聖獣のお気に召し!〜追放された最弱治癒師はもふもふの聖域で冷徹騎士団長に全力で甘やかされる〜

たら昆布

文字の大きさ
12 / 20

12話

しおりを挟む
 湖畔での穏やかな誕生日の余韻に浸りながら、一行は夕暮れ時の駐屯地へと帰還した。
 リヒトの首元にはジークヴァルトから贈られた碧い魔石が輝き、その手には帰り道に見つけた「綺麗な光る石」が大切に握られていた。
「今日の視察はこれで終了だ。リヒト、濡れた体はしっかり温めてから休め。いいな」
 ジークヴァルトは馬から降りると、リヒトの頭を軽く撫でてから執務室へと向かった。その足取りは、溜まりに溜まった書類仕事への憂鬱さよりも、リヒトと過ごした時間の充足感でどこか軽やかだった。

 しかし、その夜。駐屯地は予期せぬ事態に見舞われることとなる。

 リヒトが管理棟で聖獣たちと眠りに就こうとしていた時、彼が棚に置いた「光る石」が、規則的なリズムで淡い黄金色の光を放ち始めたのだ。
「……ん、なんだろう。石が歌ってるみたい」
 リヒトが寝ぼけ眼でその石に触れた瞬間、チリン、という澄んだ鈴の音が聖域全体に響き渡った。

 直後、駐屯地の外壁を揺るがすほどの重低音が響き、騎士たちの怒号が飛び交った。
「敵襲か!?」「いや、魔力反応が巨大すぎる! 門の前に……何かいるぞ!」

 ジークヴァルトは寝所から飛び起き、すぐさま現場へと駆けつけた。門の前で彼が目にしたのは、体長五メートルはあろうかという、黄金の毛並みを持つ巨大な山猫――伝説の聖獣『岩鉄猫』だった。
「岩鉄猫だと……? なぜこんな人里に、山の主が降りてくる」
 ジークヴァルトが剣を抜きかけたその時、管理棟からリヒトが慌てて走り寄ってきた。

「待ってください! その子は戦いに来たんじゃないんです!」
「リヒト! 下がっていろ、そいつの一撃は城壁をも砕く!」
 ジークヴァルトの声も届かず、リヒトは巨大な山猫の足元まで迷わず進んでいった。すると、猛々しく咆哮を上げていた山猫は、リヒトの姿を認めるなり、まるで子猫のように「にゃおん」と甘えた声を上げたのである。

 山猫は巨大な前足でリヒトをそっと引き寄せると、そのまま彼を包み込むように丸くなった。
「あはは、大きいね。この石の音が聞こえたの? ごめんね、勝手に鳴らしちゃって」
 リヒトが山猫の黄金の毛並みに手を埋めると、一帯に溜まっていた緊張感が一気に霧散した。リヒトが持ち帰った石は、古代の聖獣たちが仲間を呼ぶために使う『招集の鈴石』だったのだ。

 ジークヴァルトは、抜いた剣を虚しく鞘に収め、深い溜息をついた。
「……リヒト。貴様という奴は、視察の帰り道ですら伝説級の聖獣を釣ってくるとはな」
「すみません、ジークヴァルト様……。でも、この子、背中の毛が少し絡まっていて痛そうなんです。整えてあげてもいいですか?」

 リヒトは、ジークヴァルトが「監視」や「軍事規律」について小言を言うだろうと身構えていた。しかし、ジークヴァルトはしばらくの間、リヒトと巨大なもふもふの塊を交互に見つめた後、観念したように自分の髪をかき上げた。
「……夜通しやるつもりか。私が手伝おう」
「えっ!? ジークヴァルト様が、ですか?」
「言ったはずだ。これは『視察』と『管理』の一環だ。これほど巨大な聖獣を放置して、暴れ出されては困るからな」

 こうして、真夜中の駐屯地で、前代未聞の「巨大もふもふブラッシング」が始まった。
 ジークヴァルトはリヒトに指示されるまま、巨大な山猫の背中に梯子をかけ、リヒトが届かない高い場所の毛を解いていく。
「団長、そこです! もっと優しく、円を描くように……」
「……こうか?」
「はい、上手です! さすがジークヴァルト様!」

 リヒトに褒められ、ジークヴァルトは顔を背けたが、その口元はわずかに緩んでいた。
 松明の光に照らされながら、共に汗を流し、巨大な聖獣を癒やしていく。時折、手が触れそうになるたびに、二人の間に湖畔で感じたあの甘い緊張感が走る。

 作業が終わる頃には、東の空が白み始めていた。
 黄金の山猫は、宝石のように美しく整えられた自分の毛並みに満足したのか、リヒトの頬を一舐めして(リヒトはよろけてジークヴァルトの胸の中に飛び込んだ)、軽やかな足取りで山へと帰っていった。

「……ふぅ。疲れましたね、ジークヴァルト様」
 リヒトはジークヴァルトの腕の中で、心地よい疲労感に目を細めた。
「……全くだ。誕生日の翌日から、とんだ重労働をさせられたな」
 ジークヴァルトはそう言いながらも、腕の中にあるリヒトの温もりを手放そうとはしなかった。

「でも、ジークヴァルト様のおかげで、あの子も喜んでくれました。一緒に頑張ってくれて、すごく嬉しかったです」
 見上げれば、リヒトの碧い瞳が信頼と親愛の色で満たされている。
 ジークヴァルトは、その瞳に見つめられるだけで、徹夜の疲れなどどこかへ吹き飛んでしまう自分に呆れていた。

「……リヒト、お前は本当に……人を、いや獣を狂わせる天才だな」
 ジークヴァルトは、リヒトの額にこびりついた山猫の抜け毛を優しく取ってやりながら、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
 
 二人の距離は、事件が起きるたびに、そしてもふもふが増えるたびに、少しずつ、けれど確実に縮まっていく。
 駐屯地に訪れた新しい朝は、昨日よりもずっと柔らかな光に包まれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

王太子殿下は悪役令息のいいなり

一寸光陰
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした

Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話 :注意: 作者は素人です 傍観者視点の話 人(?)×人 安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。

推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!

木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。 この話は小説家になろうにも投稿しています。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。 お話を追加いたしました。

処理中です...