路頭に迷う超絶美形を拾ったら無自覚な懐かれ方が凄すぎて義賊の頭領の心臓が持ちません! ~初恋の難易度がカンストしてる件について~

たら昆布

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19話

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 石造りの廊下に、ヴァンの荒々しい足音が響く。
 普段なら堂々と胸を張って歩く彼だが、今朝ばかりは肩を縮め、逃げるように食堂へと急いでいた。
 背後からは、軽やかな靴音がリズムよく付いてくる。
「ヴァン、待ってください。まだ病み上がりなのですから、そんなに急いだらまたお熱が出てしまいますよ」
 リナートの心配そうな声が、ヴァンの鼓膜を容赦なく叩いた。
「……五月蝿いと言ってるだろ。もう平熱だ、ピンピンしてる」
 ヴァンは振り返らずに吐き捨てた。
 嘘ではない。熱は完全に引いている。しかし、リナートの声を聞くたびに、脳裏には昨夜の「行くな」と縋り付いた自分自身の醜態が、鮮明すぎる色彩を伴って蘇ってくる。
 (あんな……あんな情けない姿を見せちまって……)
 顔面が沸騰しそうなほど熱い。リナートと目が合うたびに、心臓が裏切り者のように跳ねる。

 食堂の重い木扉を蹴破るようにして開けると、既にログとメイが朝食を囲んでいた。
「おっ、頭領。お目覚めか? 顔が随分と赤いようだが、まだ知恵熱が引いてねえのかよ」
 ログが意地の悪い笑みを浮かべてエールを煽る。
「……、……黙ってろ。朝から騒がしいんだよ」
 ヴァンは乱暴に椅子を弾き、一番端の席に腰を下ろした。
 すかさず、リナートがヴァンの隣に座り、甲斐甲斐しくパンを千切り始める。
「ヴァン。今朝はメイさんが特製のお粥を温めてくれました。昨日の私のより、ずっと美味しそうです!」
「比べる対象が低すぎんだろ。……自分のは、あれはただの炭だった」
「あはは、そうですね。でもヴァン、全部食べてくれましたよね? 私、それが凄く嬉しくて」
 リナートが、ヴァンの顔を覗き込むようにして微笑んだ。
 翡翠色の瞳が、朝陽を反射して潤んでいる。その視線には、昨夜ヴァンの弱音をすべて受け止めた者だけが持つ、深い慈しみのような色が混じっていた。

 ヴァンは堪らず視線を逸らし、出されたスープにスプーンを突き立てた。
 立ち上る湯気と共に、干し肉とハーブの香りが鼻をくすぐる。本来なら食欲をそそるはずの匂いだが、今の彼にとっては、リナートから漂う清潔な石鹸の香りの方が、遥かに存在感を主張していた。
「……、……リナート」
「はい、ヴァン」
「昨日の夜のことなんだが」
 ヴァンは小声で、極力無表情を装いながら切り出した。
「昨夜?」
「……ああ。熱に浮かされて、何かおかしなことを口走った気がするが……全部、熱のせいだ。記憶も定かじゃねえし、お前も気にするな」
 それは、精一杯の「無かったことにしたい」という防衛本能からの言葉だった。

 リナートの手が止まった。
 彼は千切ったパンを皿に置くと、少しだけ眉を下げ、ヴァンの横顔をじっと見つめた。
「熱のせい……ですか。でもヴァン。あなたの心臓、私の背中ですごく力強く鳴っていましたよ。あれも熱のせいだったのでしょうか」
「……ッ!」
 ヴァンは危うくスープを吹き出しそうになった。
「お、お前……、何を、……誰が聞いてるか分かんねえだろ!」
「えっ、変なことは言っていませんよ? あんなに優しく抱きしめてもらったのは初めてだったので、私、忘れたくないなと思って」
 リナートは至って真面目な顔で、しかし頬を微かに染めて続けた。
「『離さない』って、三回も言ってくれました。嬉しくて、私、一晩中ずっと数えていたんです」

 ヴァンの周囲の空気が、凍りついたように静まり返る。
 向かいに座っていたログは、盛大にエールを吹き出した。
「くははは! 三回! 三回も言ったのかよヴァン! あー、おかしい。あの強面の頭領が、拾った美形を離さないってか!」
「ちょっと! リナート、もっと詳しく教えて! その後はどうなったの? 押し倒したの?」
 メイが目を輝かせて身を乗り出す。
「……、……、……殺すぞ、貴様ら」
 ヴァンは地を這うような低い声で言い、持っていたスプーンをミシリと曲げた。
 だが、どんなに威嚇しようとも、耳の先まで真っ赤に染まった彼の顔が、その迫力を台無しにしていた。

「……もういい。仕事だ。ログ、予定通り北の商人との接触を行うぞ」
 ヴァンは半分も減っていない食事を放置し、立ち上がった。
「あ、ヴァン! 私も行きます! あなたの隣に、ずっといるって約束しましたから」
 リナートが慌てて後を追う。
 ヴァンは、拠点を出るまで一度も後ろを振り返らなかった。
 冷たい外気が火照った頬を撫でるが、胸の奥で暴れる心臓は一向に静まる気配がない。
 リナートの足音が、規則正しくヴァンの後ろについてくる。その気配が近すぎるだけで、ヴァンの思考は昨夜の熱を思い出したかのように、白く霞んでいく。

 (離さないなんて……本気で言ったのか、俺は)
 自問自答しながら、ヴァンは自分の掌を強く握りしめた。
 リナートの手首を掴んだ時の、あの細く、温かい感触。
 あれを一度でも知ってしまった今、以前のような「ただの居候」という割り切り方は、もう不可能なのだと嫌でも分かってしまう。
 初恋の難易度は、今朝の眩しい太陽の下、さらにその値を跳ね上げていた。
 
 街へ向かう道中、リナートは何度もヴァンの袖を掴もうとしては、遠慮がちに指を引っ込めた。
 ヴァンはそれに気づきながらも、どうしても自分から手を差し出すことができない。
 ギクシャクとした二人の距離は、王都の賑わいの中へと溶け込んでいく。
 その背後で、かつてない危機が彼らを狙っているとも知らずに。
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