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21話
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朝の光が、石造りの騎士団舎を眩しく洗い上げる。
広場には大きな長机が並べられ、色とりどりの花と、焼き立てのパンの香ばしい匂いが風に乗って運ばれていく。
今日は、氷壁騎士団の新たな門出を祝う祝宴の日だ。
「フィノちゃん、準備はいい?団員たちが今か今かとお腹を鳴らして待っているよ」
副官のカミルが、ひらひらと手を振りながら近づいてくる。
彼の視線は、フィノの細い手首に巻かれた銀の鎖に止まり、すぐにニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「おや、その鎖。昨日よりも輝いて見えるね。団長からの特級魔力供給が、よほど行き届いているらしい」
「カミルさん、もう!そういうことは、大きな声で言わないでください」
フィノは顔を真っ赤にして、銀の鎖を隠すように袖を引いた。
けれど、その内側にある肌には、今もウォルターの指先が残した熱い残影が刻まれている。
体内空間の最深部、一番大切に整理された棚には、彼と交わした永遠の約束が、魔石と共に鎮座していた。
「フィノ。遊んでいる暇があるなら、肉を出せ」
厨房の入り口から、黒いエプロンを纏ったウォルターが姿を現した。
腕捲りをした逞しい前腕には、調理中に跳ねた水滴が光っている。
彼は迷いのない足取りでフィノに歩み寄ると、その大きな掌を少年の頭に乗せた。
「はい!昨夜から熟成させておいた、一番いいお肉です」
フィノが空間に意識を向けると、虚空から美しく下処理された鹿肉の塊が現れた。
ウォルターはそれを受け取ると、隣に立つフィノの腰を、大きな腕で引き寄せた。
「今日はお前も、客として座っていろ。俺がすべて作る」
「えっ、でもお手伝いしたいです。団長さんの隣が、私の特等席ですから」
フィノが真っ直ぐに見上げると、ウォルターは呻くように息を吐き、視線を天井へ向けた。
彼はしばし葛藤するように眉を寄せていたが、やがて諦めたようにフィノを抱き寄せる力を強めた。
「……なら、離れるな。俺の目の届く場所で、俺の作った飯を一番に食え。一粒も他人に渡すな」
「はい、もちろんです!全部、お腹の中に大切に収納します」
祝宴が始まると、広場はかつてないほどの熱気に包まれた。
ウォルターが腕を振るった料理の数々が、フィノの手によって次々とテーブルへ並べられていく。
香草の香りが弾ける肉料理、濃厚なスープ、そして宝石のようなドライフルーツがたっぷり入った焼き菓子。
団員たちは歓声を上げ、騎士団長の意外な腕前と、それを支えるフィノの能力を口々に称賛した。
「団長、最高です! 俺たち、この騎士団にいて本当に良かった」
騎士たちの笑い声が、青空に高く響き渡る。
その輪の中心で、ウォルターは誰よりも豪華な一皿をフィノの前に置いた。
彼は自分の椅子をフィノのすぐ隣に寄せ、肩が触れ合う距離で腰を下ろす。
「美味いか」
「はい。……世界で一番、幸せな味です」
フィノが一口、肉を噛み締めて微笑む。
その顔を見た瞬間、ウォルターの険しい表情が、とろけるように穏やかなものへと変わった。
彼は人目を憚ることなく、フィノの指先に自分の指を絡め、強く、深く握り締めた。
「俺の空間は、もうお前一人で満杯だ。これ以上、何も入れる隙間はない」
「私もです、ウォルターさん。私の宝箱、今は主からの愛だけでパンパンなんですから」
かつて、自分をガラクタだと思い、空っぽのまま捨てられた少年。
彼は今、最強の騎士の隣で、誰よりも贅沢な中身を持つ「生きた宝箱」として輝いていた。
二人の物語は、これからも続いていく。
新しい街への遠征、二人きりで作る新しいレシピ、そして夜ごとに交わされる甘い魔力の供給。
フィノの空間には、これから先も、数えきれないほどの幸福が詰め込まれていく。
主が差し出す、終わらないおかわり。
それを受け止めるための空間は、愛の数だけ、無限に広がっていくのだから。
「ウォルターさん、あーん、してください」
「…………一回だけだぞ。ほら、口を開け」
赤くなった耳を隠しもせず、騎士団長が銀の匙を運ぶ。
至福の宝箱が、最高の笑顔でそれを受け止めた。
王都を渡る風は、ハチミツよりも甘く、二人の未来を祝福するように吹き抜けていった。
広場には大きな長机が並べられ、色とりどりの花と、焼き立てのパンの香ばしい匂いが風に乗って運ばれていく。
今日は、氷壁騎士団の新たな門出を祝う祝宴の日だ。
「フィノちゃん、準備はいい?団員たちが今か今かとお腹を鳴らして待っているよ」
副官のカミルが、ひらひらと手を振りながら近づいてくる。
彼の視線は、フィノの細い手首に巻かれた銀の鎖に止まり、すぐにニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「おや、その鎖。昨日よりも輝いて見えるね。団長からの特級魔力供給が、よほど行き届いているらしい」
「カミルさん、もう!そういうことは、大きな声で言わないでください」
フィノは顔を真っ赤にして、銀の鎖を隠すように袖を引いた。
けれど、その内側にある肌には、今もウォルターの指先が残した熱い残影が刻まれている。
体内空間の最深部、一番大切に整理された棚には、彼と交わした永遠の約束が、魔石と共に鎮座していた。
「フィノ。遊んでいる暇があるなら、肉を出せ」
厨房の入り口から、黒いエプロンを纏ったウォルターが姿を現した。
腕捲りをした逞しい前腕には、調理中に跳ねた水滴が光っている。
彼は迷いのない足取りでフィノに歩み寄ると、その大きな掌を少年の頭に乗せた。
「はい!昨夜から熟成させておいた、一番いいお肉です」
フィノが空間に意識を向けると、虚空から美しく下処理された鹿肉の塊が現れた。
ウォルターはそれを受け取ると、隣に立つフィノの腰を、大きな腕で引き寄せた。
「今日はお前も、客として座っていろ。俺がすべて作る」
「えっ、でもお手伝いしたいです。団長さんの隣が、私の特等席ですから」
フィノが真っ直ぐに見上げると、ウォルターは呻くように息を吐き、視線を天井へ向けた。
彼はしばし葛藤するように眉を寄せていたが、やがて諦めたようにフィノを抱き寄せる力を強めた。
「……なら、離れるな。俺の目の届く場所で、俺の作った飯を一番に食え。一粒も他人に渡すな」
「はい、もちろんです!全部、お腹の中に大切に収納します」
祝宴が始まると、広場はかつてないほどの熱気に包まれた。
ウォルターが腕を振るった料理の数々が、フィノの手によって次々とテーブルへ並べられていく。
香草の香りが弾ける肉料理、濃厚なスープ、そして宝石のようなドライフルーツがたっぷり入った焼き菓子。
団員たちは歓声を上げ、騎士団長の意外な腕前と、それを支えるフィノの能力を口々に称賛した。
「団長、最高です! 俺たち、この騎士団にいて本当に良かった」
騎士たちの笑い声が、青空に高く響き渡る。
その輪の中心で、ウォルターは誰よりも豪華な一皿をフィノの前に置いた。
彼は自分の椅子をフィノのすぐ隣に寄せ、肩が触れ合う距離で腰を下ろす。
「美味いか」
「はい。……世界で一番、幸せな味です」
フィノが一口、肉を噛み締めて微笑む。
その顔を見た瞬間、ウォルターの険しい表情が、とろけるように穏やかなものへと変わった。
彼は人目を憚ることなく、フィノの指先に自分の指を絡め、強く、深く握り締めた。
「俺の空間は、もうお前一人で満杯だ。これ以上、何も入れる隙間はない」
「私もです、ウォルターさん。私の宝箱、今は主からの愛だけでパンパンなんですから」
かつて、自分をガラクタだと思い、空っぽのまま捨てられた少年。
彼は今、最強の騎士の隣で、誰よりも贅沢な中身を持つ「生きた宝箱」として輝いていた。
二人の物語は、これからも続いていく。
新しい街への遠征、二人きりで作る新しいレシピ、そして夜ごとに交わされる甘い魔力の供給。
フィノの空間には、これから先も、数えきれないほどの幸福が詰め込まれていく。
主が差し出す、終わらないおかわり。
それを受け止めるための空間は、愛の数だけ、無限に広がっていくのだから。
「ウォルターさん、あーん、してください」
「…………一回だけだぞ。ほら、口を開け」
赤くなった耳を隠しもせず、騎士団長が銀の匙を運ぶ。
至福の宝箱が、最高の笑顔でそれを受け止めた。
王都を渡る風は、ハチミツよりも甘く、二人の未来を祝福するように吹き抜けていった。
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