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4話
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ハルが「終身名誉国賓」として迎えられた翌日。
王宮の離宮にある、ハル専用の広いリビングでは、平和で少し不思議な光景が繰り広げられていた。
「ハル、準備はいいか。……正直、人前で見せるのは少し気恥ずかしいのだが、君にだけは、俺の最高のお礼を受け取ってほしい」
そう言って、ギルバートは真剣な面持ちでハルの前に立った。
窓から差し込む午後の光が、彼の金髪を眩しく反射している。
「お礼、ですか? 美味しいお菓子とか?」
「いや。……獣人にとって、最も信頼する者にしか許さない『親愛の儀式』だ」
ギルバートが静かに目を閉じると、淡い光とともに、彼の姿が再び巨大なライオンへと変化した。
豊かなタテガミ、力強い四肢、そして琥珀色の瞳。
ハルは何度見ても、その神々しい姿に見惚れてしまう。
「わぁ、やっぱり格好いいなぁ……」
ライオン姿のギルバートは、ハルの足元にゆっくりと伏せ、巨大な頭を差し出した。
その傍らには、職人が丹精込めて作ったという、白銀に輝く最高級のブラシが置かれている。
この世界において、獣人の「毛並み」は生命力と誇りの象徴だ。
特に、首周りのタテガミや尻尾の付け根をブラッシングさせる行為は、相手に自分の急所を預けるのと同義であり、「貴方を完全に信頼し、慈しんでいる」という情愛の証明でもあった。
「……ハル。俺を、梳いてくれないか」
ライオンの口から漏れるのは、低く穏やかなギルバートの声だ。
ハルは驚きつつも、その白銀のブラシを手に取った。
「俺でいいんですか? 失敗して痛くしちゃったら……」
「君なら、何をされても心地よいはずだ。……さあ」
ハルは意を決して、ギルバートの豊かなタテガミにブラシを当てた。
シュッ、と微かな音を立ててブラシが通り、その瞬間、ハルの指先に驚くべき感覚が伝わった。
「……っ! なにこれ、信じられない……!」
ブラッシングされた部分の毛が、さらに光沢を増し、まるで生きている金糸のように輝き始めたのだ。
指を滑らせると、指の間をさらさらと抜けていく。
熱を帯びた、絹よりも柔らかく、それでいて弾力のある究極の手触り。
「すごい……ギルバートさんの毛並み、最高に気持ちいいです……」
ハルは夢中になってブラシを動かした。
右から左へ、首筋から背中へ。
「伝説の癒やし香」を持つハルがブラッシングすることで、相乗効果が生まれたのか、ギルバートのタテガミからは、太陽のような温かい香りが立ち昇る。
「……ゴロゴロゴロ……」
部屋中に、地響きのような、けれど最高に幸せそうな音が鳴り響いた。
ギルバートは完全に脱力し、ハルの膝に大きな顎を乗せて、うっとりと目を閉じている。
「ギルバートさん、幸せそうですね」
「……ああ。……こんなに、穏やかな気持ちは初めてだ。君の指先から、温かな魔力が流れてくるのがわかる。……ずっと、こうしていたい……」
ハルは、自分がブラッシングすることで、ギルバートがどれほどリラックスしているかを肌で感じていた。
社畜だった頃、自分が誰かの役に立っていると実感できることは少なかったが、今は違う。
自分がただ側にいて、手を動かすだけで、この誇り高い騎士団長を救うことができる。
(もふもふを堪能できて、相手も喜んでくれるなんて……。ここ、本当に天国だなぁ)
ハルがタテガミの奥、耳の後ろを優しく解してあげると、ギルバートの尻尾がバタン、バタンとリズム良く床を叩いた。
それは、彼が今、この世界で一番幸せであるという何よりの証拠だった。
そんな二人の甘い時間を、扉の隙間から羨ましそうに覗いている影があった。
「……ずるい、団長だけずるすぎる……」
銀狼のカイルだった。
彼は自分の尻尾を抱きしめながら、ハルにブラッシングしてもらう順番を、今か今かと待ちわびていた。
この世界には、他にもたくさんの「もふもふ」な強者たちがいる。
ハルのブラッシングという「極上のご褒美」を巡る、平和で賑やかな争奪戦が、今まさに始まろうとしていた。
王宮の離宮にある、ハル専用の広いリビングでは、平和で少し不思議な光景が繰り広げられていた。
「ハル、準備はいいか。……正直、人前で見せるのは少し気恥ずかしいのだが、君にだけは、俺の最高のお礼を受け取ってほしい」
そう言って、ギルバートは真剣な面持ちでハルの前に立った。
窓から差し込む午後の光が、彼の金髪を眩しく反射している。
「お礼、ですか? 美味しいお菓子とか?」
「いや。……獣人にとって、最も信頼する者にしか許さない『親愛の儀式』だ」
ギルバートが静かに目を閉じると、淡い光とともに、彼の姿が再び巨大なライオンへと変化した。
豊かなタテガミ、力強い四肢、そして琥珀色の瞳。
ハルは何度見ても、その神々しい姿に見惚れてしまう。
「わぁ、やっぱり格好いいなぁ……」
ライオン姿のギルバートは、ハルの足元にゆっくりと伏せ、巨大な頭を差し出した。
その傍らには、職人が丹精込めて作ったという、白銀に輝く最高級のブラシが置かれている。
この世界において、獣人の「毛並み」は生命力と誇りの象徴だ。
特に、首周りのタテガミや尻尾の付け根をブラッシングさせる行為は、相手に自分の急所を預けるのと同義であり、「貴方を完全に信頼し、慈しんでいる」という情愛の証明でもあった。
「……ハル。俺を、梳いてくれないか」
ライオンの口から漏れるのは、低く穏やかなギルバートの声だ。
ハルは驚きつつも、その白銀のブラシを手に取った。
「俺でいいんですか? 失敗して痛くしちゃったら……」
「君なら、何をされても心地よいはずだ。……さあ」
ハルは意を決して、ギルバートの豊かなタテガミにブラシを当てた。
シュッ、と微かな音を立ててブラシが通り、その瞬間、ハルの指先に驚くべき感覚が伝わった。
「……っ! なにこれ、信じられない……!」
ブラッシングされた部分の毛が、さらに光沢を増し、まるで生きている金糸のように輝き始めたのだ。
指を滑らせると、指の間をさらさらと抜けていく。
熱を帯びた、絹よりも柔らかく、それでいて弾力のある究極の手触り。
「すごい……ギルバートさんの毛並み、最高に気持ちいいです……」
ハルは夢中になってブラシを動かした。
右から左へ、首筋から背中へ。
「伝説の癒やし香」を持つハルがブラッシングすることで、相乗効果が生まれたのか、ギルバートのタテガミからは、太陽のような温かい香りが立ち昇る。
「……ゴロゴロゴロ……」
部屋中に、地響きのような、けれど最高に幸せそうな音が鳴り響いた。
ギルバートは完全に脱力し、ハルの膝に大きな顎を乗せて、うっとりと目を閉じている。
「ギルバートさん、幸せそうですね」
「……ああ。……こんなに、穏やかな気持ちは初めてだ。君の指先から、温かな魔力が流れてくるのがわかる。……ずっと、こうしていたい……」
ハルは、自分がブラッシングすることで、ギルバートがどれほどリラックスしているかを肌で感じていた。
社畜だった頃、自分が誰かの役に立っていると実感できることは少なかったが、今は違う。
自分がただ側にいて、手を動かすだけで、この誇り高い騎士団長を救うことができる。
(もふもふを堪能できて、相手も喜んでくれるなんて……。ここ、本当に天国だなぁ)
ハルがタテガミの奥、耳の後ろを優しく解してあげると、ギルバートの尻尾がバタン、バタンとリズム良く床を叩いた。
それは、彼が今、この世界で一番幸せであるという何よりの証拠だった。
そんな二人の甘い時間を、扉の隙間から羨ましそうに覗いている影があった。
「……ずるい、団長だけずるすぎる……」
銀狼のカイルだった。
彼は自分の尻尾を抱きしめながら、ハルにブラッシングしてもらう順番を、今か今かと待ちわびていた。
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