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50話(二部終了)
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王宮に帰還し、守護者たちと共におにぎりを囲んだあの日から、ハルの心にはかつてないほどの穏やかな時間が流れていた。自分がこの世界の「理(ことわり)の外」から来た存在であるという事実は、守護者たちに知られたことで重荷ではなく、彼らとの絆をより強固にするための「礎」へと変わったのである。
夜も更けた頃。ハルは一人、王宮の端にあるバルコニーから夜空を見上げていた。この世界の星々は、かつて日本で見上げていた薄暗い空の光とは違い、まるで語りかけてくるかのように鮮烈な輝きを放っている。
「キュイ……?」
肩の上で、ポポが心配そうにハルの頬に鼻を寄せた。あの日、無邪気に秘密を露呈させてしまったことを、ポポは今でも小さな胸のどこかで気に病んでいるのかもしれない。ハルはそんなポポを安心させるように、そっとその背を撫でた。
「大丈夫だよ、ポポ。……ありがとう。君のおかげで、俺、やっとこの世界でみんなの隣にいてもいいんだって、そう思えたから。ポポが教えてくれなかったら、俺、まだ一人で悩んでたかもしれないしね」
ハルが微笑んで語りかけたその時、背後の闇がふわりと揺れ、足音もなく静かな気配が近づいてきた。
「……夜風が冷えてきましたね。あまり無理をされてはいけませんよ、ハル様」
その穏やかで、どこか落ち着いた響きを持つ声に、ハルは驚くことなく振り返った。そこに立っていたのはフェンだった。かつて隠密として孤独な影の中にいた彼は、今ではハルの側にいることで、その身に纏う空気をどこか柔らかなものに変えている。フェンは手にしていた厚手の毛布を、ハルの肩へ滑り落ちないよう、丁寧に、かつ慈しみを込めて掛けた。
「フェンくん、ありがとう。少しだけ、星を見ていたんだ。俺のいた世界とは、あまりに違うから。……あっちの世界の星は、こんなに温かくは見えなかったんだよ」
ハルは、フェンに対しては気負いのない、自然な口調で言葉を返した。フェンはハルの隣に立ち、手すりに手を置いて同じ夜空を見上げた。彼はハルの持つ繊細な孤独を、誰よりも静かに見守り続けてきた一人だ。フェンはハルの心に寄り添うように、静謐な声音で言葉を継いだ。
「……そうでしたか。貴方の見ていた景色、少しだけ羨ましい気がします。ですが、今の貴方の瞳に映っているのは、この世界の光です。それだけで十分だとは思いませんか」
「うん。……フェンくんの言う通りだね。俺、今はこの光がすごく綺麗だと思うよ」
「ハル様。貴方が以前いた場所がどれほど遠く、どれほど静かな場所であったとしても……。今、貴方がここにいてくださることに、私は救われているのです。貴方がこの世界の『楔』だというのであれば、私はその楔がどこへも行かないよう、一生をかけてお守りするつもりですよ」
フェンの言葉には、これまでの旅路で培われた深い信頼と、彼なりの一途な思慕が込められていた。その敬語は距離感ではなく、ハルという存在への至高の敬意であった。ハルは、その真っ直ぐな想いに応えるように、フェンの腕にそっと自分の手を重ねた。
「フェンくん……。俺、フェンくんやみんなに出会って、初めて自分の居場所を見つけた気がするんだ。だから、俺はもう迷わないよ。ここで、みんなと一緒に生きていきたい」
ハルが力強い瞳で答えると、フェンはわずかに目を細め、静かな笑みを浮かべた。その表情は、ハルにしか見せない、凍てついた影が溶けた後のような温かさがあった。
「そのお言葉を聞けて、私も安心いたしました。……さあ、あまり遅くなると、他の者たちもうるさく騒ぎ出しますよ」
フェンが予言した通り、バルコニーの影から「おっと、フェンに先を越されたか」と、タイガが苦笑しながら現れた。その後ろには、ギルバート、ジーク、カイル、そしてヨシュアも続いている。
「ハル。お前がどこの世界の人間だろうが、そんなのどうでもいいんだ。お前がここにいたいって願うなら、俺たちがこの世界をお前にとって最高の場所にしてやる。絶対にな」
タイガが力強く拳を掲げ、カイルも誠実な眼差しで一歩前に出た。
「ハル様。貴方が孤独を感じる暇もないほど、俺たちが貴方を愛し、支え続けます。この世界の住人として、貴方を全力でお守りすると誓わせてください。ハル様の傍を片時も離れるつもりはありませんからね」
カイルはいつものように「ハル様」と敬いながらも、その声にはハル個人への甘く深い慈愛を込めて微笑んだ。
「……僕も、もっと調べるよ。ハルがこの世界に負担なくいられる方法。……僕、ハルのためなら、どんな魔法だって新しく作るから」
ヨシュアの真っ直ぐな瞳が、ハルを射抜く。ジークも眼鏡を拭きながら、静かに、けれど揺るぎない口調で告げた。
「ハル様。貴方はもう、孤独な異邦人ではありません。私たちとポポ……私たちは、運命を共にする運命共同体なのですから」
守護者たちに囲まれ、その溢れんばかりの情愛に包まれて、ハルは確信した。自分がこの世界に呼ばれた理由が何であれ、今この瞬間に感じている幸福こそが、自分の生きる理由なのだと。
「……みんな、ありがとう。俺、もう迷わない。この世界を、大好きなみんなが守っているこの場所を、俺も精一杯守っていきたい」
ハルの胸の奥から、純粋な癒やしの光が溢れ出し、夜のバルコニーを優しく照らした。それは、理の外から来た聖者が、この世界と真に魂を分かち合った、新たな門出を告げる光だった。
理の外より来たりし楔は、今、絆という名の揺るぎない錨を下ろした。
ハルと守護者たちの物語は、ここから新たな、そしてより深い愛の章へと進んでいく。
夜も更けた頃。ハルは一人、王宮の端にあるバルコニーから夜空を見上げていた。この世界の星々は、かつて日本で見上げていた薄暗い空の光とは違い、まるで語りかけてくるかのように鮮烈な輝きを放っている。
「キュイ……?」
肩の上で、ポポが心配そうにハルの頬に鼻を寄せた。あの日、無邪気に秘密を露呈させてしまったことを、ポポは今でも小さな胸のどこかで気に病んでいるのかもしれない。ハルはそんなポポを安心させるように、そっとその背を撫でた。
「大丈夫だよ、ポポ。……ありがとう。君のおかげで、俺、やっとこの世界でみんなの隣にいてもいいんだって、そう思えたから。ポポが教えてくれなかったら、俺、まだ一人で悩んでたかもしれないしね」
ハルが微笑んで語りかけたその時、背後の闇がふわりと揺れ、足音もなく静かな気配が近づいてきた。
「……夜風が冷えてきましたね。あまり無理をされてはいけませんよ、ハル様」
その穏やかで、どこか落ち着いた響きを持つ声に、ハルは驚くことなく振り返った。そこに立っていたのはフェンだった。かつて隠密として孤独な影の中にいた彼は、今ではハルの側にいることで、その身に纏う空気をどこか柔らかなものに変えている。フェンは手にしていた厚手の毛布を、ハルの肩へ滑り落ちないよう、丁寧に、かつ慈しみを込めて掛けた。
「フェンくん、ありがとう。少しだけ、星を見ていたんだ。俺のいた世界とは、あまりに違うから。……あっちの世界の星は、こんなに温かくは見えなかったんだよ」
ハルは、フェンに対しては気負いのない、自然な口調で言葉を返した。フェンはハルの隣に立ち、手すりに手を置いて同じ夜空を見上げた。彼はハルの持つ繊細な孤独を、誰よりも静かに見守り続けてきた一人だ。フェンはハルの心に寄り添うように、静謐な声音で言葉を継いだ。
「……そうでしたか。貴方の見ていた景色、少しだけ羨ましい気がします。ですが、今の貴方の瞳に映っているのは、この世界の光です。それだけで十分だとは思いませんか」
「うん。……フェンくんの言う通りだね。俺、今はこの光がすごく綺麗だと思うよ」
「ハル様。貴方が以前いた場所がどれほど遠く、どれほど静かな場所であったとしても……。今、貴方がここにいてくださることに、私は救われているのです。貴方がこの世界の『楔』だというのであれば、私はその楔がどこへも行かないよう、一生をかけてお守りするつもりですよ」
フェンの言葉には、これまでの旅路で培われた深い信頼と、彼なりの一途な思慕が込められていた。その敬語は距離感ではなく、ハルという存在への至高の敬意であった。ハルは、その真っ直ぐな想いに応えるように、フェンの腕にそっと自分の手を重ねた。
「フェンくん……。俺、フェンくんやみんなに出会って、初めて自分の居場所を見つけた気がするんだ。だから、俺はもう迷わないよ。ここで、みんなと一緒に生きていきたい」
ハルが力強い瞳で答えると、フェンはわずかに目を細め、静かな笑みを浮かべた。その表情は、ハルにしか見せない、凍てついた影が溶けた後のような温かさがあった。
「そのお言葉を聞けて、私も安心いたしました。……さあ、あまり遅くなると、他の者たちもうるさく騒ぎ出しますよ」
フェンが予言した通り、バルコニーの影から「おっと、フェンに先を越されたか」と、タイガが苦笑しながら現れた。その後ろには、ギルバート、ジーク、カイル、そしてヨシュアも続いている。
「ハル。お前がどこの世界の人間だろうが、そんなのどうでもいいんだ。お前がここにいたいって願うなら、俺たちがこの世界をお前にとって最高の場所にしてやる。絶対にな」
タイガが力強く拳を掲げ、カイルも誠実な眼差しで一歩前に出た。
「ハル様。貴方が孤独を感じる暇もないほど、俺たちが貴方を愛し、支え続けます。この世界の住人として、貴方を全力でお守りすると誓わせてください。ハル様の傍を片時も離れるつもりはありませんからね」
カイルはいつものように「ハル様」と敬いながらも、その声にはハル個人への甘く深い慈愛を込めて微笑んだ。
「……僕も、もっと調べるよ。ハルがこの世界に負担なくいられる方法。……僕、ハルのためなら、どんな魔法だって新しく作るから」
ヨシュアの真っ直ぐな瞳が、ハルを射抜く。ジークも眼鏡を拭きながら、静かに、けれど揺るぎない口調で告げた。
「ハル様。貴方はもう、孤独な異邦人ではありません。私たちとポポ……私たちは、運命を共にする運命共同体なのですから」
守護者たちに囲まれ、その溢れんばかりの情愛に包まれて、ハルは確信した。自分がこの世界に呼ばれた理由が何であれ、今この瞬間に感じている幸福こそが、自分の生きる理由なのだと。
「……みんな、ありがとう。俺、もう迷わない。この世界を、大好きなみんなが守っているこの場所を、俺も精一杯守っていきたい」
ハルの胸の奥から、純粋な癒やしの光が溢れ出し、夜のバルコニーを優しく照らした。それは、理の外から来た聖者が、この世界と真に魂を分かち合った、新たな門出を告げる光だった。
理の外より来たりし楔は、今、絆という名の揺るぎない錨を下ろした。
ハルと守護者たちの物語は、ここから新たな、そしてより深い愛の章へと進んでいく。
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