魔王になった親友が未払いの残業代を「愛」で払おうとしてくるんだが。~有能経理の俺、異世界ブラック魔王城をホワイトに叩き直す〜

たら昆布

文字の大きさ
23 / 32

23話

しおりを挟む
 魔石贈呈祭の後始末と、年度末に向けた予算編成。
 俺――カナデの執務室には、城壁が作れるのではないかと思うほどの書類が積み上がっていた。

「……あと、三時間。このペースなら、明日の朝食までには終わる……」

 眼鏡の奥で血走った目をし、俺は【生活魔法:高速筆記】を指先に発動させていた。
 そこへ、予告なしに扉が蹴破られる。

「執行だぁーっ!!」

「……っ!? レン、何事だ。敵襲か? それともまた何か壊したか?」

「敵は、その書類の山だ! カナデ、お前、三日間一睡もしてねーだろ。クロから聞いたぜ、『部長の目の下のクマが、魔界の深淵より深い』ってな!」

 レンは俺の返事も待たず、俺が握っていたペンを取り上げると、そのままポイとゴミ箱へ放り投げた。

「おい、何をする! そのペンは特注の魔導ペンで……」

「うるせぇ! 今からお前には『魔王特権:強制有給休暇』を命じる。行き先は俺が決めた。ほら、行くぞ!」

 抵抗する間もなく、俺はレンの脇に抱えられ、そのまま窓から外へと連れ出された。
 行き着いたのは、魔王領の外れにある、澄み渡った空気が心地よい「竜の息吹の草原」だった。

「……。……レン、離せ。仕事が滞る。一日休めば、損失は三千万ゴールドを下回らない……」

「そんなもん、俺が後でどっかの遺跡掘り当てて補填してやるよ! ほら、見ろ。今日は風が気持ちいいぞ」

 レンは草原にゴロンと寝転がると、俺の腕を引いて隣に座らせた。
 そこには、いつの間にかガルムが用意したらしい、大きなバスケットが置かれている。

「……ピクニックか。……お前、本当に暇なんだな」

「暇じゃねーよ。お前を休ませるっていう、超重要なプロジェクトの最中なんだ。ほら、これ。ガルム特製のカツサンド」

 差し出されたサンドイッチを一口かじると、驚くほど旨みが広がり、胃の腑から緊張が解けていくのがわかった。
 
「…………。……美味い」

「だろ? ……なぁ、カナデ。お前さ、たまに怖くなるんだよ」

 レンが、青い空を見上げたまま、珍しく神妙な声を出した。

「お前、集中すると自分の限界を超えてまで突っ走るだろ。……もしお前がそのままポックリ逝っちまったらさ、俺、この世界で一人になっちまう。……そんなの、俺、魔王を辞めても耐えられねーよ」

「…………」

 草原を撫でる風の音が、やけに大きく聞こえる。
 レンの言葉には、執着というよりは、もっと根源的な「相棒を失いたくない」という切実な願いが混じっていた。

「……。……安心しろ。俺は計算高いんだ。自分の寿命と生産性のバランスくらい、ちゃんと計算して……」

「計算間違いだ。……お前がいないと、俺の人生の計算は、最初から成り立たねーんだからさ」

 レンが、俺の頭を大きな手でわしゃわしゃと撫で回した。
 その手の温かさが、脳の疲れを直接吸い取っていくような気がして、俺は拒絶するのを忘れて、そっと目を閉じた。

「……。……レン、五分だけ、貸せ」

「ん? 何をだ?」

「……肩。……少しだけ、眠る」

 俺はレンの肩に頭を預けた。
 レンは一瞬体を硬くしたが、すぐに「……おう。一生貸してやるよ」と、優しく俺の肩を抱き寄せた。

 年度末の予算も、城の運営も、今はどうでもいい。
 ただ、この心地よい風と、隣にいるバカみたいに温かい相棒の体温。
 その二つがあれば、俺の人生はそれだけで「特大の黒字」なのだと、微睡みの中で俺は静かに認めた。

「……マイナス……二千、ゴールド……。……お前の肩、……硬すぎ、る……」

「寝言でまで減給すんなよ……。おやすみ、カナデ」

 数時間後、真っ赤な夕日に照らされて目を覚ました俺の横で、レンは俺が風邪を引かないよう、自分の高級なマントを俺に巻きつけ、自分は鼻提灯を出して眠っていた。
 そのあまりに締まらない魔王の顔を見て、俺は小さく笑い、もう一度だけ、その大きな手に自分の手を重ねてみた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜

キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。 モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。 このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。 「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」 恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。 甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。 全8話。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!

木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。 この話は小説家になろうにも投稿しています。

一日だけの魔法

うりぼう
BL
一日だけの魔法をかけた。 彼が自分を好きになってくれる魔法。 禁忌とされている、たった一日しか持たない魔法。 彼は魔法にかかり、自分に夢中になってくれた。 俺の名を呼び、俺に微笑みかけ、俺だけを好きだと言ってくれる。 嬉しいはずなのに、これを望んでいたはずなのに…… ※いきなり始まりいきなり終わる ※エセファンタジー ※エセ魔法 ※二重人格もどき ※細かいツッコミはなしで

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

処理中です...