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15話
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隠し通路の空気は、長い年月放置されていたせいか、重く、肺の奥をちりつかせるような埃の味を帯びていた。
ヴァンは先ほどまでの熱を冷ますように、短く息を吐き出す。しかし、背後から付いてくるリナートの気配――衣擦れの音や、時折ふわりと届く甘い体温の匂い――を消し去ることはできない。
「ヴァン、足元が暗くて少し怖いです」
リナートの微かな声が、石壁に反射して鼓膜を撫でる。
「俺の服を離すなと言っただろ。……ほら、手を貸せ」
ヴァンは乱暴に手を後ろへ伸ばした。すぐに、吸い付くような柔らかい掌が、ヴァンのゴツゴツとした手を包み込む。
指先が絡み合う。その瞬間に伝わってきたリナートの微かな震えが、ヴァンの指先に鋭い痺れをもたらした。
「ヴァン。あなたの手は、さっきよりも熱い気がします」
「……気のせいだ。……黙って歩け」
ヴァンは自分の体温が限界を超えているのを悟られないよう、前だけを見据えて歩みを早めた。
通路の終点に辿り着くと、ヴァンは壁の継ぎ目を探り、一箇所の突起を押し込んだ。
ガチリ、と硬質な音が響き、隠し扉が静かに開く。そこは、重厚な絨毯が敷き詰められたバルガスの私室だった。
月明かりが窓から差し込み、豪華な装飾品を蒼白く照らし出している。壁一面に並んだ書棚には、革表紙の古い書物が隙間なく詰められていた。
「あったぞ……。この中のどこかに、奴の悪行を記した裏帳簿があるはずだ」
ヴァンはリナートの手を離し、棚の端から手当たり次第に本を抜き取ろうとする。だが、あまりの本の数に、義賊の頭領も思わず眉根を寄せた。時間は限られている。外の騎士たちがいつ戻ってくるか分からない。
「ヴァン、こちらです」
背後でリナートが声を上げた。
見れば、リナートは本棚の中央、目立たない一角を指差している。
「この棚の本たち、みんな眠っているのに、あの一冊だけが『嘘』の匂いをさせています。とても苦しくて、嫌な……煤(すす)けたような匂いです」
ヴァンは半信半疑で、リナートが指し示した煤けたような黒い背表紙の本を手に取った。
表紙を開けば、中身はくり抜かれており、そこにはびっしりと数字が書き込まれた小さな冊子が隠されていた。
「……ビンゴだ。おい、お前……。本当に鼻が効くんだな」
「自分でも不思議です。ただ、ヴァンのために見つけたいと願ったら、そこだけが光って見えたんです」
リナートが誇らしげに微笑む。その笑顔は、どんな宝石よりもヴァンの目を眩ませた。
目的のブツを手に入れ、あとは脱出するだけだ。
しかし、廊下から再び騒がしい怒鳴り声と、金属の擦れ合う音が近づいてくる。
「追っ手だ! 隠し通路がバレたか……!」
ヴァンは即座にリナートを窓辺へと引き寄せた。
バルコニーの向こう側は、深い闇に包まれた庭園へと続いている。だが、階下には既に松明を持った見張りの影が蠢いていた。
「ヴァン、あちらから人が来ます。どうしましょう」
リナートの肩が、ヴァンの胸板に強く押し当てられる。
ヴァンはリナートを抱きしめるようにして、カーテンの陰に身を潜めた。
暗闇と静寂が、二人の感覚を鋭敏にさせる。
リナートの吐息が、ヴァンの首筋をくすぐる。
そして何より、自分自身の心臓の音が、リナートの背中に直接叩きつけられているような気がしてならない。
ドクン、ドクン。
あまりにも大きく、速い鼓動。
「……ヴァン」
リナートが小さな声で囁いた。
「あなたの心臓、また私の背中に響いています。とても、力強い音ですね」
「……五月蝿い」
「不思議です。こうしてヴァンの音を聞いていると、さっきまであんなに怖かったのに、今はとても落ち着きます。……私、ヴァンの隣が、世界で一番好きです」
リナートの銀色の髪が、ヴァンの頬を掠めた。
その言葉は、どんな甘い蜜よりも深くヴァンの血液に溶け込み、全身の神経を焦がした。
ヴァンは耐えかねたように、リナートの細い肩に額を押し当てた。
掌の中にあるリナートの体温。自分を信じ切り、命すら預けてくれているこの青年の無垢な想い。
初恋なんて、面倒なものだと思っていた。
守るべき者が増えるのは、義賊にとって弱点を作るのと同義だ。
それなのに、今、ヴァンの胸を支配しているのは、自分の心臓が止まるまでこの男を守り抜きたいという、狂おしいほどの情熱だった。
「……リナート、よく聞け」
「はい」
「俺を信じて飛べるか。下には俺の仲間が網を張っている。……お前のことは、俺が死んでも離さない」
ヴァンはリナートの顔を両手で包み込んだ。翡翠色の瞳が、月光を反射して潤んでいる。
「ヴァンがいるなら、私はどこへでも飛べます。あなたの隣が、私の場所ですから」
リナートが微笑み、ヴァンの掌に自分の頬を擦り寄せた。
廊下の扉が蹴破られる音がしたのと同時に、ヴァンはリナートの腰を強く抱き寄せた。
「行くぞ!」
二人の影が夜の闇へと躍り出る。
重なり合う心臓の音を唯一の道標に、義賊の頭領と銀髪の青年は、自由な空へと飛び込んだ。
繋いだ手から伝わる熱だけが、今この瞬間、世界の何よりも確かな真実だった。
ヴァンは先ほどまでの熱を冷ますように、短く息を吐き出す。しかし、背後から付いてくるリナートの気配――衣擦れの音や、時折ふわりと届く甘い体温の匂い――を消し去ることはできない。
「ヴァン、足元が暗くて少し怖いです」
リナートの微かな声が、石壁に反射して鼓膜を撫でる。
「俺の服を離すなと言っただろ。……ほら、手を貸せ」
ヴァンは乱暴に手を後ろへ伸ばした。すぐに、吸い付くような柔らかい掌が、ヴァンのゴツゴツとした手を包み込む。
指先が絡み合う。その瞬間に伝わってきたリナートの微かな震えが、ヴァンの指先に鋭い痺れをもたらした。
「ヴァン。あなたの手は、さっきよりも熱い気がします」
「……気のせいだ。……黙って歩け」
ヴァンは自分の体温が限界を超えているのを悟られないよう、前だけを見据えて歩みを早めた。
通路の終点に辿り着くと、ヴァンは壁の継ぎ目を探り、一箇所の突起を押し込んだ。
ガチリ、と硬質な音が響き、隠し扉が静かに開く。そこは、重厚な絨毯が敷き詰められたバルガスの私室だった。
月明かりが窓から差し込み、豪華な装飾品を蒼白く照らし出している。壁一面に並んだ書棚には、革表紙の古い書物が隙間なく詰められていた。
「あったぞ……。この中のどこかに、奴の悪行を記した裏帳簿があるはずだ」
ヴァンはリナートの手を離し、棚の端から手当たり次第に本を抜き取ろうとする。だが、あまりの本の数に、義賊の頭領も思わず眉根を寄せた。時間は限られている。外の騎士たちがいつ戻ってくるか分からない。
「ヴァン、こちらです」
背後でリナートが声を上げた。
見れば、リナートは本棚の中央、目立たない一角を指差している。
「この棚の本たち、みんな眠っているのに、あの一冊だけが『嘘』の匂いをさせています。とても苦しくて、嫌な……煤(すす)けたような匂いです」
ヴァンは半信半疑で、リナートが指し示した煤けたような黒い背表紙の本を手に取った。
表紙を開けば、中身はくり抜かれており、そこにはびっしりと数字が書き込まれた小さな冊子が隠されていた。
「……ビンゴだ。おい、お前……。本当に鼻が効くんだな」
「自分でも不思議です。ただ、ヴァンのために見つけたいと願ったら、そこだけが光って見えたんです」
リナートが誇らしげに微笑む。その笑顔は、どんな宝石よりもヴァンの目を眩ませた。
目的のブツを手に入れ、あとは脱出するだけだ。
しかし、廊下から再び騒がしい怒鳴り声と、金属の擦れ合う音が近づいてくる。
「追っ手だ! 隠し通路がバレたか……!」
ヴァンは即座にリナートを窓辺へと引き寄せた。
バルコニーの向こう側は、深い闇に包まれた庭園へと続いている。だが、階下には既に松明を持った見張りの影が蠢いていた。
「ヴァン、あちらから人が来ます。どうしましょう」
リナートの肩が、ヴァンの胸板に強く押し当てられる。
ヴァンはリナートを抱きしめるようにして、カーテンの陰に身を潜めた。
暗闇と静寂が、二人の感覚を鋭敏にさせる。
リナートの吐息が、ヴァンの首筋をくすぐる。
そして何より、自分自身の心臓の音が、リナートの背中に直接叩きつけられているような気がしてならない。
ドクン、ドクン。
あまりにも大きく、速い鼓動。
「……ヴァン」
リナートが小さな声で囁いた。
「あなたの心臓、また私の背中に響いています。とても、力強い音ですね」
「……五月蝿い」
「不思議です。こうしてヴァンの音を聞いていると、さっきまであんなに怖かったのに、今はとても落ち着きます。……私、ヴァンの隣が、世界で一番好きです」
リナートの銀色の髪が、ヴァンの頬を掠めた。
その言葉は、どんな甘い蜜よりも深くヴァンの血液に溶け込み、全身の神経を焦がした。
ヴァンは耐えかねたように、リナートの細い肩に額を押し当てた。
掌の中にあるリナートの体温。自分を信じ切り、命すら預けてくれているこの青年の無垢な想い。
初恋なんて、面倒なものだと思っていた。
守るべき者が増えるのは、義賊にとって弱点を作るのと同義だ。
それなのに、今、ヴァンの胸を支配しているのは、自分の心臓が止まるまでこの男を守り抜きたいという、狂おしいほどの情熱だった。
「……リナート、よく聞け」
「はい」
「俺を信じて飛べるか。下には俺の仲間が網を張っている。……お前のことは、俺が死んでも離さない」
ヴァンはリナートの顔を両手で包み込んだ。翡翠色の瞳が、月光を反射して潤んでいる。
「ヴァンがいるなら、私はどこへでも飛べます。あなたの隣が、私の場所ですから」
リナートが微笑み、ヴァンの掌に自分の頬を擦り寄せた。
廊下の扉が蹴破られる音がしたのと同時に、ヴァンはリナートの腰を強く抱き寄せた。
「行くぞ!」
二人の影が夜の闇へと躍り出る。
重なり合う心臓の音を唯一の道標に、義賊の頭領と銀髪の青年は、自由な空へと飛び込んだ。
繋いだ手から伝わる熱だけが、今この瞬間、世界の何よりも確かな真実だった。
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