勇者パーティーを追放された「生きた宝箱」、無愛想な騎士団長に拾われて宝石のように愛でられる

たら昆布

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18話

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 王都の街並みは、収穫を祝う祭りの鮮やかな色彩に染まっていた。
 大通りを埋め尽くす色とりどりの旗が秋風にたなびき、どこからか陽気な笛の音と太鼓のリズムが響いてくる。空気中には、屋台から立ち上る焼きトウモロコシの焦げた醤油の香ばしさと、甘い砂糖菓子の匂いが混ざり合い、通りがかる人々の心を浮き立たせていた。

「わあ、団長さん見てください!あっちの屋台、大きな串焼きが山積みですよ!」

 フィノは、金貨を散らしたような瞳を輝かせ、人混みの合間を縫うようにして歩を進める。
 今日の彼は、騎士団の制服ではなく、ウォルターが新調してくれた落ち着いた深緑色の外套を羽織っていた。慣れない街の熱気に、フィノの頬は熟した果実のように赤らんでいる。

「はしゃぎすぎるなと言っただろう。迷子になれば、そのまま市場の守衛所に『収納』されることになるぞ」

 すぐ後ろを歩くウォルターは、いつもの厳しい黒鉄の甲冑を脱ぎ、動きやすい革の旅装に身を包んでいた。それでも、彼の放つ圧倒的な体躯と威圧感は隠しようもなく、通行人たちが自然と道を開けていく。
 ウォルターは溜息を吐きながらも、人波に呑まれそうになるフィノの細い肩を、大きな手で幾度も引き寄せた。

「ごめんなさい。でも、こんなに賑やかなのは初めてで。エリックさんの時は、いつも馬車の荷台で留守番でしたから」

 フィノが屈託のない笑顔で振り返ると、ウォルターは眉間の皺をわずかに深くした。
 前の主の影がちらつくたび、彼は決まって不機嫌そうな顔をする。それは、フィノが受けてきた不当な扱いに対する、騎士としての、あるいは一人の男としての静かな憤りに近かった。

「今日は俺がいる。好きなだけ見て回ればいい」

 ウォルターはそう言うと、フィノのリュックから突き出していた空の小瓶を手に取った。
 市場の広場には、祭りの特別メニューが並ぶ屋台が所狭しと軒を連ねている。

「あ、団長さん。あのお店、みんな赤い糸を小指に結んでいますよ。何のおまじないでしょう」

 フィノが指差したのは、広場の中央にある古い大樹だった。
 恋人たちが互いの愛を誓い、赤いリボンを枝に結びつける「縁結び」の儀式が行われている。ウォルターは一瞥するなり、鼻を鳴らして視線を逸らした。

「ただの迷信だ。そんな暇があるなら、保存の利く乾物の一つでも選んだ方が賢明だ」
「ふふ、団長さんらしいです。でも、私はあっちのリンゴ飴の方が気になります!」

 フィノが意気揚々と走り出そうとした、その時。
 広場を横切るパレードの隊列が近づき、周囲の人波が一気に押し寄せてきた。

「ひゃっ……!」

 人の奔流に足を取られ、フィノの小さな体がよろめく。
 混乱の中で、髪が視界から消えかけた瞬間、熱い鉄の塊のような強固な力がフィノの腕を掴んだ。

「……離れるなと言っただろうが、この大バカ者が」

 ウォルターの低い声が、すぐ耳元で響く。
 気づけば、フィノはウォルターの分厚い胸板に抱き寄せられるようにして支えられていた。
 鼻腔をくすぐるのは、焚き火の煙と、彼がいつも愛用している清涼なハーブの香り。そして、革の装備越しでも伝わってくる、ウォルターの激しい鼓動と高い体温だ。

「す、すみません。ありがとうございます、団長さん」

 フィノが顔を赤くして離れようとすると、ウォルターはその手を離す代わりに、フィノの指の間に自分の大きな指を滑り込ませた。
 ごつごつとした節くれだった掌。剣を握り続けてきた硬いタコの感触が、フィノの柔らかな手になじむ。

「迷子になられたら、夜食の準備に障る。……繋いでおけ」
「……はい」

 ウォルターは一切フィノと目を合わせようとはせず、真っ直ぐ前を見据えたまま歩き出した。
 けれど、握られた手の力加減は、驚くほど繊細で、優しい。
 フィノは自分の体内空間が、今まで感じたことのない種類の熱量で満たされていくのを感じた。
 美味しいものを食べた時の「満足感」ではない。胸の奥がぎゅっと締め付けられるような、けれどどこか安心する、心地よい重さ。

 二人は繋いだ手の熱を感じながら、市場の喧騒を歩き続けた。
 途中の屋台で買った大きなリンゴ飴を、フィノは嬉しそうに自分の空間へと仕舞い込む。

「これ、後で団長さんと半分こしますね。特等席に入れておきました!」
「勝手にしろ。溶かして空間を汚すなよ」

 ぶっきらぼうな返事とは裏腹に、ウォルターの指先がフィノの掌をそっと握り返した。

 日が落ち、王都の空に祝祭の打ち上げ花火が上がった。
 夜空に咲く大輪の火花が、二人の横顔を交互に照らし出す。
 フィノは、隣に立つ巨躯の騎士を見上げた。
 いつもは氷山のように冷徹に見えるその横顔が、今は火花の色を映して、ひどく熱っぽく、穏やかに見える。

「団長さん。私、今とっても幸せです」
「…………」
「私の空間、今は空っぽじゃないです。団長さんがくれた熱で、いっぱいです」

 フィノが真っ直ぐな言葉を投げかけると、ウォルターは呻くように溜息を吐き、空いている方の手で自分の顔を半分覆った。
 暗がりの中でも、彼の耳が真っ赤に染まっているのが見て取れる。

「お前は、本当に……。余計なことばかり収納するな」

 そう言いながらも、ウォルターは最後までその手を離そうとはしなかった。
 王都の夜風は少しずつ冷たさを増していたが、二人が繋いだ手の間には、どんな魔法よりも確かな熱が宿っていた。

 祭りの喧騒を背に、団舎へと戻る帰り道。
 フィノの体内空間には、宝石のような思い出と、主の優しい温もりが、これ以上ないほど大切に仕舞い込まれていた。
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