魔王になった親友が未払いの残業代を「愛」で払おうとしてくるんだが。~有能経理の俺、異世界ブラック魔王城をホワイトに叩き直す〜

たら昆布

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21話

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 魔界の長い夜が明け、新しい年が始まった。
 魔王城では、俺――カナデの提案により、前世の習慣である「書き初め」が行われていた。
 
「いいか、レン。書き初めとは、一年の抱負を言葉にし、精神を統一して筆を走らせる神聖な儀式だ。お前も魔王として、領民を導く立派なスローガンを書きなさい」
 
 俺は手本として、半紙に凛とした書体で『質実剛健・予算厳守』と認めた。
 
「おう、任せろカナデ! 精神統一だろ? 俺、今めちゃくちゃ集中してるぜ!」
 
 レンは鼻息荒く、巨大な筆にたっぷりと墨を含ませた。
 筋肉質の腕を振るい、勢いよく半紙に叩きつける。
 ……バチャッ! と墨が飛び散ったが、本人は満足げだ。
 
「よし、完成だ! 最高の出来だぜ!」
 
 レンが誇らしげに掲げた半紙には、力強い……というか、紙からはみ出さんばかりの巨躯のような文字でこう書かれていた。
 
『カナデとずっと一緒に飯を食う』
 
「……。……レン。抱負の意味、知ってるか?」
 
「知ってるよ! 今年一年、俺が一番やりたいことだろ! 文句ねーだろ!」
 
「お前の個人的な欲求だろ。……せめて『領土拡大』とか『魔界平和』とか、魔王らしい言葉があるだろうが。マイナス五千ゴールドだ」
 
「えぇーっ! 平和なんて、お前が隣で笑ってれば勝手に達成されるだろ!? これが俺にとっての平和なんだよ!」
 
 レンが黄金の瞳をキラキラさせて、恥ずかしげもなく断言する。
 その視線に耐えきれず、俺は眼鏡を押し上げながら視線を逸らした。
 
 そこへ、書き初めの様子を見に来たクロやガルムたちが集まってきた。
 
『……おぉ。魔王様の書き初め……なんという慈愛に満ちたお言葉。もはや「カナデ様を永久に離さない」という宣戦布告にも聞こえますな』
 
「クロ、勝手な翻訳をするな。……ガルム、お前もその三つの首でニヤニヤするのをやめろ」
 
『ワフッ! だって妃殿下、魔王様は本気だワン!』
 
「妃殿下って呼ぶなと言っているだろ……!」
 
 城内の魔物たちの間では、もはや「カナデ=魔王の嫁」という等式が、会計ソフトの基本設定レベルで定着してしまっている。
 
 俺は居心地が悪くなり、自分の『予算厳守』の半紙を片付けようとしたが、レンがその手をガシッと掴んだ。
 
「なぁ、カナデ。お前も書けよ。俺への返事、さ」
 
「……返事? 抱負に返事なんて必要ないだろ」
 
「いいから! ほら、筆貸せよ」
 
 レンが強引に俺の手に筆を持たせ、背後から俺の右手を包み込むように握った。
 ――また、この距離感だ。
 レンの胸の鼓動が背中に響き、耳元で熱い吐息が流れる。
 
「……っ、レン。重い。……離せ」
 
「離さねーよ。二人で書くんだ。ほら、行くぞ!」
 
 レンの力に導かれるまま、筆が半紙の上を走る。
 書き上げられたのは、奇妙なほど調和の取れた二人の合作だった。
 
『カナデとずっと一緒に……』の後に、俺が(半ば強制的に)書かされたのは。
 
『……適正予算内で、贅沢をせずに。』
 
「ぶははっ! 最後までお前らしいな、カナデ!」
 
 レンが俺の肩を抱き寄せ、豪快に笑う。
 俺は呆れて溜息をついたが、握られた手のひらの温もりが心地よくて、すぐには振り払えなかった。
 
 結局、その「合作書き初め」は、レンによって謁見の間の最も目立つ場所に飾られることになった。
 
 魔王の抱負、そして俺の条件。
 それは、世界で一番甘くて不自由な、俺たちの「契約書」のようにも見えた。
 
「……全く。来年の書き初めは、お前の手に手錠でもかけてからやらせるからな」
 
「いいぜ! お前となら、手錠で繋がれてるのも悪くねーし!」
 
「……。……マイナス十万ゴールド。即刻、反省しろ」
 
 新年早々、俺の心臓はオーバーヒート気味だ。
 じっくりと、ゆっくりと、俺の理性が「親友」という防波堤を修復するよりも早く、レンの「無自覚」という荒波が、俺の心に黒字を書き込んでいく。
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