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16話
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温室がトアの魔法で満開になってから、数日が過ぎた。
トアは自分の部屋の机に、サフィエルから借りた分厚い図鑑を広げていた。
けれど、本を読んでいるわけではない。ページの間には、あの時キリが摘んでくれた白い花や、温室の隅で見つけた鮮やかな青い花びらが、大切に挟まれている。
「……よし、いい感じ。キリ、見て、綺麗に乾いたよ」
トアが図鑑を開くと、そこには形を崩さず、色鮮やかなまま平らになった押し花たちが並んでいた。
トアの魔力を受けて咲いた花は、不思議なことに、乾かしてもその色と香りが失われないのだ。
「キュイッ!」
キリがテーブルの上をトコトコと歩き、完成した押し花に鼻を寄せる。
トアはサフィエルに教わった通り、厚手の紙に押し花を乗せ、その上から透明な樹脂の塗料を薄く塗った。
「陛下には、力強い紅い花。イザーク様には、誠実そうな青い花。サフィエル様には、知的な紫の花……」
トアは一人ひとりの顔を思い浮かべながら、心を込めて「しおり」を作っていく。
それは、ただのしおりではない。トアの「癒やし」の魔力が封じ込められた、小さな、けれど強力なお守りだった。
作業に没頭していると、背後から不意に低い、心地よい笑い声が聞こえてきた。
「……何を作っているのかと思えば。私のために、花を選んでくれていたのか」
いつの間にか、執務を終えたグレンディルが部屋の入り口に立っていた。
彼は音もなくトアの側に歩み寄り、机の上に並んだ手作りのしおりを、慈しむような目で見つめた。
「へ、陛下! あ、あの、まだ途中なんですけど……いつも本を読んだり、お仕事をしたりしている皆さんに使ってほしくて」
トアが完成したばかりの「紅い花のしおり」を差し出すと、グレンディルはそれを大きな掌で受け取った。
指先がしおりに触れた瞬間、トアの清らかな魔力が、グレンディルの全身にスッと染み渡っていく。
「……お前の作るものは、どれも不思議だ。触れるだけで、心が凪のように静かになる」
グレンディルは、しおりを大切そうに胸元のポケットに仕舞うと、そのままトアを後ろから包み込むように抱きしめた。
「ひゃっ……陛下、くすぐったいです」
「少しだけ、こうさせていろ。……トア、お前をこの城へ連れてきた日は、ただ私の魔力を鎮めるための『道具』として考えていた。……だが、今は違う」
グレンディルの腕に、ぐっと力がこもる。けれど、それは決してトアを縛り付けるような執着ではなく、大切なものを慈しむような、温かな重みだった。
「お前が笑っているだけで、この国に光が射す。……トア、私を独りにしないでくれ。ずっと、私の側で花を咲かせていてほしい」
それは、皇帝としての命令ではなく、一人の男としての、切実な「お願い」だった。
トアは、自分の背中に伝わるグレンディルの鼓動を感じながら、ゆっくりと自分の手を、彼の腕の上に重ねた。
「はい……。僕、陛下が大好きです。ずっと、ここにいます」
窓の外では、夕焼けがルベリスの街を琥珀色に染め上げていた。
机の上に残された、青と紫のしおり。
それを届ける楽しみを胸に、トアはグレンディルの温もりの中で、幸せな眠気を誘われるのだった。
トアは自分の部屋の机に、サフィエルから借りた分厚い図鑑を広げていた。
けれど、本を読んでいるわけではない。ページの間には、あの時キリが摘んでくれた白い花や、温室の隅で見つけた鮮やかな青い花びらが、大切に挟まれている。
「……よし、いい感じ。キリ、見て、綺麗に乾いたよ」
トアが図鑑を開くと、そこには形を崩さず、色鮮やかなまま平らになった押し花たちが並んでいた。
トアの魔力を受けて咲いた花は、不思議なことに、乾かしてもその色と香りが失われないのだ。
「キュイッ!」
キリがテーブルの上をトコトコと歩き、完成した押し花に鼻を寄せる。
トアはサフィエルに教わった通り、厚手の紙に押し花を乗せ、その上から透明な樹脂の塗料を薄く塗った。
「陛下には、力強い紅い花。イザーク様には、誠実そうな青い花。サフィエル様には、知的な紫の花……」
トアは一人ひとりの顔を思い浮かべながら、心を込めて「しおり」を作っていく。
それは、ただのしおりではない。トアの「癒やし」の魔力が封じ込められた、小さな、けれど強力なお守りだった。
作業に没頭していると、背後から不意に低い、心地よい笑い声が聞こえてきた。
「……何を作っているのかと思えば。私のために、花を選んでくれていたのか」
いつの間にか、執務を終えたグレンディルが部屋の入り口に立っていた。
彼は音もなくトアの側に歩み寄り、机の上に並んだ手作りのしおりを、慈しむような目で見つめた。
「へ、陛下! あ、あの、まだ途中なんですけど……いつも本を読んだり、お仕事をしたりしている皆さんに使ってほしくて」
トアが完成したばかりの「紅い花のしおり」を差し出すと、グレンディルはそれを大きな掌で受け取った。
指先がしおりに触れた瞬間、トアの清らかな魔力が、グレンディルの全身にスッと染み渡っていく。
「……お前の作るものは、どれも不思議だ。触れるだけで、心が凪のように静かになる」
グレンディルは、しおりを大切そうに胸元のポケットに仕舞うと、そのままトアを後ろから包み込むように抱きしめた。
「ひゃっ……陛下、くすぐったいです」
「少しだけ、こうさせていろ。……トア、お前をこの城へ連れてきた日は、ただ私の魔力を鎮めるための『道具』として考えていた。……だが、今は違う」
グレンディルの腕に、ぐっと力がこもる。けれど、それは決してトアを縛り付けるような執着ではなく、大切なものを慈しむような、温かな重みだった。
「お前が笑っているだけで、この国に光が射す。……トア、私を独りにしないでくれ。ずっと、私の側で花を咲かせていてほしい」
それは、皇帝としての命令ではなく、一人の男としての、切実な「お願い」だった。
トアは、自分の背中に伝わるグレンディルの鼓動を感じながら、ゆっくりと自分の手を、彼の腕の上に重ねた。
「はい……。僕、陛下が大好きです。ずっと、ここにいます」
窓の外では、夕焼けがルベリスの街を琥珀色に染め上げていた。
机の上に残された、青と紫のしおり。
それを届ける楽しみを胸に、トアはグレンディルの温もりの中で、幸せな眠気を誘われるのだった。
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