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後日談10
事の始まりは、視察員のカトリーヌが王都から持ち込んだ一箱の菓子だった。
それは、王都で今最も手に入らないと言われる、最高級のハチミツをふんだんに使った「雲のケーキ」。一口食べたリヒトは、碧い瞳をキラキラと輝かせ、頬を桃色に染めて感動した。
「おいしい……! こんなにふわふわな食べ物が世界にあるなんて。カトリーヌさん、ありがとうございます!」
「おーっほっほ! 喜んでいただけて光栄ですわ、リヒト様。やはり王都の洗練された味は、辺境の乾パンとは一味違いますでしょ?」
その光景を、ジークヴァルトは漆黒の魔力を無意識に漏らしながら見つめていた。
リヒトを喜ばせるのは、私だ。
リヒトを驚かせるのも、私だ。
王都の、ましてやカトリーヌのような「外敵」が持ってきた菓子ごときに、リヒトの心を奪われるなど、帝国最強の騎士団長のプライドが許さなかった。
「……ハンス。駐屯地で最も腕の良い菓子職人を呼べ。いや、必要ない。私が作る」
「正気ですか、団長? 剣を握れば最強ですが、貴方の魔力が込められた菓子なんて、爆発する未来しか見えませんよ」
ハンスの忠告は、今のジークヴァルトの耳には届かなかった。
翌朝。駐屯地の広々とした厨房に、ジークヴァルトは一人(と、なぜか助手に選ばれた聖獣たち)と共に立っていた。
エプロンを胴鎧の上に無理やり締め、鋭い眼光でボウルに入った卵を睨みつける。
「……いいか。これからリヒトに捧げる『至高の菓子』を作る。貴様らも全力を尽くせ」
「がうっ」
フェンリルは大きな尻尾で、粉を飛ばさないように風除けになり、少年の姿のコンは、ハチミツの瓶を大事そうに抱えている。ピピは上空から、レシピ本(ハンスが泣きながら用意した)を嘴で支えて見せていた。
ジークヴァルトの調理は、もはや戦いだった。
小麦粉を振るう動作は、まるで敵の首を撥ねるかのような鋭さ。卵白を泡立てる際は、彼の指先から放たれる微細な魔力振動によって、ボウルの中は瞬く間に、カトリーヌのケーキをも凌駕する超高密度の泡へと変わっていった。
「温度管理は……私の『熱魔法』で行う。一刻の狂いも許さん」
オーブンを使わず、魔力で包み込むように生地を焼き上げる。厨房には、香ばしく、かつリヒトが愛する「聖域のハーブ」を隠し味に入れた甘い香りが立ち込めた。
数時間後。
管理棟のテラスで、リヒトは不思議な招待状を手に待っていた。
「ジークヴァルト様、何をしてるんだろう……。お仕事じゃないって言ってたけど……」
そこへ、背筋をピンと伸ばしたジークヴァルトが、銀のトレイを恭しく掲げて現れた。
トレイの上には、まるで本物の雪山のように白く、そして黄金の蜜がとろりと滴る、芸術的なケーキが鎮座していた。
「リヒト。……これを、食べろ」
「えっ、ジークヴァルト様が作ったんですか!? 嘘でしょう!?」
リヒトは驚き、おずおずとフォークを入れた。
口に運んだ瞬間、リヒトの表情はカトリーヌの時以上の、言葉にならない幸福感に包まれた。
「……おいしい。……これ、すごく温かくて、ジークヴァルト様の魔力がふわって広がります。王都のケーキよりずっと、ずっと美味しいです!」
「…………そうか」
ジークヴァルトは口元を隠したが、その耳は隠しきれないほど赤く染まっていた。
リヒトが何度も「美味しい」と頬張る姿を見るだけで、昨夜一晩かけてレシピを暗記した苦労など、一瞬で吹き飛んだ。
「コンもがんばったんだよ!」
「がう!」
足元から聖獣たちがアピールすると、リヒトは笑って彼らも抱き寄せた。
「みんな、ありがとう。僕、世界で一番幸せ者です」
夕陽に照らされたテラスで、二人は一つのケーキを分け合った。
ジークヴァルトの独占欲は、リヒトに「自分の作った味」を刻み込めたことで、ひとまずの平穏を得たようだった。
しかし、その翌日から、ジークヴァルトが「リヒトの好物リスト」を作成し、事あるごとに厨房へ籠るようになったため、ハンスは「騎士団長が菓子職人に転職する日は近い」と、頭を抱えてため息をつく日々を送ることになるのであった。
それは、王都で今最も手に入らないと言われる、最高級のハチミツをふんだんに使った「雲のケーキ」。一口食べたリヒトは、碧い瞳をキラキラと輝かせ、頬を桃色に染めて感動した。
「おいしい……! こんなにふわふわな食べ物が世界にあるなんて。カトリーヌさん、ありがとうございます!」
「おーっほっほ! 喜んでいただけて光栄ですわ、リヒト様。やはり王都の洗練された味は、辺境の乾パンとは一味違いますでしょ?」
その光景を、ジークヴァルトは漆黒の魔力を無意識に漏らしながら見つめていた。
リヒトを喜ばせるのは、私だ。
リヒトを驚かせるのも、私だ。
王都の、ましてやカトリーヌのような「外敵」が持ってきた菓子ごときに、リヒトの心を奪われるなど、帝国最強の騎士団長のプライドが許さなかった。
「……ハンス。駐屯地で最も腕の良い菓子職人を呼べ。いや、必要ない。私が作る」
「正気ですか、団長? 剣を握れば最強ですが、貴方の魔力が込められた菓子なんて、爆発する未来しか見えませんよ」
ハンスの忠告は、今のジークヴァルトの耳には届かなかった。
翌朝。駐屯地の広々とした厨房に、ジークヴァルトは一人(と、なぜか助手に選ばれた聖獣たち)と共に立っていた。
エプロンを胴鎧の上に無理やり締め、鋭い眼光でボウルに入った卵を睨みつける。
「……いいか。これからリヒトに捧げる『至高の菓子』を作る。貴様らも全力を尽くせ」
「がうっ」
フェンリルは大きな尻尾で、粉を飛ばさないように風除けになり、少年の姿のコンは、ハチミツの瓶を大事そうに抱えている。ピピは上空から、レシピ本(ハンスが泣きながら用意した)を嘴で支えて見せていた。
ジークヴァルトの調理は、もはや戦いだった。
小麦粉を振るう動作は、まるで敵の首を撥ねるかのような鋭さ。卵白を泡立てる際は、彼の指先から放たれる微細な魔力振動によって、ボウルの中は瞬く間に、カトリーヌのケーキをも凌駕する超高密度の泡へと変わっていった。
「温度管理は……私の『熱魔法』で行う。一刻の狂いも許さん」
オーブンを使わず、魔力で包み込むように生地を焼き上げる。厨房には、香ばしく、かつリヒトが愛する「聖域のハーブ」を隠し味に入れた甘い香りが立ち込めた。
数時間後。
管理棟のテラスで、リヒトは不思議な招待状を手に待っていた。
「ジークヴァルト様、何をしてるんだろう……。お仕事じゃないって言ってたけど……」
そこへ、背筋をピンと伸ばしたジークヴァルトが、銀のトレイを恭しく掲げて現れた。
トレイの上には、まるで本物の雪山のように白く、そして黄金の蜜がとろりと滴る、芸術的なケーキが鎮座していた。
「リヒト。……これを、食べろ」
「えっ、ジークヴァルト様が作ったんですか!? 嘘でしょう!?」
リヒトは驚き、おずおずとフォークを入れた。
口に運んだ瞬間、リヒトの表情はカトリーヌの時以上の、言葉にならない幸福感に包まれた。
「……おいしい。……これ、すごく温かくて、ジークヴァルト様の魔力がふわって広がります。王都のケーキよりずっと、ずっと美味しいです!」
「…………そうか」
ジークヴァルトは口元を隠したが、その耳は隠しきれないほど赤く染まっていた。
リヒトが何度も「美味しい」と頬張る姿を見るだけで、昨夜一晩かけてレシピを暗記した苦労など、一瞬で吹き飛んだ。
「コンもがんばったんだよ!」
「がう!」
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「みんな、ありがとう。僕、世界で一番幸せ者です」
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ジークヴァルトの独占欲は、リヒトに「自分の作った味」を刻み込めたことで、ひとまずの平穏を得たようだった。
しかし、その翌日から、ジークヴァルトが「リヒトの好物リスト」を作成し、事あるごとに厨房へ籠るようになったため、ハンスは「騎士団長が菓子職人に転職する日は近い」と、頭を抱えてため息をつく日々を送ることになるのであった。
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