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1話
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「……え、ちょっと待って。今なんて言った?」
真っ白な空間に、タクミの声が虚しく響いた。
目の前には、自称「運営の女神」を名乗る、妙にゆるい雰囲気の美少女が浮いている。彼女はポテトチップスを齧りながら、悪びれもせずに言った。
「だからぁ、転生ボーナス。君、現世で徳を積んだから、異世界ではモテモテになれる『誘惑(チャーム)』のスキルをあげたよってこと。良かったね、これでバラ色の逆ハーレム生活だよ!」
タクミ――佐藤巧(21歳・焼肉屋のベテランバイト)は、バイト帰りに居眠り運転のトラックを避けようとして電柱に激突したはずだった。
死んだと思ったら女神に会い、異世界転生を提示された。ここまではテンプレだ。だが、その特典が「誘惑」というのは、しがない焼肉屋店員だった自分には荷が重すぎる気がする。
「誘惑って……。俺、そんなタイプじゃないんだけど。もっとこう、魔法ドーン!とか、聖剣シュバーッ!みたいなのはなかったの?」
「あー、そういうのは今在庫切れ。まあ、このスキルがあれば、男も女も、魔物だって君にメロメロなんだから。あ、もう転送の時間だね。それじゃ、新しい人生楽しんでねー!」
「ちょ、待っ――!」
女神が指をパチンと鳴らす。
視界が急激に歪み、タクミの意識は再び闇へと吸い込まれていった。
* * *
鼻を突くのは、深い森の匂い。
そして、どこからか聞こえる小鳥のさえずり。
「……ここが、異世界……?」
タクミが目を覚ますと、そこは巨木が立ち並ぶ見知らぬ森の中だった。
着ているのはバイトの制服――牛のロゴが入ったTシャツとエプロンのままだ。せめてファンタジーっぽい服にしてほしかったが、文句を言っても始まらない。
タクミは立ち上がり、パンパンとズボンを払った。
するとその時、自分の中から何か「熱いもの」が溢れ出してくるのを感じた。
「お……? これが女神様の言ってたスキルってやつか?」
体の芯から、甘く、それでいて濃厚なオーラが放射されている感覚。
これが『誘惑』のスキルなのだろう。タクミは自分の腕をまじまじと見た。
「なるほど、これがフェロモンってやつか。今は誰もいないけど、街に行けば美少女や美青年が俺に釘付け……。ふふ、ちょっとだけ楽しみかもな」
そう、この時までは期待していたのだ。
だが、異変はすぐに起きた。
ガサガサッ!!
背後の茂みが激しく揺れた。
現れたのは、体長二メートルはあろうかという巨大なイノシシのような魔物だった。鋭い牙、血走った目。普通なら絶叫して逃げる場面だ。
「うわぁっ!? でた、魔物!」
タクミは慌てて後ずさった。
だが、魔物の様子がおかしい。普通、獲物を襲う時は唸り声を上げたり威嚇したりするものだが、その魔物は――
「……ハッ、ハッ、ハッ……」
口の端から、滝のようなダラダラとした涎を流していた。
その目は殺意というよりは、空腹。もっと言えば、極上のご馳走を前にしたグルメな美食家のような、狂おしいまでの渇望に満ちていた。
「え……何、その目……。誘惑って、魔物にも効くのはいいけど、なんか方向性が違くない?」
魔物が前脚で地面を掻く。
次の瞬間、突進してきた。
「ぎゃああああ! 食べられる! 誘惑されて襲ってくるんじゃなくて、食欲として襲われてるぅぅ!!」
必死で森を駆け抜けるタクミ。
その後ろを、涎を撒き散らしながら爆走する巨体。
『誘惑』されているはずなのに、命の危機しか感じない。
「助けて! 誰か助けてえええ!」
死に物狂いで叫んだその時。
前方の木々をなぎ倒し、白銀の鎧を纏った一団が姿を現した。
「魔物の気配だ! 散開せよ!」
先頭に立つのは、燃えるような金髪をなびかせた、体躯のいい男だった。
その手には巨大な大剣。まさに理想の騎士様、といった佇まいだ。
「騎士様! 助けて! このイノシシが、俺を食べようと――!」
タクミは救いを求めて、その金髪の騎士のもとへと飛び込んだ。
騎士――ガイは、向かってくる魔物を一刀のもとに切り伏せた。鮮やかな手並みだった。
「ふぅ……。大丈夫か、少年」
ガイが剣を収め、タクミの方を振り返る。
彫りの深い、ワイルドな美形。タクミは思わず「かっこいい……」と見惚れてしまった。これが異世界のスパダリというやつか、と。
しかし、ガイがタクミに一歩近づいた瞬間。
彼の鼻がピクピクと動いた。
「…………っ!?」
ガイの目つきが、一瞬で変わった。
先ほどまで魔物を屠っていた冷徹な戦士の眼光が、急激に熱を帯び、どこか焦点の合わない恍惚としたものに変わる。
「少年……貴様……」
「は、はい? 何か……?」
ガイはタクミの肩をがっしりと掴んだ。筋肉の塊のような手が、タクミの華奢な体を震わせる。
そして、彼はタクミの首筋に顔を近づけ、深く、深く息を吸い込んだ。
「……っはあぁぁぁ。なんて、なんていい匂いなんだ……」
「へ? 匂い……?」
「信じられん。香ばしく、肉汁が溢れ出すような……炭火でじっくりと炙り、最高級のタレを絡めた、極上のA5ランク和牛の匂いがする……!」
「……はぁっ!?」
タクミは硬直した。
目の前のイケメン騎士が、自分の首筋を嗅ぎながら、目を血走らせて「美味そうだ」と呟いている。
「この香ばしさ……たまらん。白米……白米を今すぐ持ってこい! いや、このままかぶりつきたい……!」
「ちょっと! 騎士様!? 顔が怖い、顔が怖いですよ!」
「少年、お前は今日から俺の捕虜だ。いや、専属の……専属の『飯』になれ!」
「飯!? 嫁じゃなくて飯!? 待って、女神様ぁぁ! このスキル、絶対バグってるよおおお!」
タクミの絶叫が森に響き渡る。
こうして、タクミの「誘惑(物理的な食欲)」による異世界生活が、最悪かつ最高に空腹な形で幕を開けたのであった。
真っ白な空間に、タクミの声が虚しく響いた。
目の前には、自称「運営の女神」を名乗る、妙にゆるい雰囲気の美少女が浮いている。彼女はポテトチップスを齧りながら、悪びれもせずに言った。
「だからぁ、転生ボーナス。君、現世で徳を積んだから、異世界ではモテモテになれる『誘惑(チャーム)』のスキルをあげたよってこと。良かったね、これでバラ色の逆ハーレム生活だよ!」
タクミ――佐藤巧(21歳・焼肉屋のベテランバイト)は、バイト帰りに居眠り運転のトラックを避けようとして電柱に激突したはずだった。
死んだと思ったら女神に会い、異世界転生を提示された。ここまではテンプレだ。だが、その特典が「誘惑」というのは、しがない焼肉屋店員だった自分には荷が重すぎる気がする。
「誘惑って……。俺、そんなタイプじゃないんだけど。もっとこう、魔法ドーン!とか、聖剣シュバーッ!みたいなのはなかったの?」
「あー、そういうのは今在庫切れ。まあ、このスキルがあれば、男も女も、魔物だって君にメロメロなんだから。あ、もう転送の時間だね。それじゃ、新しい人生楽しんでねー!」
「ちょ、待っ――!」
女神が指をパチンと鳴らす。
視界が急激に歪み、タクミの意識は再び闇へと吸い込まれていった。
* * *
鼻を突くのは、深い森の匂い。
そして、どこからか聞こえる小鳥のさえずり。
「……ここが、異世界……?」
タクミが目を覚ますと、そこは巨木が立ち並ぶ見知らぬ森の中だった。
着ているのはバイトの制服――牛のロゴが入ったTシャツとエプロンのままだ。せめてファンタジーっぽい服にしてほしかったが、文句を言っても始まらない。
タクミは立ち上がり、パンパンとズボンを払った。
するとその時、自分の中から何か「熱いもの」が溢れ出してくるのを感じた。
「お……? これが女神様の言ってたスキルってやつか?」
体の芯から、甘く、それでいて濃厚なオーラが放射されている感覚。
これが『誘惑』のスキルなのだろう。タクミは自分の腕をまじまじと見た。
「なるほど、これがフェロモンってやつか。今は誰もいないけど、街に行けば美少女や美青年が俺に釘付け……。ふふ、ちょっとだけ楽しみかもな」
そう、この時までは期待していたのだ。
だが、異変はすぐに起きた。
ガサガサッ!!
背後の茂みが激しく揺れた。
現れたのは、体長二メートルはあろうかという巨大なイノシシのような魔物だった。鋭い牙、血走った目。普通なら絶叫して逃げる場面だ。
「うわぁっ!? でた、魔物!」
タクミは慌てて後ずさった。
だが、魔物の様子がおかしい。普通、獲物を襲う時は唸り声を上げたり威嚇したりするものだが、その魔物は――
「……ハッ、ハッ、ハッ……」
口の端から、滝のようなダラダラとした涎を流していた。
その目は殺意というよりは、空腹。もっと言えば、極上のご馳走を前にしたグルメな美食家のような、狂おしいまでの渇望に満ちていた。
「え……何、その目……。誘惑って、魔物にも効くのはいいけど、なんか方向性が違くない?」
魔物が前脚で地面を掻く。
次の瞬間、突進してきた。
「ぎゃああああ! 食べられる! 誘惑されて襲ってくるんじゃなくて、食欲として襲われてるぅぅ!!」
必死で森を駆け抜けるタクミ。
その後ろを、涎を撒き散らしながら爆走する巨体。
『誘惑』されているはずなのに、命の危機しか感じない。
「助けて! 誰か助けてえええ!」
死に物狂いで叫んだその時。
前方の木々をなぎ倒し、白銀の鎧を纏った一団が姿を現した。
「魔物の気配だ! 散開せよ!」
先頭に立つのは、燃えるような金髪をなびかせた、体躯のいい男だった。
その手には巨大な大剣。まさに理想の騎士様、といった佇まいだ。
「騎士様! 助けて! このイノシシが、俺を食べようと――!」
タクミは救いを求めて、その金髪の騎士のもとへと飛び込んだ。
騎士――ガイは、向かってくる魔物を一刀のもとに切り伏せた。鮮やかな手並みだった。
「ふぅ……。大丈夫か、少年」
ガイが剣を収め、タクミの方を振り返る。
彫りの深い、ワイルドな美形。タクミは思わず「かっこいい……」と見惚れてしまった。これが異世界のスパダリというやつか、と。
しかし、ガイがタクミに一歩近づいた瞬間。
彼の鼻がピクピクと動いた。
「…………っ!?」
ガイの目つきが、一瞬で変わった。
先ほどまで魔物を屠っていた冷徹な戦士の眼光が、急激に熱を帯び、どこか焦点の合わない恍惚としたものに変わる。
「少年……貴様……」
「は、はい? 何か……?」
ガイはタクミの肩をがっしりと掴んだ。筋肉の塊のような手が、タクミの華奢な体を震わせる。
そして、彼はタクミの首筋に顔を近づけ、深く、深く息を吸い込んだ。
「……っはあぁぁぁ。なんて、なんていい匂いなんだ……」
「へ? 匂い……?」
「信じられん。香ばしく、肉汁が溢れ出すような……炭火でじっくりと炙り、最高級のタレを絡めた、極上のA5ランク和牛の匂いがする……!」
「……はぁっ!?」
タクミは硬直した。
目の前のイケメン騎士が、自分の首筋を嗅ぎながら、目を血走らせて「美味そうだ」と呟いている。
「この香ばしさ……たまらん。白米……白米を今すぐ持ってこい! いや、このままかぶりつきたい……!」
「ちょっと! 騎士様!? 顔が怖い、顔が怖いですよ!」
「少年、お前は今日から俺の捕虜だ。いや、専属の……専属の『飯』になれ!」
「飯!? 嫁じゃなくて飯!? 待って、女神様ぁぁ! このスキル、絶対バグってるよおおお!」
タクミの絶叫が森に響き渡る。
こうして、タクミの「誘惑(物理的な食欲)」による異世界生活が、最悪かつ最高に空腹な形で幕を開けたのであった。
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