魔王になった親友が未払いの残業代を「愛」で払おうとしてくるんだが。~有能経理の俺、異世界ブラック魔王城をホワイトに叩き直す〜

たら昆布

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番外編

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 舞台は変わり、魔王領の隣国、サキュバス一族が統治する美と享楽の地。
 そこには、かつてカナデによって「コンサルタント」として送り込まれた、前世のコンプライアンス担当・佐藤さんの姿があった。

「――ですから、リリス公女。この劇場の深夜興行における魔物たちのシフト表が、不透明極まりない! 休息時間を魔法で無理やり回復させるのは、肉体的には良くても精神衛生上の安全基準に抵触します!」

 佐藤さんは、豪奢なソファに深々と座る美女、リリスに向かって、ピカピカに磨き上げられた眼鏡を光らせながら説教を垂れていた。
 普通の男なら、リリスの艶然とした笑みや、露わな肩のラインに目を奪われて理性を失うところだが、佐藤さんは違う。彼の瞳には「コンプラ違反」の文字しか映っていない。

「あらあら、佐藤さん。相変わらずお堅いですわねぇ。わたくしたち魔族は、欲望こそがエネルギー。それを管理しようだなんて、野暮だと思いませんこと?」

 リリスは、手に持った扇子で口元を隠し、楽しそうに佐藤さんを見つめた。
 彼女にとって、自分を色香で誘惑しようとしないどころか、服装の露出度について「クールビズのガイドラインから逸脱している」と真顔で指摘してくるこの男は、今までに見たこともない「未知の生物」だった。

「野暮ではありません、義務です! 欲望に任せて運営される組織は、必ずどこかで綻びが出る。私はこの国の……いえ、あなたの右腕として、それを正すために来たのです」

「……あら。わたくしの『右腕』、ですの?」

 リリスの瞳に、ほんの少しだけ本気の光が宿る。
 彼女はゆっくりと立ち上がり、佐藤さんの至近距離まで歩み寄った。
 甘い香りが佐藤さんの鼻をくすぐるが、彼は動じない。

「ええ。あなたがどんなに魔性的であろうと、私のチェックリストに例外はありません。……あ、今、三センチほど距離を詰めましたね。パーソナルスペースの侵害です。不適切な接触の予兆として記録しますよ」

「ふふ、あはははは! おかしい、本当におかしいわ、この方!」

 リリスは、声を上げて笑った。
 今まで、彼女に跪く男や、彼女を恐れる男は星の数ほどいた。だが、自分に対して「距離感」を法律のように指摘してくる男はいなかった。

「佐藤さん。わたくし、決めましたわ。あなたを魔王城には返しません。……わたくしが、あなたのその『コンプライアンス』とやらに染まって差し上げますわ。その代わり……」

 リリスが、佐藤さんのネクタイを指先でクイッと引いた。

「わたくしのワガママという名の『違反』を、一生かけて、あなたが隣で指摘し続けなさいな。それが、わたくしとの契約……いえ、わたくしへの『献身』ですわ」

「……。……。……やれやれ。相当に難易度の高い案件になりそうですね。ですが、公女。その挑戦、お受けしましょう」

 佐藤さんは、わずかに口角を上げた。
 それは、前世で一度も見せたことのない、挑戦的な「仕事人の顔」だった。

「まずは、その契約内容の明文化と、残業代の規定から話し合いましょう。……夜通しになりますが、よろしいですね?」

「ええ、喜んで。……あぁ、怖ろしいお方。わたくしの心を、法律で縛ろうとするなんて」

 魔界の夜。
 最強のコンプラ男と、最強の魔性の女。
 計算機や魔法では予測できない、新たな「恋の火種」が、静かに、だが確実に燃え上がろうとしていた。
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