魔王になった親友が未払いの残業代を「愛」で払おうとしてくるんだが。~有能経理の俺、異世界ブラック魔王城をホワイトに叩き直す〜

たら昆布

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20話

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 魔界の冬至。
 一年で最も夜が長く、魔力が最も高まるこの日、魔王城では「冬至の宴」が催されていた。
 
 大広間には、ガルムが腕によりをかけた魔獣の丸焼きが並び、骸骨兵たちがぎこちない手つきで楽器を奏でている。
 俺――カナデは、宴の喧騒から少し離れたバルコニーで、冷えた空気の中にいた。
 
「……。……ようやく、一段落か」
 
 手元には、宴の設営費、飲食代、万が一の備品破損に備えた予備費を完璧に算出したメモがある。
 これさえあれば、明日からの決算も怖くない。
 
「おーい、カナデ! こんなところで何してんだよ。主役がいないと始まらねーだろ!」
 
 背後から、分厚いマントを羽織ったレンがやってきた。
 こいつは今日、魔王らしい正装をさせられているのだが、ボタンを三つほど掛け違えている。
 俺はため息をつき、無意識にそのボタンを直してやった。
 
「主役はお前だろ、レン。……ボタンを直せ。魔王の威厳が、その掛け違えから漏れ出しているぞ」
 
「へへ、サンキュー。……なぁ、カナデ。お前、さっきからずっとその紙見てるだろ。今日はもう、数字のことは忘れろよ」
 
 レンが俺の手から、無造作にメモを取り上げた。
 そして、俺の手を引いてバルコニーの手すりへと導く。
 
「見ろよ。魔界の冬至にしか見られない『極光(オーロラ)』だ」
 
 見上げれば、紫と銀の光の帯が、星空をゆっくりと波打つように流れていた。
 凍てつくような寒さのはずなのに、隣に立つレンの体温が伝わってきて、不思議と寒さは感じない。
 
「……綺麗だな。……前世のオフィス街じゃ、絶対に見られなかった光景だ」
 
「だろ? ……なぁ、カナデ。俺、お前をここに連れてきて、本当に良かったと思ってるんだ」
 
 レンの声が、いつになく穏やかだった。
 
「最初は、お前がいないと俺が困るからっていう、自分勝手な理由だったけどさ。……今は、この景色を、お前と一緒に見られることが、俺にとって一番の『報酬』なんだよ」
 
「…………」
 
 俺は、何も言い返せなかった。
 いつもなら「そんな台詞は減給だ」と笑って流せるはずなのに、喉の奥が熱くて、言葉が出てこない。
 
 俺たちは、ただの親友だった。
 数字と効率を愛する俺と、勢いと筋肉で生きるこいつ。
 でも、この異世界で、二人きりで城を立て直し、日々を積み重ねてきた時間は、俺の心の中に「親友」という枠では収まりきらない、巨大な「含み資産」を作り上げていた。
 
「……レン。……お前、さっきから俺の手、握りすぎだ。マイナス五千ゴールド」
 
「え、あ……悪い。無意識だったわ」
 
 レンが慌てて手を離そうとする。
 だが、俺は自分でも驚くほどの力で、その大きな手を握り返してしまった。
 
「……。……五分だけ、このままでいろ。……冷え性なんだ、俺は」
 
「…………っ! おう、わかった! 三十分でも一晩中でもいいぞ!」
 
 レンが嬉しそうに、俺の細い手を包み込むように握り直す。
 
 バルコニーの向こうからは、魔物たちの楽しげな笑い声が聞こえてくる。
 空には、幻想的な極光。
 
 俺は、レンの肩に、ほんの少しだけ体重を預けてみた。
 
 執着したくない。シリアスになりたくない。
 でも、この「心地よい熱」だけは、俺の人生の帳簿に、ずっと残しておきたいと思ってしまった。
 
「……レン。来年も、再来年も……この景色を見せるための予算、組んでおいてやるからな」
 
「マジで!? やったー! ……あ、でも、俺の小遣いも増やしてくれよ!」
 
「それは別問題だ。……バカ魔王」
 
 二人の夜は、ゆっくりと、どこまでも静かに更けていく。
 恋の黒字決算までは、あと、ほんの数センチの距離だった。
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