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18話
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ルベリス帝国の空が、ひときわ高く、透き通った青に染まる季節がやってきた。
城内がどこか浮き足立ったような活気に包まれていることに気づき、トアは不思議そうに首を傾げた。
「サフィエル様、なんだか皆さん、とっても忙しそうですね」
いつものお勉強の時間、トアは窓の外で飾り付けの準備をする使用人たちを眺めながら尋ねた。
「ああ、もうすぐ『星灯祭』だからね。この国に光をもたらした星の精霊に感謝を捧げる、一年で一番大きなお祭りなんだ。……トア、君はまだ見たことがないだろう?」
サフィエルはペンを置き、優しく微笑んだ。
星灯祭――夜になると街中に色とりどりの灯籠が灯り、精霊の加護を祈ってダンスや歌が披露される賑やかな祭りだ。
「お祭り……。本で読んだことがあります。でも、僕も行ってもいいんでしょうか……?」
トアの控えめな問いに、背後から力強い声が響いた。
「行ってもいいどころか、お前が主役のようなものだぞ、トア」
入ってきたのは、上機嫌な様子でマントを翻すグレンディルだった。その後ろには、大きな包みを幾つも抱えたイザークが続いている。
「陛下! イザーク様も!」
「トア殿、お待たせいたしました。祭典であなたが召し上がるための、特製の果実水と軽食の試作が整いました。……そして、何より重要なのがこれです」
イザークが恭しく包みを開くと、そこには月光を織り込んだような、滑らかな手触りの白い衣装が入っていた。
すみれ色の刺繍が襟元に施され、トアの瞳の色に合わせた琥珀色のボタンが上品に輝いている。
「わぁ……。これ、僕が着るんですか?」
「ああ。祭りの夜、お前には私の隣にいてもらわねばならんからな。……もちろん、人混みで疲れないよう、最高級の馬車と特等席を用意させてある」
グレンディルの言葉に、サフィエルが少しだけ呆れたように肩をすくめた。
「陛下、お忍びで街を歩くのが祭りの醍醐味ですよ。……トア、僕が人混みを避ける魔法のブローチを作ってあげよう。それがあれば、誰にも邪魔されずに夜店を楽しめる」
「……サフィエル、余計な知恵を付けるな。トアの護衛は、騎士団の精鋭とこの私で十分だ」
「それは陛下が目立ちすぎるから、逆効果だと言っているんです」
皇帝と賢者のいつもの言い合いを、トアはクスクスと笑いながら見つめていた。
セフィリア王国にいた頃は、祭りの日は「不吉な存在」として部屋に閉じ込められていた。けれど、ここではみんなが、自分のために衣装を選び、一緒に楽しもうとしてくれている。
「ありがとうございます。僕……とっても楽しみです! 皆さんと一緒なら、どこへ行ってもきっと楽しいから」
トアの純粋な笑顔に、その場の三人は同時に言葉を失い、それから深く、慈愛に満ちた溜息をついた。
「……トア。お前は本当に、毒気がなさすぎるな」
グレンディルはトアの頬を指先で愛おしげになぞった。
「当日までに、お前が履き慣れるための靴も用意させよう。イザーク、職人を呼べ。最高に柔らかい革のものを作らせるのだ」
「御意に、陛下」
お祭りという新しい目標に向けて、トアの日常はさらに彩りを増していく。
キリも「キュイ!」とやる気満々に鳴き、主(あるじ)の初めての晴れ舞台を心待ちにしているようだった。
城内がどこか浮き足立ったような活気に包まれていることに気づき、トアは不思議そうに首を傾げた。
「サフィエル様、なんだか皆さん、とっても忙しそうですね」
いつものお勉強の時間、トアは窓の外で飾り付けの準備をする使用人たちを眺めながら尋ねた。
「ああ、もうすぐ『星灯祭』だからね。この国に光をもたらした星の精霊に感謝を捧げる、一年で一番大きなお祭りなんだ。……トア、君はまだ見たことがないだろう?」
サフィエルはペンを置き、優しく微笑んだ。
星灯祭――夜になると街中に色とりどりの灯籠が灯り、精霊の加護を祈ってダンスや歌が披露される賑やかな祭りだ。
「お祭り……。本で読んだことがあります。でも、僕も行ってもいいんでしょうか……?」
トアの控えめな問いに、背後から力強い声が響いた。
「行ってもいいどころか、お前が主役のようなものだぞ、トア」
入ってきたのは、上機嫌な様子でマントを翻すグレンディルだった。その後ろには、大きな包みを幾つも抱えたイザークが続いている。
「陛下! イザーク様も!」
「トア殿、お待たせいたしました。祭典であなたが召し上がるための、特製の果実水と軽食の試作が整いました。……そして、何より重要なのがこれです」
イザークが恭しく包みを開くと、そこには月光を織り込んだような、滑らかな手触りの白い衣装が入っていた。
すみれ色の刺繍が襟元に施され、トアの瞳の色に合わせた琥珀色のボタンが上品に輝いている。
「わぁ……。これ、僕が着るんですか?」
「ああ。祭りの夜、お前には私の隣にいてもらわねばならんからな。……もちろん、人混みで疲れないよう、最高級の馬車と特等席を用意させてある」
グレンディルの言葉に、サフィエルが少しだけ呆れたように肩をすくめた。
「陛下、お忍びで街を歩くのが祭りの醍醐味ですよ。……トア、僕が人混みを避ける魔法のブローチを作ってあげよう。それがあれば、誰にも邪魔されずに夜店を楽しめる」
「……サフィエル、余計な知恵を付けるな。トアの護衛は、騎士団の精鋭とこの私で十分だ」
「それは陛下が目立ちすぎるから、逆効果だと言っているんです」
皇帝と賢者のいつもの言い合いを、トアはクスクスと笑いながら見つめていた。
セフィリア王国にいた頃は、祭りの日は「不吉な存在」として部屋に閉じ込められていた。けれど、ここではみんなが、自分のために衣装を選び、一緒に楽しもうとしてくれている。
「ありがとうございます。僕……とっても楽しみです! 皆さんと一緒なら、どこへ行ってもきっと楽しいから」
トアの純粋な笑顔に、その場の三人は同時に言葉を失い、それから深く、慈愛に満ちた溜息をついた。
「……トア。お前は本当に、毒気がなさすぎるな」
グレンディルはトアの頬を指先で愛おしげになぞった。
「当日までに、お前が履き慣れるための靴も用意させよう。イザーク、職人を呼べ。最高に柔らかい革のものを作らせるのだ」
「御意に、陛下」
お祭りという新しい目標に向けて、トアの日常はさらに彩りを増していく。
キリも「キュイ!」とやる気満々に鳴き、主(あるじ)の初めての晴れ舞台を心待ちにしているようだった。
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