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14話
図書室でイザークに読み聞かせをしてもらった夜。トアは一人、自室の机に向かっていた。
傍らではキリが丸まって寝息を立て、部屋には柔らかなランプの火が灯っている。
トアの手元には、グレンディルから贈られた蒼い万年筆と、サフィエルが選んでくれた上質な便箋。
そして、イザークと一緒に図書室で学んだ言葉たちが、トアの心の中で温かな光を放っていた。
「……よし。書いてみよう」
トアは、震える手で万年筆を握った。
便箋に向かうと、真っ先に思い浮かぶのは、あの雨の森で自分を拾い上げてくれた、紅い瞳の男の顔だった。
――へいか。
――ぼくを、ひろってくれて、ありがとう。
――ここは、とっても、あたたかいです。
まだ覚えたての文字は少し歪で、大きさもまちまちだ。
けれどトアは、一文字ずつに自分の魔力――相手を癒やしたいという純粋な願い――を込めるように、ゆっくりとペンを動かした。
翌朝。
執務室で不機嫌そうに大量の軍事報告書を捌いていたグレンディルの元に、トアがひょこりと顔を出した。
「……トアか。どうした、まだ朝食には早いぞ」
「あの、陛下……。これ、昨日の約束です」
トアは顔を真っ赤にしながら、小さく折りたたんだ便箋を差し出した。
グレンディルは一瞬、何のことか分からずに瞬きをしたが、それが自分の贈った万年筆で書かれた「手紙」だと気づいた瞬間、その表情が劇的に変わった。
彼は受け取った便箋を、まるで国家の最重要機密よりも慎重な手つきで開いた。
『へいかへ。まいにち、おいしいごはんを、ありがとうございます。ぼくは、へいかが、だいすきです。 トアより』
そこには、トアが懸命に紡いだ、混じりけのない真っ直ぐな言葉が並んでいた。
グレンディルは、その歪な文字をなぞるように指を動かし、しばらくの間、無言で立ち尽くした。
「……陛下?」
あまりの沈黙に、トアが不安そうに声をかける。
すると、グレンディルは不意にトアを強く、けれど苦しくない加減で抱き寄せた。
「……トア。お前というやつは……」
「へ、陛下……? 文字、間違ってましたか?」
「いや、完璧だ。……これまでに受け取ったどの親書よりも、美しく、価値がある」
グレンディルの声は少しだけ震えていた。
彼はトアの額に、慈しむような長いキスを落とした。
その時、ちょうど報告に来たイザークとサフィエルが、開いたままの扉からその光景を目撃してしまう。
「陛下、独占禁止法違反です。トア殿、私への手紙は……?」
「おやおや。交換日記の一ページ目より先に、陛下にラブレターとは。少し焼きもちを焼いてしまうね」
二人の茶化すような、けれど眼差しには深い情愛がこもった言葉に、トアはますます顔を赤くしてグレンディルの胸に顔を埋めた。
「皆さんの分も……これから、書きますから……っ」
トアのたどたどしい文字に込められた、優しく清らかな魔力。
それが手紙を通じて伝わったのか、その日の城内は、いつになく穏やかで温かな空気に包まれていた。
皇帝の執務デスクの一番上の引き出し。
そこには、ルベリス帝国の国璽(こくじ)よりも大切に、小さな白い便箋が仕舞われることになった。
傍らではキリが丸まって寝息を立て、部屋には柔らかなランプの火が灯っている。
トアの手元には、グレンディルから贈られた蒼い万年筆と、サフィエルが選んでくれた上質な便箋。
そして、イザークと一緒に図書室で学んだ言葉たちが、トアの心の中で温かな光を放っていた。
「……よし。書いてみよう」
トアは、震える手で万年筆を握った。
便箋に向かうと、真っ先に思い浮かぶのは、あの雨の森で自分を拾い上げてくれた、紅い瞳の男の顔だった。
――へいか。
――ぼくを、ひろってくれて、ありがとう。
――ここは、とっても、あたたかいです。
まだ覚えたての文字は少し歪で、大きさもまちまちだ。
けれどトアは、一文字ずつに自分の魔力――相手を癒やしたいという純粋な願い――を込めるように、ゆっくりとペンを動かした。
翌朝。
執務室で不機嫌そうに大量の軍事報告書を捌いていたグレンディルの元に、トアがひょこりと顔を出した。
「……トアか。どうした、まだ朝食には早いぞ」
「あの、陛下……。これ、昨日の約束です」
トアは顔を真っ赤にしながら、小さく折りたたんだ便箋を差し出した。
グレンディルは一瞬、何のことか分からずに瞬きをしたが、それが自分の贈った万年筆で書かれた「手紙」だと気づいた瞬間、その表情が劇的に変わった。
彼は受け取った便箋を、まるで国家の最重要機密よりも慎重な手つきで開いた。
『へいかへ。まいにち、おいしいごはんを、ありがとうございます。ぼくは、へいかが、だいすきです。 トアより』
そこには、トアが懸命に紡いだ、混じりけのない真っ直ぐな言葉が並んでいた。
グレンディルは、その歪な文字をなぞるように指を動かし、しばらくの間、無言で立ち尽くした。
「……陛下?」
あまりの沈黙に、トアが不安そうに声をかける。
すると、グレンディルは不意にトアを強く、けれど苦しくない加減で抱き寄せた。
「……トア。お前というやつは……」
「へ、陛下……? 文字、間違ってましたか?」
「いや、完璧だ。……これまでに受け取ったどの親書よりも、美しく、価値がある」
グレンディルの声は少しだけ震えていた。
彼はトアの額に、慈しむような長いキスを落とした。
その時、ちょうど報告に来たイザークとサフィエルが、開いたままの扉からその光景を目撃してしまう。
「陛下、独占禁止法違反です。トア殿、私への手紙は……?」
「おやおや。交換日記の一ページ目より先に、陛下にラブレターとは。少し焼きもちを焼いてしまうね」
二人の茶化すような、けれど眼差しには深い情愛がこもった言葉に、トアはますます顔を赤くしてグレンディルの胸に顔を埋めた。
「皆さんの分も……これから、書きますから……っ」
トアのたどたどしい文字に込められた、優しく清らかな魔力。
それが手紙を通じて伝わったのか、その日の城内は、いつになく穏やかで温かな空気に包まれていた。
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そこには、ルベリス帝国の国璽(こくじ)よりも大切に、小さな白い便箋が仕舞われることになった。
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