異世界転生した俺のフェロモンが「全種族共通の特効薬」だった件 ~最強の獣人たちに囲まれて、毎日代わりばんこに可愛がられています~

たら昆布

文字の大きさ
1 / 61

1話

しおりを挟む
「……ん……」


心地よい陽光に、ゆっくりと意識が引き上げられていく。


耳に届くのは、サラサラと流れる清流の音と、どこか遠くで響く鳥たちの囀り。
鼻腔をくすぐるのは、排気ガスの匂いでも、深夜まで続いた残業の疲れを象徴するコーヒーの残り香でもない。
瑞々しい若草と、陽だまりを凝縮したような、透き通った空気の匂いだった。


(……よく寝たな。こんなに清々しい朝は、いつ以来だろう)


ハルは重い瞼をゆっくりと持ち上げ、視界に飛び込んできた鮮やかな緑の光景に、パチリと目を瞬かせた。


そこは、天を衝くような大樹が立ち並ぶ、幻想的な森の中だった。
木漏れ日が地面に宝石のような斑模様を描き、その光の中で柔らかな綿毛のような植物が舞っている。
そして何より、自分の体が「何か」に包まれていることに気づき、ハルは動きを止めた。


「……ふわっ、柔らかい……」


ハルが横たわっていたのは、ふかふかの草の上だけではなかった。
自分の背中やお腹を包み込むように、金色の、絹のように滑らかな毛束が幾重にも重なっている。
その毛並みは驚くほど密度が高く、じんわりとした優しい温かさを放っていた。


恐る恐る視線を上げると、そこには目を疑うような光景があった。


自分のすぐ隣で、子牛ほどもある巨大な黄金のライオンが、穏やかな寝息を立てて丸まっていたのだ。
しかも、その大きな前足は、まるでお互いの温もりを確かめ合うかのように、ハルの腰元に優しく添えられている。


「本物の、ライオンだ……」


普通なら悲鳴を上げて逃げ出す場面だろう。
だが、ハルが感じたのは恐怖ではなく、むしろ、ずっと昔から知っていたような不思議な「安心感」だった。
ライオンが発する体温が、秋の午後のような心地よさでハルを温めてくれているからだ。


ハルがそっと身をよじると、黄金の塊がピクリと動き、大きな頭がゆっくりと持ち上がった。


琥珀色の澄んだ瞳と、ハルの視線が正面からぶつかる。
ライオンは低く喉を鳴らした。それは威嚇ではなく、どこか安堵したような響きだった。
彼は牙を剥くどころか、大きな頭をハルの肩口に、親愛を込めるようにそっと寄せた。


「……あ、くすぐったいよ。大きい猫さんだなぁ」


ハルが思わず笑いながら、その見事なタテガミに指を差し込むと、ライオンは満足げに目を細めた。
そして、クンクンとハルの首筋に鼻を寄せ、深く息を吸い込む。


「…………っ」


ライオンはそのまま動きを止め、恍惚としたように数度、深く呼吸を繰り返した。
その仕草は、猛獣の荒々しさは微塵もなく、気高い生き物が至上の安らぎを見つけた瞬間のようだった。


「……驚かせてしまったか。すまない」


「えっ、しゃべった……!?」


ハルが驚きに目を見開くと、目の前のライオンが淡い光に包まれた。
光が収まったあと、そこには耳と尻尾を持つ、見上げるほど体格の良い青年が座っていた。


輝く金髪に、彫刻のように整った顔立ち。
身に纏うのは、白と金を基調とした重厚かつ洗練された騎士服だ。
だが、頭の上にはライオンの耳が立ち、背後では立派な尻尾がゆっくりと揺れている。


「俺の名はギルバート。この地の平和を守る、王宮騎士団の団長を務めている」


「あ、あの……俺はハルと言います。気づいたらここにいて、記憶が曖昧で……」


「ハル、か。良い名だ。……君には感謝しなければならないな。訓練中に不意の獣化衝動に襲われ、理性を失いかけていた俺を救ってくれたのは、君だ」


ギルバートは立ち上がり、ハルに向けて優雅に手を差し伸べた。
その仕草は洗練されており、一国の騎士団長としての品格が漂っている。


「救ったなんて、俺はただ寝ていただけですが……」


「いや。君から漂うその香りが、俺の荒ぶる本能を瞬時に鎮めてくれたんだ。獣人にとって、これほど清らかで多幸感に満ちた気配は他にない。君はこの世界に稀に現れる、特別な癒やしを持つ者なのだろう」


ギルバートは、ハルが差し出した手をそっと握り、そのまま軽々と立ち上がらせた。
その手の平は大きく、温かく、確かな守護の意志が感じられた。


「君をこのまま危険な森に一人で残すわけにはいかない。ハル、よければ我が騎士団の宿舎へ来ないか? 君の身の安全は、俺が命に代えても保証しよう」


「……いいんですか? お邪魔じゃなければ……」


「邪魔などとんでもない。むしろ、歓迎させてほしい」


ギルバートはそう言うと、歩きにくそうなハルの様子を見て、自然な動作で彼を抱き上げた。
いわゆる「お姫様抱っこ」の形だが、その動作には一切の下心がなく、ただ純粋に敬意を持って扱われているのが伝わってきた。


「わわっ、ギルバートさん!? 自分で歩けます!」


「遠慮はいらない。この辺りは足場が悪い。君に怪我をさせるわけにはいかないからな」


ギルバートは穏やかに笑い、ハルを胸に抱いたまま、迷いのない足取りで森を抜け始めた。
ハルは、彼の腕の中から伝わってくる規則正しい心音を聞きながら、自然と体の力が抜けていくのを感じた。


(……騎士団長、か。すごくかっこいい人だけど、なんだか大型犬……じゃなくて、大きな猫みたいに優しい人だな)


ハルがふと、ギルバートの頭の上でピコピコと動く金色の耳に目を留めると、彼は少しだけ照れたように耳を伏せた。


「……気になるか? 君になら、触れてもらっても構わないが」


「えっ、いいんですか? すごく、柔らかそうで……」


「ああ。君の癒やしのお返しだ。好きなだけ確かめてくれ」


ハルが遠慮がちに指を伸ばし、その耳の付け根にそっと触れる。
指先に伝わったのは、最高級のシルクのような、極上の手触りだった。


「ふわぁ……すごい。ずっと触っていたくなる毛並みですね」


「……っ、ふ……そう言ってもらえると、手入れを欠かさなかった甲斐がある」


ギルバートは満足げに目を細め、喉の奥で小さく「ゴロゴロ」と心地よい音を響かせた。
その穏やかな空気の中に、遠くから勢いのある足音が近づいてくる。


「団長! こんなところにいたんですか! 皆、持ち場を離れて心配して……えっ」


銀色の髪をなびかせた狼の耳を持つ青年が、木々の間から飛び出してきた。
彼は騎士らしく俊敏な動きで駆け寄ってきたが、ハルを抱くギルバートの前でピタリと足を止める。


「……なんだ、この……信じられないほど、安らぐ匂いは……」


「カイル、騒ぐな。この方はハル様だ。俺が正式に保護することを決めた」


カイルと呼ばれた狼の青年は、ハルを見つめたまま、吸い寄せられるように一歩、二歩と近づいてきた。
彼は騎士らしく背筋を伸ばし、ハルの前に膝をついて、礼儀正しく一礼する。


「失礼しました。俺はカイル、王宮騎士団の副官を務めています。……ハル様、貴方にお会いできて、心から光栄に思います。なんだか、貴方の側にいるだけで、魂が浄化されるような気分だ……」


カイルの瞳は敬愛に満ちており、ハルの匂いを嗅ぐなり、その立派な尻尾をぶんぶんと左右に振った。
その勢いは凄まじく、周囲の落ち葉が舞い上がるほどだ。


「カイルくん、よろしくお願いします。俺も、助けてもらって嬉しいです」


ハルが微笑みかけると、カイルは一瞬呼吸を止めたあと、顔を真っ赤にして立ち上がった。


「団長! 宿舎まで、俺も護衛に加わらせてください! というか、俺がハル様をお運びします!」


「断る。これは団長としての任務だ」


「任務を口実にして独り占めは卑怯ですよ! ハル様、俺の背中の方が安定感ありますから!」


「カイル、静かにしろ。ハル様が驚くだろう」


かっこいい顔立ちの二人が、真剣な表情でハルの「運搬権」を巡って火花を散らす。
けれどそのやり取りには、ハルを大切にしたいという純粋な好意が溢れていて、ハルは思わずくすりと笑ってしまった。


「ふふ、二人とも仲が良いんですね。よろしくお願いします、ギルバートさん、カイルくん」


ハルの穏やかな言葉に、二人の騎士は顔を見合わせ、同時にもう一度ハルの方を向いた。


「ああ。君の安らぎは、俺たちが守ってみせよう」
「約束します、ハル様! 俺たちが全力で、貴方を幸せにします!」


空はどこまでも青く、異世界での第一歩は、これ以上ないほどに優しく、温かな光に包まれていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

塩対応だった旦那様が記憶喪失になった途端溺愛してくるのですが

詩河とんぼ
BL
 貧乏伯爵家の子息であったノアは家を救うことを条件に、援助をしてくれることとなったラインドール公爵家の若気当主のレオンに嫁ぐこととなった。  塩対応で愛人がいるという噂のレオンやノアを嫌う義母の前夫人を見て、ほとんどの使用人たちはノアに嫌がらせをしていた。  そんな中、レオンが階段から転落し、レオンは記憶を失ってしまう。すると――

『君を幸せにする』と毎日プロポーズしてくるチート宮廷魔術師に、飽きられるためにOKしたら、なぜか溺愛が止まらない。

春凪アラシ
BL
「君を一生幸せにする」――その言葉が、これほど厄介だなんて思わなかった。 チート宮廷魔術師×うさぎ獣人の道具屋。
毎朝押しかけてプロポーズしてくる天才宮廷魔術師・シグに、うんざりしながらも返事をしてしまったうさぎ獣人の道具屋である俺・トア。 
でもこれは恋人になるためじゃない、“一目惚れの幻想を崩し、幻滅させて諦めさせる作戦”のはずだった。 ……なのに、なんでコイツ、飽きることなく俺の元に来るんだよ? 
“うさぎ獣人らしくない俺”に、どうしてそんな真っ直ぐな目を向けるんだ――? 見た目も性格も不釣り合いなふたりが織りなす、ちょっと不器用な異種族BL。 同じ世界観の「「世界一美しい僕が、初恋の一目惚れ軍人に振られました」僕の辞書に諦めはないので全力で振り向かせます」を投稿してます!トアも出てくるので良かったらご覧ください✨

【完結】みにくい勇者の子

バナナ男さん
BL
ある田舎町で農夫をしている平凡なおっさんである< ムギ >は、嫁なし!金なし!の寂しい生活を送っていた。 そんなある日、【 光の勇者様 】と呼ばれる英雄が、村の領主様に突然就任する事が決まり、村人達は総出で歓迎の準備をする事に。 初めて会うはずの光の勇者様。 しかし、何故かムギと目が合った瞬間、突然の暴挙に……?     光の勇者様 ✕ 農夫おっさんのムギです。  攻めはヤンデレ、暴走ロケット、意味不明。 受けは不憫受け(?)だと思いますので、ご注意下さい。ノリよくサクッと終わりますm(__)m 頭空っぽにして読んで頂けると嬉しいです。

強面若頭は、懐っこいナースの献身に抗えない ―極道、はじめての恋を処方される―

たら昆布
BL
ウブで堅物な極道若頭×明るいわんこ系看護師

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL

俺の居場所を探して

夜野
BL
 小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。 そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。 そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、 このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。 シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。 遅筆なので不定期に投稿します。 初投稿です。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...