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後日談9
ハンスが作成した『聖獣ケア・マニュアル~リヒト氏の技法~』は、副官の軽い気持ちとは裏腹に、王都の魔獣省で「国家レベルの発見」として激震を走らせていた。
その結果、駐屯地に送り込まれてきたのは、派手な羽飾りのついた馬車と、鼻持ちならない……はずの、王都の若き調査員、カトリーヌだった。
「おーっほっほ! この私が来たからには、辺境の野蛮な飼育法など一掃して差し上げますわ! ……あら? セレスティーヌ、あなた何をしているの?」
馬車から降り立ったカトリーヌが、真っ先に目にしたのは、エプロン姿でフェンリルの飲み水バケツを運んでいるセレスティーヌの姿だった。
「あら、カトリーヌ。わたくしは今、真の聖女として『徳』を積んでいる最中ですのよ。あなたも口を動かす前に、そこの月影猫さんの毛玉を取って差し上げたら?」
「な、なんですって!? この私に、そんな……あ、あら、可愛いわね……」
カトリーヌの視線が、足元で「にゃあ」と鳴いた銀色の猫に釘付けになった。
その様子を、ジークヴァルトは執務室の窓から、不機嫌を絵に描いたような顔で眺めていた。
「……また騒がしいのが増えたな。リヒト、あのような連中に構う必要はない。お前は私の髪だけを整えていればいいんだ」
「もう、ジークヴァルト様。王都からわざわざ来てくださったんですから、ご挨拶くらいしないと」
リヒトは、ジークヴァルトの不機嫌を宥めるように、彼の肩を優しく揉んであげた。その柔らかな感触に、ジークヴァルトの眉間の皺がわずかに解ける。
中庭に出ると、カトリーヌはハンスのマニュアルを片手に、リヒトをジロジロと観察し始めた。
「あなたがリヒトさん? マニュアルには『愛を込めて撫でる』だの『心を通わせる』だの、非科学的な記述ばかり。魔獣は魔力で制御すべきものですわ!」
リヒトは困ったように微笑んだ。
「制御……ですか。でも、彼らも僕たちと同じように、お腹が空いたり、寂しかったりするんですよ。……カトリーヌさん、一度このブラシを試してみませんか?」
リヒトが差し出したのは、魔力を通しやすい特殊な木で作られたブラシだった。
「ふ、ふん、試して差し上げてもよろしくてよ。……あ、そこの大きな狼さん。じっとしていなさい!」
カトリーヌが恐る恐るフェンリルに近づく。フェンリルはジークヴァルトをチラリと見たが、ジークヴァルトが「……好きにしろ」と無言の圧(あるいは許可)を出すと、観念したように大きな体を地面に預けた。
カトリーヌがマニュアルの「図解その四:背中から尻尾への流麗なストローク」を実践する。
「えい……っ。あら? あらあら? ……何これ、すごく……気持ちいい……?」
ブラシを通すたびに、フェンリルの毛並みが宝石のような光沢を放ち始める。同時に、カトリーヌ自身の指先からも、溜まっていた仕事のストレスが抜けていくような、不思議な多幸感が溢れ出した。
「がうぅ……」
フェンリルが満足げに喉を鳴らす。
「やだ、可愛い……! 魔獣省の無機質な檻の中にいる子たちとは、全然違うわ……!」
カトリーヌの羽飾りが、興奮で激しく揺れた。彼女はいつの間にか膝をつき、夢中でフェンリルを磨き上げていた。
「……ハンス。あの調査員を今すぐ王都へ送り返せ。リヒトの聖力が混じったブラシを、あのように無防備に独占させるのは許し難い」
ジークヴァルトがリヒトの腰を抱き寄せ、カトリーヌを牽制するように睨みつける。
「まあまあ、団長。彼女もリヒト君の凄さを理解したみたいですし、これで王都からの予算がさらに増えますよ」
夕暮れ時、カトリーヌはすっかりリヒトの信奉者……というより、「もふもふの虜」になっていた。
「リヒト様、わたくし間違っていましたわ! もふもふとは科学ではなく、宇宙(コスモ)ですのね! 明日からわたくしもセレスティーヌと一緒に修行させていただきますわ!」
「ええっ、修行……!?」
驚くリヒトの横で、ジークヴァルトは「滞在費は三倍請求しろ」とハンスに冷たく命じていた。
駐屯地はまた少し、賑やかさを増した。
ジークヴァルトの独占欲は、増え続ける「リヒトを慕う人々」を相手に、今日も休まる暇がないようだった。しかし、リヒトが自分の腕の中で「今日も楽しかったですね」と微笑むだけで、彼の不満は全て甘い幸福感へと塗り替えられてしまうのだった。
その結果、駐屯地に送り込まれてきたのは、派手な羽飾りのついた馬車と、鼻持ちならない……はずの、王都の若き調査員、カトリーヌだった。
「おーっほっほ! この私が来たからには、辺境の野蛮な飼育法など一掃して差し上げますわ! ……あら? セレスティーヌ、あなた何をしているの?」
馬車から降り立ったカトリーヌが、真っ先に目にしたのは、エプロン姿でフェンリルの飲み水バケツを運んでいるセレスティーヌの姿だった。
「あら、カトリーヌ。わたくしは今、真の聖女として『徳』を積んでいる最中ですのよ。あなたも口を動かす前に、そこの月影猫さんの毛玉を取って差し上げたら?」
「な、なんですって!? この私に、そんな……あ、あら、可愛いわね……」
カトリーヌの視線が、足元で「にゃあ」と鳴いた銀色の猫に釘付けになった。
その様子を、ジークヴァルトは執務室の窓から、不機嫌を絵に描いたような顔で眺めていた。
「……また騒がしいのが増えたな。リヒト、あのような連中に構う必要はない。お前は私の髪だけを整えていればいいんだ」
「もう、ジークヴァルト様。王都からわざわざ来てくださったんですから、ご挨拶くらいしないと」
リヒトは、ジークヴァルトの不機嫌を宥めるように、彼の肩を優しく揉んであげた。その柔らかな感触に、ジークヴァルトの眉間の皺がわずかに解ける。
中庭に出ると、カトリーヌはハンスのマニュアルを片手に、リヒトをジロジロと観察し始めた。
「あなたがリヒトさん? マニュアルには『愛を込めて撫でる』だの『心を通わせる』だの、非科学的な記述ばかり。魔獣は魔力で制御すべきものですわ!」
リヒトは困ったように微笑んだ。
「制御……ですか。でも、彼らも僕たちと同じように、お腹が空いたり、寂しかったりするんですよ。……カトリーヌさん、一度このブラシを試してみませんか?」
リヒトが差し出したのは、魔力を通しやすい特殊な木で作られたブラシだった。
「ふ、ふん、試して差し上げてもよろしくてよ。……あ、そこの大きな狼さん。じっとしていなさい!」
カトリーヌが恐る恐るフェンリルに近づく。フェンリルはジークヴァルトをチラリと見たが、ジークヴァルトが「……好きにしろ」と無言の圧(あるいは許可)を出すと、観念したように大きな体を地面に預けた。
カトリーヌがマニュアルの「図解その四:背中から尻尾への流麗なストローク」を実践する。
「えい……っ。あら? あらあら? ……何これ、すごく……気持ちいい……?」
ブラシを通すたびに、フェンリルの毛並みが宝石のような光沢を放ち始める。同時に、カトリーヌ自身の指先からも、溜まっていた仕事のストレスが抜けていくような、不思議な多幸感が溢れ出した。
「がうぅ……」
フェンリルが満足げに喉を鳴らす。
「やだ、可愛い……! 魔獣省の無機質な檻の中にいる子たちとは、全然違うわ……!」
カトリーヌの羽飾りが、興奮で激しく揺れた。彼女はいつの間にか膝をつき、夢中でフェンリルを磨き上げていた。
「……ハンス。あの調査員を今すぐ王都へ送り返せ。リヒトの聖力が混じったブラシを、あのように無防備に独占させるのは許し難い」
ジークヴァルトがリヒトの腰を抱き寄せ、カトリーヌを牽制するように睨みつける。
「まあまあ、団長。彼女もリヒト君の凄さを理解したみたいですし、これで王都からの予算がさらに増えますよ」
夕暮れ時、カトリーヌはすっかりリヒトの信奉者……というより、「もふもふの虜」になっていた。
「リヒト様、わたくし間違っていましたわ! もふもふとは科学ではなく、宇宙(コスモ)ですのね! 明日からわたくしもセレスティーヌと一緒に修行させていただきますわ!」
「ええっ、修行……!?」
驚くリヒトの横で、ジークヴァルトは「滞在費は三倍請求しろ」とハンスに冷たく命じていた。
駐屯地はまた少し、賑やかさを増した。
ジークヴァルトの独占欲は、増え続ける「リヒトを慕う人々」を相手に、今日も休まる暇がないようだった。しかし、リヒトが自分の腕の中で「今日も楽しかったですね」と微笑むだけで、彼の不満は全て甘い幸福感へと塗り替えられてしまうのだった。
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