7 / 61
7話
しおりを挟む
お腹も心も満たされたハルは、抗いようのない睡魔に襲われていた。
視界がとろりと揺れ、座っているソファに吸い込まれそうになる。
「……ハル。無理に起きていなくていい。初日の緊張もあっただろう」
ギルバートの低い声が、子守唄のように鼓膜を優しく震わせる。
彼は自然な動作でハルを横抱きにすると、広々とした天蓋付きのベッドへと運んだ。
シーツからは清潔な太陽の匂いがして、ハルは意識を半分手放しながら、その柔らかさに身を沈めた。
だが、ハルが目を閉じる直前、ベッドの両脇で何やら真剣な相談が始まった。
「団長。ハル様は異世界の人間です。夜中に突然体調を崩したり、寂しくて泣き出したりしたらどうするんですか。護衛が必要です」
「珍しくカイルと意見が合ったな。……ああ、その通りだ。ここは俺が側で付き添おう」
「いえいえ! 団長は体が大きすぎてハル様を潰しちゃいます。機動力のある俺こそが添い寝役にふさわしいです!」
(……なんか、賑やかだなぁ……)
ハルは夢うつつに二人の会話を聞いていたが、やがて視界が淡い光に包まれた。
ギルバートとカイルが、ハルを最も効率よく、かつ温かく守るために「獣の姿」に戻ったのだ。
「あ……もふもふ……」
ハルが手を伸ばすと、右側から黄金のタテガミを持つ巨大なライオン(ギルバート)がゆっくりとベッドに乗り込んできた。
彼はハルの体のラインに沿うように、大きな体を「つ」の字に曲げて横たわる。
左側からは、銀色に輝く毛並みの狼(カイル)が潜り込み、ハルの腕の中に自分の頭をすっぽりと収めた。
右にライオン、左に狼。
ハルは、最高級の毛布を二枚重ねにしたような、圧倒的な重量感と温もりに包まれた。
「……あったかい……」
ハルが寝ぼけながらギルバートのタテガミに指を絡め、カイルの背中を抱き寄せると、左右から同時に「ゴロゴロ」「ふんふん」という幸せそうな鼻息が聞こえてきた。
獣人にとって、これほど濃密に「癒やし香」を堪能できる時間は他にない。
ハルから放たれる微かな熱と甘い香りが、二人の強き獣の理性を完全に眠らせ、ただの甘えん坊な動物へと変えていく。
平和な寝息が三つ、静かな寝室に重なる。
だが、その完璧な「守護の陣」の外側、カーテンの影や天井の梁には、密かにハルを見守る者たちがいた。
(……なんと、無防備な寝顔だ……)
窓の外、月明かりを浴びたテラスの影に佇むのは、カイルと瓜二つの顔を持つ銀狼のフェンだ。
彼はカイルのような快活さを削ぎ落とした、鋭利な刃物のような雰囲気を纏っている。
孤高の隠密として知られる彼は、本来誰にも心を開かない。
だが、昼間に感じたハルの香りが忘れられず、気づけば「影」としてその寝室を監視――もとい、警護していた。
(あんな奴らに囲まれて……。俺の方が、静かに守れるというのに……)
フェンは無意識に、自身の胸元を掻きむしる。
ハルの香りを一嗅ぎした瞬間から、彼の内側にある冷たい孤独が、春の雪解けのように溶け始めていたのだ。
そして、ハルの枕元のフード付きパーカーの中。
もぞもぞと動く小さな塊があった。
魔法省の天才児であり、世界最小の獣人種の一人、モモンガのポポである。
(ハル様、あったかい……。ギルバートたちには、ボクの存在はバレてないもんね……)
ポポは、ハルの首筋から漂う香りに酔いしれながら、そっとその頬に小さな手足で抱きついた。
見た目は愛らしいモモンガだが、その小さな瞳には、誰にも渡したくないという深すぎる愛の炎が宿っている。
さらに、扉の隙間からその様子を静かに、かつ執拗に観察していたのは、侍従長のジークだった。
完璧な所作で知られる黒豹の彼は、手にしたハル用の着替えを強く握りしめている。
「……ハル様。その無防備な寝顔は、あまりにも罪深い……」
スゥ、と鼻から熱いものが垂れるのを感じ、ジークは素早くハンカチで顔を覆った。
彼はクールな仮面の下で、ハルという存在に誰よりも強く「萌え」を抱いていたのだ。
夜は深く、静かに更けていく。
最強の獣人たちに四方八方から見守られ、愛されながら、ハルは異世界で初めての、最高の夜を過ごしていた。
視界がとろりと揺れ、座っているソファに吸い込まれそうになる。
「……ハル。無理に起きていなくていい。初日の緊張もあっただろう」
ギルバートの低い声が、子守唄のように鼓膜を優しく震わせる。
彼は自然な動作でハルを横抱きにすると、広々とした天蓋付きのベッドへと運んだ。
シーツからは清潔な太陽の匂いがして、ハルは意識を半分手放しながら、その柔らかさに身を沈めた。
だが、ハルが目を閉じる直前、ベッドの両脇で何やら真剣な相談が始まった。
「団長。ハル様は異世界の人間です。夜中に突然体調を崩したり、寂しくて泣き出したりしたらどうするんですか。護衛が必要です」
「珍しくカイルと意見が合ったな。……ああ、その通りだ。ここは俺が側で付き添おう」
「いえいえ! 団長は体が大きすぎてハル様を潰しちゃいます。機動力のある俺こそが添い寝役にふさわしいです!」
(……なんか、賑やかだなぁ……)
ハルは夢うつつに二人の会話を聞いていたが、やがて視界が淡い光に包まれた。
ギルバートとカイルが、ハルを最も効率よく、かつ温かく守るために「獣の姿」に戻ったのだ。
「あ……もふもふ……」
ハルが手を伸ばすと、右側から黄金のタテガミを持つ巨大なライオン(ギルバート)がゆっくりとベッドに乗り込んできた。
彼はハルの体のラインに沿うように、大きな体を「つ」の字に曲げて横たわる。
左側からは、銀色に輝く毛並みの狼(カイル)が潜り込み、ハルの腕の中に自分の頭をすっぽりと収めた。
右にライオン、左に狼。
ハルは、最高級の毛布を二枚重ねにしたような、圧倒的な重量感と温もりに包まれた。
「……あったかい……」
ハルが寝ぼけながらギルバートのタテガミに指を絡め、カイルの背中を抱き寄せると、左右から同時に「ゴロゴロ」「ふんふん」という幸せそうな鼻息が聞こえてきた。
獣人にとって、これほど濃密に「癒やし香」を堪能できる時間は他にない。
ハルから放たれる微かな熱と甘い香りが、二人の強き獣の理性を完全に眠らせ、ただの甘えん坊な動物へと変えていく。
平和な寝息が三つ、静かな寝室に重なる。
だが、その完璧な「守護の陣」の外側、カーテンの影や天井の梁には、密かにハルを見守る者たちがいた。
(……なんと、無防備な寝顔だ……)
窓の外、月明かりを浴びたテラスの影に佇むのは、カイルと瓜二つの顔を持つ銀狼のフェンだ。
彼はカイルのような快活さを削ぎ落とした、鋭利な刃物のような雰囲気を纏っている。
孤高の隠密として知られる彼は、本来誰にも心を開かない。
だが、昼間に感じたハルの香りが忘れられず、気づけば「影」としてその寝室を監視――もとい、警護していた。
(あんな奴らに囲まれて……。俺の方が、静かに守れるというのに……)
フェンは無意識に、自身の胸元を掻きむしる。
ハルの香りを一嗅ぎした瞬間から、彼の内側にある冷たい孤独が、春の雪解けのように溶け始めていたのだ。
そして、ハルの枕元のフード付きパーカーの中。
もぞもぞと動く小さな塊があった。
魔法省の天才児であり、世界最小の獣人種の一人、モモンガのポポである。
(ハル様、あったかい……。ギルバートたちには、ボクの存在はバレてないもんね……)
ポポは、ハルの首筋から漂う香りに酔いしれながら、そっとその頬に小さな手足で抱きついた。
見た目は愛らしいモモンガだが、その小さな瞳には、誰にも渡したくないという深すぎる愛の炎が宿っている。
さらに、扉の隙間からその様子を静かに、かつ執拗に観察していたのは、侍従長のジークだった。
完璧な所作で知られる黒豹の彼は、手にしたハル用の着替えを強く握りしめている。
「……ハル様。その無防備な寝顔は、あまりにも罪深い……」
スゥ、と鼻から熱いものが垂れるのを感じ、ジークは素早くハンカチで顔を覆った。
彼はクールな仮面の下で、ハルという存在に誰よりも強く「萌え」を抱いていたのだ。
夜は深く、静かに更けていく。
最強の獣人たちに四方八方から見守られ、愛されながら、ハルは異世界で初めての、最高の夜を過ごしていた。
86
あなたにおすすめの小説
塩対応だった旦那様が記憶喪失になった途端溺愛してくるのですが
詩河とんぼ
BL
貧乏伯爵家の子息であったノアは家を救うことを条件に、援助をしてくれることとなったラインドール公爵家の若気当主のレオンに嫁ぐこととなった。
塩対応で愛人がいるという噂のレオンやノアを嫌う義母の前夫人を見て、ほとんどの使用人たちはノアに嫌がらせをしていた。
そんな中、レオンが階段から転落し、レオンは記憶を失ってしまう。すると――
『君を幸せにする』と毎日プロポーズしてくるチート宮廷魔術師に、飽きられるためにOKしたら、なぜか溺愛が止まらない。
春凪アラシ
BL
「君を一生幸せにする」――その言葉が、これほど厄介だなんて思わなかった。
チート宮廷魔術師×うさぎ獣人の道具屋。
毎朝押しかけてプロポーズしてくる天才宮廷魔術師・シグに、うんざりしながらも返事をしてしまったうさぎ獣人の道具屋である俺・トア。
でもこれは恋人になるためじゃない、“一目惚れの幻想を崩し、幻滅させて諦めさせる作戦”のはずだった。
……なのに、なんでコイツ、飽きることなく俺の元に来るんだよ?
“うさぎ獣人らしくない俺”に、どうしてそんな真っ直ぐな目を向けるんだ――?
見た目も性格も不釣り合いなふたりが織りなす、ちょっと不器用な異種族BL。
同じ世界観の「「世界一美しい僕が、初恋の一目惚れ軍人に振られました」僕の辞書に諦めはないので全力で振り向かせます」を投稿してます!トアも出てくるので良かったらご覧ください✨
【完結】みにくい勇者の子
バナナ男さん
BL
ある田舎町で農夫をしている平凡なおっさんである< ムギ >は、嫁なし!金なし!の寂しい生活を送っていた。 そんなある日、【 光の勇者様 】と呼ばれる英雄が、村の領主様に突然就任する事が決まり、村人達は総出で歓迎の準備をする事に。 初めて会うはずの光の勇者様。 しかし、何故かムギと目が合った瞬間、突然の暴挙に……? 光の勇者様 ✕ 農夫おっさんのムギです。 攻めはヤンデレ、暴走ロケット、意味不明。 受けは不憫受け(?)だと思いますので、ご注意下さい。ノリよくサクッと終わりますm(__)m 頭空っぽにして読んで頂けると嬉しいです。
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
異世界で孵化したので全力で推しを守ります
のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL
俺の居場所を探して
夜野
BL
小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。
そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。
そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、
このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。
シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。
遅筆なので不定期に投稿します。
初投稿です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる