路頭に迷う超絶美形を拾ったら無自覚な懐かれ方が凄すぎて義賊の頭領の心臓が持ちません! ~初恋の難易度がカンストしてる件について~

たら昆布

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7話

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 石造りの作業場に、夜の静寂が染み込んでいく。
 カチ、カチと規則正しい音を立てる古時計の音だけが響く中、ヴァンは文字通り「石」になっていた。
 右肩に、ずしりとした心地よい重みがある。リナートが、琥珀の玉を握ったまま眠りに落ちてしまったのだ。銀色の髪がヴァンの首筋をくすぐり、吸い込まれるような甘い香りが肺の奥まで入り込んでくる。
「……おい、リナート。起きろ、風邪を引くぞ」
 ヴァンの声は、自分でも驚くほど小さく、掠れていた。
 本来なら、乱暴に揺り起こして寝室へ放り込むのが頭領としての、そして男としての正解だろう。だが、自分の肩に頬を埋めて、薄い唇から微かな寝息を漏らしているこの青年を、どうしても手荒に扱えない。
 ヴァンの視線は、無意識にリナートの唇へと吸い寄せられた。
 赤みの差した、柔らかな質感。泥を啜っていた男のものとは思えないほど、それは清らかに閉ざされている。
 ヴァンはごくりと唾を飲み込み、慌てて視線を天井へと投げた。
 いけない。これは毒だ。
 自分はこれまで、戦いと略奪……いや、回収の合間に、色事などいくらでも転がっていた環境にいた。それなのに、なぜこの銀髪の天然記念物一人に、初陣の少年兵のような緊張を強いられているのか。
 ヴァンの首筋に一筋の汗が流れる。
 心臓が、肋骨を内側から突き破らんばかりに跳ねていた。この音がリナートに伝わってしまわないか、それだけが恐怖だった。

「……ん、ふふ。ヴァン……暖かいです」
 リナートが夢の中でヴァンの名前を呼び、さらに深く肩に頭を擦り寄せてきた。
「っ……! この、野郎……!」
 ヴァンは限界だった。これ以上ここにいたら、自分の中の理性が霧散してしまう。
 彼はリナートの脇に手を差し入れると、昨日と同様、お姫様抱っこの形で彼を抱え上げた。
「……うわ。ヴァン、お帰りなさい?」
 宙に浮いた感覚に驚いたのか、リナートが翡翠色の瞳を僅かに開いた。寝ぼけ眼でヴァンを見つめ、あろうことか彼の逞しい首筋に両腕を回してくる。
「おはようじゃねえ、寝ろ! それと、くっつくな!」
「ええ、でも。ヴァンの近くは安心するんです。……あ、もしかして、ご褒美ですか?」
「はあ? 何の……」
 ヴァンが言いかけたところで、リナートのお腹が「ぐう」と、なんとも可愛らしい音を立てた。
 ヴァンは脱力した。この青年にとって、ヴァンの腕の中はロマンチックな場所ではなく、単なる「暖房器具付きの食堂」に近い扱いなのかもしれない。
 
 結局、ヴァンはリナートを食堂へと連れて行き、今朝の買い出しでこっそり購入していた蜂蜜菓子を取り出した。
 クローバーの香りが凝縮された、黄金色の粘り気のある菓子だ。それを一口大に切って皿に乗せると、リナートの目がぱあっと輝いた。
「わあ! これ、本物のお菓子ですか? 宝石みたいです!」
「さっさと食え。……お前が、あのガラクタの中から魔石を見つけた功績だ。特別だぞ」
 ヴァンは椅子に座り、腕組みをしてそっぽを向いた。
 リナートは嬉しそうにフォークを動かそうとしたが、指先の包帯が邪魔をして、上手く菓子を刺せない。もどかしそうに指を動かすリナートを見て、ヴァンは我慢できずに椅子を鳴らして立ち上がった。
「……貸せ。お前は本当に、何をやらせても危なっかしいな」
「あ、すみません。ヴァンに食べさせてもらえるなんて、私、一生の運命を使い果たしてしまったかもしれません」
「大げさなんだよ!」
 ヴァンは顔を真っ赤にしながら、フォークで菓子を突き刺し、リナートの口元へと運んだ。
 リナートは躊躇うことなく、小さな口を「あーん」と開ける。
 その無防備な動作に、ヴァンの指先が僅かに震えた。
 リナートが菓子を口に含み、ゆっくりと味わう。
「……っ! 美味しいです……! お花畑が口の中で踊っているみたいです!」
「どんな表現だ。……ほら、次だ」
「はい! あーん」
 一口、また一口。
 ヴァンが菓子を運ぶたび、リナートは幸せそうに目を細め、ヴァンの顔をじっと見つめてくる。
 その視線には、媚びも、誘惑もない。ただ、自分を助けてくれた男への、絶対的な信頼と好意だけが詰まっている。
 それが、何よりもヴァンの心を抉った。
 もし、このリナートが打算的な人間であれば、どれほど楽だっただろう。
 だが、この青年は、自分の「美しさ」という武器の使い方も知らず、ただヴァンの優しさに甘えている。
「……ヴァン。あなたの手、やっぱり凄く好きです。このお菓子よりも、ずっと温かい気がします」
 リナートが、ヴァンの手首にそっと自分の手を添えた。
 菓子を食べることに夢中だったはずなのに、その翡翠色の瞳はいつの間にか、ヴァンの瞳を真っ直ぐに射抜いている。
「……、……っ」
 ヴァンは声が出なかった。
 心臓が、うるさい。あまりにもうるさすぎて、自分の呼吸の音さえ聞こえない。
 誰か助けてくれ。この天然の猛攻から、俺を救い出してくれ。

「おーい、ヴァン。夜食なら俺たちにも……って、うわ。何やってんだよ、お二人さん」
 絶妙なタイミングで、ログが厨房から姿を現した。背後には、目を丸くしたメイもいる。
「ば……っ、馬鹿野郎! 何もしてねえ! こいつが、手が不自由だって言うから……!」
 ヴァンは弾かれたように椅子から飛び退き、フォークを床に落とした。
 ログは床に落ちたフォークと、口の端に蜜をつけたままのリナート、そして茹で上がった蛸のように赤いヴァンの顔を交互に見て、盛大に吹き出した。
「くははは! 『あーん』かよ! 頭領、あんたそんなキャラだったっけ? あー、おかしい。腹が痛え!」
「うわあ……。頭領、意外とマメなのね。リナート、味はどう?」
 メイがニヤニヤしながらリナートに近寄る。
 リナートは口元の蜜をペロリと舐めとると、いつものように屈託なく微笑んだ。
「はい! ヴァンが選んでくれたお菓子、世界で一番甘くて、美味しかったです」
 その一言が、ヴァンのHP(体力)を完全にゼロにした。
「……勝手にしろ! 俺はもう寝る!」
 ヴァンは捨て台詞を吐くと、全速力で自分の寝室へと逃げ込んだ。
 背後でログたちの爆笑が響く中、彼は冷たいベッドに倒れ込み、枕に顔を押し付けた。
 初恋の難易度が、天を突き抜けている。
 リナートが何気なく放つ言葉のすべてが、ヴァンの鎧を剥ぎ取り、剥き出しの心臓を直撃してくるのだ。
「……クソ。あんな奴、拾うんじゃなかった……」
 そう呟きながらも、ヴァンの唇の端は、ほんの僅かに、幸せそうに緩んでいた。
 一方、食堂に残されたリナートは、最後の一切れの菓子を大切そうに眺めながら、独り言のように呟く。
「ヴァン。今度は、私がお返しをしますね」
 その「お返し」の内容が、翌日、またヴァンの心臓を危機に陥らせることを、まだ誰も知らない。
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