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27話
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図書室の窓から差し込む光が、いつの間にか鮮やかな黄金色から、深く、どこか切ない橙色へと移ろっていた。
夕闇の気配が部屋の隅々から忍び寄る中、俺は恭介の肩に預けていた頭をゆっくりと持ち上げた。
「……ん。……恭介、起きろ。もう夕方だぞ」
「……ふぅ。……あぁ、陽太か。……悪い、つい深く寝入ってしまった」
恭介が微睡みの中から意識を引き戻し、眼鏡(こっちの世界に来てから、魔力を調整するために使い始めたものだ)を指先で直す。
彼の手は、まだ俺の左手を離していない。お揃いのブレスレットの革が、お互いの体温でしっとりと馴染み、まるで最初からそこにあった体の一部のように感じられた。
静まり返った図書室。
窓の外では、王宮の尖塔の影が長く伸び、異世界の街に夜を告げる鐘の音が遠く響いている。
この美しすぎる光景を見ていると、時折、自分がかつてコンクリートのジャングルで、満員電車に揺られていた男だという事実が、ひどく非現実的なことのように思えてくる。
「……なあ、恭介」
「どうした?」
「もし……もし、元の世界に帰れる方法が見つかったら、お前はどうする?」
俺の口から、無意識にそんな問いが漏れた。
重苦しいシリアスな話にしたいわけじゃない。ただ、酒精も抜け、昼寝から覚めたばかりのこの「中途半端な時間」だからこそ、ふと聞いてみたくなったのだ。
恭介は、握っていた俺の手をそっと解き、膝の上の古い魔導書に視線を落とした。
しばらくの沈黙。ページをめくる指先が、夕日の影の中で止まっている。
「……正直に言っていいか。……俺は、今のままでもいいと思っている」
「……お前、あっちの世界じゃ将来有望なシステムエンジニアだったんだぞ。家族もいたし、友達だっていただろ」
「ああ。でも、あっちの世界には、俺が『神獣』として守らなきゃいけない陽太はいなかった。……それに、お前を連れて帰ったとして、その耳や尻尾を隠しながら、あのアパートで隠れるように暮らすのがお前にとって幸せだとは、どうしても思えないんだ」
恭介が、俺の頭上の白い耳に、優しく指先を触れた。
不意を突かれた耳が、ピクッと震えて恭介の指を弾く。
「……俺は、陽太がこの世界で、陽だまりの中で笑っているのを見られるなら、元の世界でのキャリアなんて、喜んで投げ出すよ。……もちろん、お前がどうしても帰りたいって言うなら、命を懸けてでも術式を探すがな」
「…………馬鹿。命を懸けるとか、簡単に言うなよ」
俺は照れ隠しに、恭介の肩に軽く拳を当てた。
恭介は「痛いな」と笑いながら、再び俺の手を握りしめた。
「……陽太。お前にとっての『帰る場所』は、あっちの世界なのか? それとも……」
恭介の言葉が、そこで止まる。
その続きを言わせるのが、なんだかとても気恥ずかしくて、俺はわざとらしく大きなあくびをした。
「……腹、減ったな。あっちの世界に帰っても、料理長が作るあの美味いステーキは食えないんだろ? なら、今はまだここでいいや」
「はは、お前らしいな。……よし、じゃあ晩飯に行こう。今日は月が綺麗そうだから、テラスで食べるように頼んでみるか」
「いいな。……あ、でも酒はもう控えめにしてくれよ。昨日の二の舞はごめんだからな」
「それは陽太の飲み方次第だろ?」
俺たちは、夕闇に染まる図書室を後にした。
廊下を歩く二人の足音は、静かな夜の空気の中に、心地よいリズムで響き渡る。
帰り道なんて、今はまだ探さなくていい。
ただ、この隣にいる男が、俺のことを誰よりも必要としてくれている。
その事実だけで、俺の尻尾は、マントの下で誰にも気づかれないように、幸せそうに揺れていた。
夕景から夜へと変わるグラデーションのように、俺たちの関係もまた、穏やかに、けれど確かな深みへと溶け込んでいくのだった。
夕闇の気配が部屋の隅々から忍び寄る中、俺は恭介の肩に預けていた頭をゆっくりと持ち上げた。
「……ん。……恭介、起きろ。もう夕方だぞ」
「……ふぅ。……あぁ、陽太か。……悪い、つい深く寝入ってしまった」
恭介が微睡みの中から意識を引き戻し、眼鏡(こっちの世界に来てから、魔力を調整するために使い始めたものだ)を指先で直す。
彼の手は、まだ俺の左手を離していない。お揃いのブレスレットの革が、お互いの体温でしっとりと馴染み、まるで最初からそこにあった体の一部のように感じられた。
静まり返った図書室。
窓の外では、王宮の尖塔の影が長く伸び、異世界の街に夜を告げる鐘の音が遠く響いている。
この美しすぎる光景を見ていると、時折、自分がかつてコンクリートのジャングルで、満員電車に揺られていた男だという事実が、ひどく非現実的なことのように思えてくる。
「……なあ、恭介」
「どうした?」
「もし……もし、元の世界に帰れる方法が見つかったら、お前はどうする?」
俺の口から、無意識にそんな問いが漏れた。
重苦しいシリアスな話にしたいわけじゃない。ただ、酒精も抜け、昼寝から覚めたばかりのこの「中途半端な時間」だからこそ、ふと聞いてみたくなったのだ。
恭介は、握っていた俺の手をそっと解き、膝の上の古い魔導書に視線を落とした。
しばらくの沈黙。ページをめくる指先が、夕日の影の中で止まっている。
「……正直に言っていいか。……俺は、今のままでもいいと思っている」
「……お前、あっちの世界じゃ将来有望なシステムエンジニアだったんだぞ。家族もいたし、友達だっていただろ」
「ああ。でも、あっちの世界には、俺が『神獣』として守らなきゃいけない陽太はいなかった。……それに、お前を連れて帰ったとして、その耳や尻尾を隠しながら、あのアパートで隠れるように暮らすのがお前にとって幸せだとは、どうしても思えないんだ」
恭介が、俺の頭上の白い耳に、優しく指先を触れた。
不意を突かれた耳が、ピクッと震えて恭介の指を弾く。
「……俺は、陽太がこの世界で、陽だまりの中で笑っているのを見られるなら、元の世界でのキャリアなんて、喜んで投げ出すよ。……もちろん、お前がどうしても帰りたいって言うなら、命を懸けてでも術式を探すがな」
「…………馬鹿。命を懸けるとか、簡単に言うなよ」
俺は照れ隠しに、恭介の肩に軽く拳を当てた。
恭介は「痛いな」と笑いながら、再び俺の手を握りしめた。
「……陽太。お前にとっての『帰る場所』は、あっちの世界なのか? それとも……」
恭介の言葉が、そこで止まる。
その続きを言わせるのが、なんだかとても気恥ずかしくて、俺はわざとらしく大きなあくびをした。
「……腹、減ったな。あっちの世界に帰っても、料理長が作るあの美味いステーキは食えないんだろ? なら、今はまだここでいいや」
「はは、お前らしいな。……よし、じゃあ晩飯に行こう。今日は月が綺麗そうだから、テラスで食べるように頼んでみるか」
「いいな。……あ、でも酒はもう控えめにしてくれよ。昨日の二の舞はごめんだからな」
「それは陽太の飲み方次第だろ?」
俺たちは、夕闇に染まる図書室を後にした。
廊下を歩く二人の足音は、静かな夜の空気の中に、心地よいリズムで響き渡る。
帰り道なんて、今はまだ探さなくていい。
ただ、この隣にいる男が、俺のことを誰よりも必要としてくれている。
その事実だけで、俺の尻尾は、マントの下で誰にも気づかれないように、幸せそうに揺れていた。
夕景から夜へと変わるグラデーションのように、俺たちの関係もまた、穏やかに、けれど確かな深みへと溶け込んでいくのだった。
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