路頭に迷う超絶美形を拾ったら無自覚な懐かれ方が凄すぎて義賊の頭領の心臓が持ちません! ~初恋の難易度がカンストしてる件について~

たら昆布

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11話

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 王都の広場は、朝から妙な熱気に包まれていた。
 いつもなら威勢のいい商人たちの声が響くはずの場所に、どこか落ち着かない、ひそひそとした囁き声が満ちている。石畳を叩く馬の蹄(ひづめ)の音も、心なしか重々しい。
 ヴァンは市場の裏路地で、馴染みの情報屋から受け取った小さな羊皮紙を懐にねじ込んだ。
「……おい、リナート。今日はもう戻るぞ。余計な寄り道はなしだ」
 ヴァンの声には、隠しきれない焦燥が混じっていた。
 彼の背中にぴったりと寄り添うように歩いていたリナートが、不思議そうに翡翠色の瞳を瞬かせる。
「ヴァン? まだお肉も買っていませんし、あの黄色いお花も見ていませ……」
「いいから来い。空気が変わった」
 ヴァンはリナートの細い指先を包み込むように握り、早足で人混みを抜ける。
 握りしめたリナートの手は、先ほどまでの穏やかな温もりを失い、心なしか強張っているように感じられた。

 大通りに出た瞬間、ヴァンの直感は的中した。
 人混みが左右に割れ、銀色に輝く甲冑を纏った一団が悠然と進んでくる。その中心に立つ男は、馬を下り、手に一枚の肖像画を持って行き交う人々を鋭い眼光で検分していた。
 男の名はアラリック。王城直属の騎士団で若くして隊長を務める、生真面目の権化のような男だ。
 彼の纏う銀の鎧が朝陽を反射し、周囲に冷徹な光を振り撒いている。その光が自分たちの方へ向けられた瞬間、リナートの体が目に見えて震えた。

「っ……あ……」
 リナートの口から、小さな、折れそうな吐息が漏れる。
 彼はヴァンの太い腕を両手で掴み、その背後に隠れるようにして身を縮めた。ヴァンの背中に押し当てられたリナートの額から、冷や汗が伝わってくるのが分かる。
「……リナート? どうした」
 ヴァンは低く問いかけながら、さりげなくリナートを自分の外套の中に隠した。
「あの、人……。私を、探しに……。暗い、冷たい場所に、連れて帰るために……」
 震える声は、ヴァンの胸板を通して直接心臓を揺さぶった。
 これほどまでに怯えるリナートを、ヴァンは見たことがなかった。いつもはおっとりとして、何に対しても微笑みを返していたあの青年が、今は嵐に晒された小鳥のようにガタガタと震えている。

 ヴァンの胸の奥で、どろりとした熱い塊が膨れ上がった。
 それが何であるか、今の彼には明確な言葉にできなかった。だが、リナートの自由を奪おうとする者、この穏やかな時間を壊そうとする者に対する、烈火のような拒絶反応だった。
「安心しろ。……俺の背中に隠れてろ。指一本、触れさせやしねえ」
 ヴァンはリナートの頭を大きな掌で一度だけ強く撫でると、鋭い視線を騎士アラリックへと投げた。

 アラリックは肖像画と周囲の人間を交互に見比べていたが、やがてヴァンの立つ路地の入り口へと歩みを向けた。
 一歩、また一歩。金属の擦れる重厚な音が近づくたびに、ヴァンの筋肉は鋼のように硬く引き締まっていく。
 騎士の目が、ヴァンの背後に隠れた「何か」に向けられた。
「……貴殿。その背後にいる者を、こちらへ見せてもらいたい」
 アラリックの声は、鍛えられた剣のように鋭く、一切の感情を排していた。
「断る。俺の連れが、銀色のギラギラした格好の奴が嫌いでな。見ての通り、怖がってる」
 ヴァンは鼻で笑い、挑発的に顎を上げた。
 周囲の野次馬たちが息を呑む。王国の騎士に対してこれほど無礼な態度を取る者は、この街広しといえど義賊の頭領くらいなものだ。
「これは公務だ。現在、我が国にとって極めて重要な御方が行方不明となっておられる。特徴の似た者がこの界隈に現れたという報告があり、調査を行っているのだ」
「重要なお方ねえ。あいにく、俺が拾ったのはただの食いしん坊の役立たずだ。お偉い貴族様とは縁がねえな」
「……退け。さもなくば、公務執行妨害とみなす」
 アラリックの手が、腰の長剣の柄にかけられた。
 一触即発の空気が流れる。ヴァンの手も、外套の下で愛用のナイフへと伸びる。

 その時だった。
「隊長! アラリック隊長! 大変です、あちらのパン屋で『銀色の髪の猫』が目撃されたとの情報が!」
 横から血相を変えた部下の騎士が駆け込んできた。
「……銀色の髪の、猫だと?」
「はい! 非常に珍しい色だということで、もしや王族の変装ではないかと街の者が騒いでおります!」
 アラリックは眉間に深い皺を寄せ、肖像画を見つめた。
「……髪の色だけで判断するのは早計だが、無視はできん。行くぞ!」
 アラリックは一瞬だけヴァンを疑わしげに見つめたが、部下に急かされるようにして背を向けた。
「……待て。私は方向を間違えていないか? パン屋は右だったか、左だったか」
「左です、隊長! 毎回逆に行こうとするのはやめてください!」
 勇ましい鎧の音と共に、騎士たちは慌ただしく去っていった。

 嵐が過ぎ去ったような沈黙。
 ヴァンは深く溜め息をつき、肩の力を抜いた。
「……行ったぞ、リナート。もう大丈夫だ」
 背中からリナートを促すと、彼は恐る恐る顔を出し、騎士たちの背中が遠ざかるのをじっと見守っていた。
「……ヴァン。ごめんなさい。私、怖くて……」
「謝るな。あんな鉄の塊みたいな奴、誰だって怖いだろ」
 ヴァンはリナートの顔を覗き込んだ。翡翠色の瞳には、まだ微かに涙の膜が張っている。
 ヴァンは再びその細い手を握りしめた。今度は、もう離さないという誓いを込めて。
「……あいつらがまた来る前に、アジトに戻るぞ。今日はメイに内緒で、例の蜂蜜菓子を買ってやる」
「……はい。ヴァンの作ったスープも、飲みたいです」
 リナートの声に、ようやく少しだけ活気が戻った。
 ヴァンはリナートを引き寄せるようにして、影の濃い裏路地へと姿を消した。

 胸の奥の騒がしさは、騎士がいなくなった後も収まらなかった。
 リナートが言った「冷たい場所」とはどこなのか。彼は一体、どんな運命から逃げ出してきたのか。
 それを知るのが怖い、という感情が、ヴァンの胸を締め付ける。
 もし、彼を本来の場所に帰すことが「正しい」ことなのだとしたら。
 ヴァンは握りしめたリナートの熱を、自分から手放すことができるだろうか。
 
 初恋の難易度は、もはや一個人の感情を超え、国を揺るがす大きな渦へと二人を巻き込もうとしていた。
 拠点へ戻る道すがら、ヴァンは何度も背後にいるリナートの存在を確かめ、その度に自分の心臓が痛いほど脈打つのを自覚するのだった。
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