めた。
「ああ。……でも、俺にとっては、この月明かりに照らされている陽太の方が、ずっと綺麗に見えるよ」
「……っ。お前、酒も飲んでないのに、よくそんな気恥ずかしいことが言えるよな」
俺は慌ててフードを被り直そうとしたが、恭介の手がそれを優しく制した。
彼の指先が、俺の耳の付け根を、名残惜しそうに、けれど慈しむようにゆっくりと撫でる。
「……陽太。さっき図書室で、俺は『今のままでもいい』と言ったな」
「……ああ、聞いてたよ」
「あれは、半分は本当で、半分は嘘だ。……俺は、お前を元の世界に連れて帰れないことを、どこかで申し訳ないと思っていた。俺の召喚術のせいで、お前の人生をこんな未知の世界に縛り付けてしまったんじゃないかって」
恭介の声は、夜風に混じってどこまでも穏やかに響く。
執着なんていう尖った感情ではなく、ただ、相手の幸せを心から願うがゆえの、不器用な独白だった。
「……馬鹿だな、本当に。……縛り付けてるなんて思ったこと、一度もないぞ。むしろ、お前がいなかったら、俺はこの世界でただの野良の狐か何かに間違われて、今頃どっかの山奥で震えてたはずだ」
俺は、恭介の握っている手に、自分から自分の手を重ねた。
指を絡め、お揃いのブレスレット同士がカチリと小さな音を立てて触れ合う。
「俺は、お前の隣にいることを、俺の意志で選んだんだ。……神獣だからとか、副作用があるからとか、そんなのは全部、後付けの理由だよ」
「…………。そうか。……お前にそう言ってもらえるのが、何よりも嬉しいよ」
恭介が、俺の手を力強く、けれど壊れ物を扱うような優しさで握り返した。
俺は、自然と自分の身体が恭介の方へと引き寄せられるのを感じた。
もふもふの姿だった頃には感じられなかった、同じ高さの目線。同じ速度で刻まれる、二人の心臓の鼓動。
「……なあ、恭介」
「ん?」
「……人間の姿も、悪くないな。こうして、お前と肩を並べて、同じ未来の話ができるから」
俺の尻尾が、マントの下でゆっくりと、けれど力強く揺れる。
その先端が恭介の脚に触れると、彼は愛おしそうに俺の肩を抱き寄せ、自分の胸元に俺の頭を導いた。
「ああ。……明日も、明後日も、ずっと。お前の耳を整えて、お前の好きな飯を食って……時々、こうして月を眺めよう。それが、この異世界で俺たちが作る『新しい日常』だ」
夜空には、数え切れないほどの星が瞬いている。
その一つ一つが、これから俺たちが歩んでいく、果てしない時間の欠片のように見えた。
特別な魔法も、劇的な英雄譚も、今の俺たちには必要ない。
ただ、隣にいる相手の呼吸を感じ、繋いだ手の温もりを信じる。
それだけで、この見知らぬ世界は、何よりも温かい「家」になるのだから。
満月の光に包まれて、俺たちの物語は、一旦の終わりと、永遠に続く日常の始まりを迎えた。
夜風が、二人の笑い声を優しく攫い、星々の彼方へと運んでいく。
明日もまた、陽だまりのような一日が始まることを、俺は確信していた。
テーブルの上には、冷えた果実水と、料理長が腕によりをかけた軽食が並んでいる。
だが、今の俺たちの意識は、食事よりも、空高くに君臨する巨大な満月に釘付けになっていた。
この世界の月は、元の世界よりも少しだけ青白い。
その光を浴びた俺の白い耳は、まるで自ら発光しているかのように淡く輝き、左手首のブレスレットに埋め込まれた魔石が、呼応するように小さく点滅していた。
「……綺麗だな。あっちの世界じゃ、街の明かりが強すぎて、こんなに月の模様までは見えなかったよな」
俺が欄干に身を乗り出して呟くと、隣に立つ恭介が、ふっと柔らかく目を細めた。
「ああ。……でも、俺にとっては、この月明かりに照らされている陽太の方が、ずっと綺麗に見えるよ」
「……っ。お前、酒も飲んでないのに、よくそんな気恥ずかしいことが言えるよな」
俺は慌ててフードを被り直そうとしたが、恭介の手がそれを優しく制した。
彼の指先が、俺の耳の付け根を、名残惜しそうに、けれど慈しむようにゆっくりと撫でる。
「……陽太。さっき図書室で、俺は『今のままでもいい』と言ったな」
「……ああ、聞いてたよ」
「あれは、半分は本当で、半分は嘘だ。……俺は、お前を元の世界に連れて帰れないことを、どこかで申し訳ないと思っていた。俺の召喚術のせいで、お前の人生をこんな未知の世界に縛り付けてしまったんじゃないかって」
恭介の声は、夜風に混じってどこまでも穏やかに響く。
執着なんていう尖った感情ではなく、ただ、相手の幸せを心から願うがゆえの、不器用な独白だった。
「……馬鹿だな、本当に。……縛り付けてるなんて思ったこと、一度もないぞ。むしろ、お前がいなかったら、俺はこの世界でただの野良の狐か何かに間違われて、今頃どっかの山奥で震えてたはずだ」
俺は、恭介の握っている手に、自分から自分の手を重ねた。
指を絡め、お揃いのブレスレット同士がカチリと小さな音を立てて触れ合う。
「俺は、お前の隣にいることを、俺の意志で選んだんだ。……神獣だからとか、副作用があるからとか、そんなのは全部、後付けの理由だよ」
「…………。そうか。……お前にそう言ってもらえるのが、何よりも嬉しいよ」
恭介が、俺の手を力強く、けれど壊れ物を扱うような優しさで握り返した。
俺は、自然と自分の身体が恭介の方へと引き寄せられるのを感じた。
もふもふの姿だった頃には感じられなかった、同じ高さの目線。同じ速度で刻まれる、二人の心臓の鼓動。
「……なあ、恭介」
「ん?」
「……人間の姿も、悪くないな。こうして、お前と肩を並べて、同じ未来の話ができるから」
俺の尻尾が、マントの下でゆっくりと、けれど力強く揺れる。
その先端が恭介の脚に触れると、彼は愛おしそうに俺の肩を抱き寄せ、自分の胸元に俺の頭を導いた。
「ああ。……明日も、明後日も、ずっと。お前の耳を整えて、お前の好きな飯を食って……時々、こうして月を眺めよう。それが、この異世界で俺たちが作る『新しい日常』だ」
夜空には、数え切れないほどの星が瞬いている。
その一つ一つが、これから俺たちが歩んでいく、果てしない時間の欠片のように見えた。
特別な魔法も、劇的な英雄譚も、今の俺たちには必要ない。
ただ、隣にいる相手の呼吸を感じ、繋いだ手の温もりを信じる。
それだけで、この見知らぬ世界は、何よりも温かい「家」になるのだから。
満月の光に包まれて、俺たちの物語は、一旦の終わりと、永遠に続く日常の始まりを迎えた。
夜風が、二人の笑い声を優しく攫い、星々の彼方へと運んでいく。
明日もまた、陽だまりのような一日が始まることを、俺は確信していた。
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