強面若頭は、懐っこいナースの献身に抗えない ―極道、はじめての恋を処方される―

たら昆布

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18話

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 あの日以来、龍崎慎一郎の様子は劇的な変化を遂げていた。

 毎日欠かさなかった病院への迎えは突如として途絶え、陽太が送ったメッセージに対しても「手が離せない」という短い、事務的な返信しか返ってこなくなった。
 
 陽太の心にぽっかりと空いた穴は、思った以上に深くて冷たい。
 ナースステーションで電子カルテを入力していても、つい、あの黒塗りの車が駐車場に停まっていないか窓の外を確認してしまう自分に、陽太は小さく溜息をついた。

「……何やってるんだ、僕」

 陽太は自分の頬を軽く叩いて、意識を仕事に引き戻そうとした。
 だが、頭の片隅では、あの不器用な「光だ」という言葉が何度もリピートされている。
 あんなに真っ直ぐに自分を求めてくれた人が、急に遠ざかっていく。その理由が分からず、胸の奥がチリチリと焼けるように痛んだ。

 ――同じ頃、龍和会本部は血の気の引くような重圧に包まれていた。

 龍崎は、灰皿に溜まった煙草の吸い殻を見下ろしながら、死神のような冷徹な顔で鮫島からの報告を聞いていた。

「若頭、敵対する大門組が本格的に動きました。……奴らの狙いは、やはり佐々木さんです。若頭を誘い出すための最大の『弱点』だと、完全に見なされています」

 龍崎は、灰皿を拳で叩きつけた。陶器が砕け、破片が指先に食い込むが、彼は表情一つ変えない。

「……わかっている。俺がそばにいればいるほど、あいつの命は削られる」

「若頭……」

「あいつは、病院で人を救う人間だ。俺のような、返り血を浴びて歩く男が、隣にいていい存在じゃない」

 龍崎の声は、凍りつくほど静かで、それでいて泣き出しそうなほど震えていた。
 愛しているからこそ、手放さなければならない。
 それが、極道という修羅の道を歩む彼が辿り着いた、最も残酷で純粋な「優しさ」の形だった。

 その日の深夜。
 仕事を終えてアパートの前に着いた陽太を待っていたのは、数日ぶりに見る漆黒の高級車だった。
 だが、龍崎は車から降りようとせず、スモークガラスの向こう側で、影のように座っていた。

「龍崎さん!」

 陽太は駆け寄り、後部座席の窓を叩いた。
 ゆっくりと下がった窓の向こうに、氷のように冷たく、感情を抹殺した目をした龍崎がいた。

「……佐々木。しばらく会うことはない」

「え……? どういうことですか? 俺、何か怒らせるようなことしましたか?」

「いや。……飽きたんだ。たかが看護師一人に、俺がいつまでも執着すると思っていたのか」

 あまりにも冷酷な言葉。
 だが、龍崎が膝の上で握りしめている右手の拳は、白くなるほど震えていた。
 彼は、自分を無理やり律しようとしていた。陽太を安全な「日常」へ追い返すために。

「そんなの、信じません! 龍崎さん、目を見て言ってください。俺のこと、光だって言ったのは嘘だったんですか!?」

「……嘘だ。あれは、怪我が完治していなかった俺の妄想だ」

 龍崎は、最後まで陽太と目を合わせることはなかった。
 
「鮫島。車を出せ。二度と、ここへは来るな」

「……はっ」

 鮫島の苦しげな返事と共に、車がゆっくりと動き出す。
 陽太は走り去る車のテールランプを、ただ立ち尽くして見つめることしかできなかった。

「……最低だ。勝手に好きにさせておいて、勝手にいなくなるなんて……」

 陽太の視界が、じわりと滲んで歪んでいく。
 夜の冷気が、彼の身体を突き抜けて心臓まで凍らせていくようだった。

 龍崎が陽太を遠ざけたのは、これから始まる血みどろの抗争から陽太を隠すための、彼なりの決死の護衛だった。
 しかし、その想いは言葉にならず、二人の心に深い爪痕だけを残して離れていった。
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