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27話
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石造りの拠点は、夜明け前の深い闇に沈んでいた。
暖炉の中で爆ぜる薪の音が、静まり返った部屋に規則的なリズムを刻む。燻る木の香りが鼻腔をくすぐり、逃走で冷え切った身体を徐々に解かしていく。
ヴァンは上半身の衣類を脱ぎ捨て、寝椅子に深く腰を下ろしていた。肩の傷口は、アラリックの剣が掠めた痕が赤く腫れ上がり、脈打つような熱を持っている。
「ヴァン。動かないでください。薬が塗りにくいです」
目の前で膝をつくリナートが、銀髪を揺らしながら小さな瓶を掲げた。
彼の指先が、ヴァンの熱を帯びた肌に触れる。吸い付くような柔らかな感触。ヴァンは思わず息を詰め、背後の壁に後頭部を預けた。
「……、……あのアホ騎士め。余計な置き土産を残していきやがって」
「でも、ヴァンが私を守ってくれた証拠です。この傷跡さえ、私には宝石より眩しく見えます」
リナートが翡翠色の瞳を細め、湿らせた布で傷口を優しく拭う。
冷たい水の刺激と、リナートの指先から伝わる甘い体温。その相反する感覚が、ヴァンの神経を鋭く逆なでし、意識を一点に集中させる。
ヴァンは視線を泳がせ、暖炉の炎を見つめた。
リナートの細い指が、ヴァンの逞しい鎖骨をなぞり、包帯を回していく。距離が近すぎる。リナートの吐息がヴァンの鎖骨をかすめるたび、ヴァンの喉仏が大きく上下した。
王宮から奪い返したこの「至宝」は、今や汚れを拭い去り、月光を反射する純白の姿を取り戻している。だが、その瞳に宿る熱だけは、出会った頃の無垢な光とは明らかに異なっていた。
「……リナート」
「はい、ヴァン」
「……お前、本当に後悔してねえんだろうな。豪華な城も、贅沢な飯も、全部捨ててきたんだぞ」
ヴァンの声が低く、部屋の隅々にまで染み渡る。
リナートは包帯を留める手を止め、ゆっくりと顔を上げた。
至近距離で見つめ合う二人の影が、暖炉の火に照らされて壁に大きく揺れる。
「後悔なんて、意味の分からない言葉です。私は今、こうしてヴァンの心臓の音を近くで聞けている。それだけで、お腹がいっぱいになるほど幸せですから」
リナートがヴァンの左胸に、そっと掌を重ねた。
ドク、ドク、と。
自分でも制御できない速度で、ヴァンの心臓が肋骨を叩き壊さんばかりに暴れている。それがリナートの掌を通じて、部屋全体の空気を震わせる。
「……、……お前、自分が何を言ってるか分かってんのか」
ヴァンの手が、リナートの細い首筋へと伸びる。
震える指先。触れれば壊れてしまいそうな繊細な肌を、ヴァンは慈しむように、そして二度と逃がさないという執念を込めて引き寄せた。
リナートは躊躇することなく、ヴァンの腕の中にその身を預けた。
柔らかな髪がヴァンの顎をくすぐり、彼自身の甘い香りが全身を包み込む。
ヴァンはリナートの背中に回した腕に力を込め、その存在を自分の血肉に刻み込むように抱きしめた。
「……離さねえ。何が起きても、誰が来ても、もう絶対に離さねえからな」
「はい。私も、ヴァンを一生独り占めにします。王宮の宝物庫にあるどんな金貨よりも、私は強欲なんですよ?」
リナートがくすくすと笑い、ヴァンの首筋に額を擦り寄せる。
その無防備な信頼が、ヴァンの胸の奥に燻っていた独占欲という名の炎に、さらなる薪を投下した。
窓の外では、夜明けの蒼い光が世界を塗り替え始めている。
ヴァンはリナートの温もりを噛み締めながら、ようやく訪れた静寂の中で目を閉じた。
初恋の難易度は、もはや測定不能な領域にまで達していた。
だが、この手の中に収まった唯一無二の光があれば、どんな険しい道も、地獄の果てさえも、楽園へと変えられる気がしていた。
「……帰るぞ、リナート。俺たちの居場所へ」
「はい、ヴァン。私の、たった一人の騎士様」
重なり合う二人の体温が、朝靄の立ち込める拠点の中で、静かに、そして強く溶け合っていった。
暖炉の中で爆ぜる薪の音が、静まり返った部屋に規則的なリズムを刻む。燻る木の香りが鼻腔をくすぐり、逃走で冷え切った身体を徐々に解かしていく。
ヴァンは上半身の衣類を脱ぎ捨て、寝椅子に深く腰を下ろしていた。肩の傷口は、アラリックの剣が掠めた痕が赤く腫れ上がり、脈打つような熱を持っている。
「ヴァン。動かないでください。薬が塗りにくいです」
目の前で膝をつくリナートが、銀髪を揺らしながら小さな瓶を掲げた。
彼の指先が、ヴァンの熱を帯びた肌に触れる。吸い付くような柔らかな感触。ヴァンは思わず息を詰め、背後の壁に後頭部を預けた。
「……、……あのアホ騎士め。余計な置き土産を残していきやがって」
「でも、ヴァンが私を守ってくれた証拠です。この傷跡さえ、私には宝石より眩しく見えます」
リナートが翡翠色の瞳を細め、湿らせた布で傷口を優しく拭う。
冷たい水の刺激と、リナートの指先から伝わる甘い体温。その相反する感覚が、ヴァンの神経を鋭く逆なでし、意識を一点に集中させる。
ヴァンは視線を泳がせ、暖炉の炎を見つめた。
リナートの細い指が、ヴァンの逞しい鎖骨をなぞり、包帯を回していく。距離が近すぎる。リナートの吐息がヴァンの鎖骨をかすめるたび、ヴァンの喉仏が大きく上下した。
王宮から奪い返したこの「至宝」は、今や汚れを拭い去り、月光を反射する純白の姿を取り戻している。だが、その瞳に宿る熱だけは、出会った頃の無垢な光とは明らかに異なっていた。
「……リナート」
「はい、ヴァン」
「……お前、本当に後悔してねえんだろうな。豪華な城も、贅沢な飯も、全部捨ててきたんだぞ」
ヴァンの声が低く、部屋の隅々にまで染み渡る。
リナートは包帯を留める手を止め、ゆっくりと顔を上げた。
至近距離で見つめ合う二人の影が、暖炉の火に照らされて壁に大きく揺れる。
「後悔なんて、意味の分からない言葉です。私は今、こうしてヴァンの心臓の音を近くで聞けている。それだけで、お腹がいっぱいになるほど幸せですから」
リナートがヴァンの左胸に、そっと掌を重ねた。
ドク、ドク、と。
自分でも制御できない速度で、ヴァンの心臓が肋骨を叩き壊さんばかりに暴れている。それがリナートの掌を通じて、部屋全体の空気を震わせる。
「……、……お前、自分が何を言ってるか分かってんのか」
ヴァンの手が、リナートの細い首筋へと伸びる。
震える指先。触れれば壊れてしまいそうな繊細な肌を、ヴァンは慈しむように、そして二度と逃がさないという執念を込めて引き寄せた。
リナートは躊躇することなく、ヴァンの腕の中にその身を預けた。
柔らかな髪がヴァンの顎をくすぐり、彼自身の甘い香りが全身を包み込む。
ヴァンはリナートの背中に回した腕に力を込め、その存在を自分の血肉に刻み込むように抱きしめた。
「……離さねえ。何が起きても、誰が来ても、もう絶対に離さねえからな」
「はい。私も、ヴァンを一生独り占めにします。王宮の宝物庫にあるどんな金貨よりも、私は強欲なんですよ?」
リナートがくすくすと笑い、ヴァンの首筋に額を擦り寄せる。
その無防備な信頼が、ヴァンの胸の奥に燻っていた独占欲という名の炎に、さらなる薪を投下した。
窓の外では、夜明けの蒼い光が世界を塗り替え始めている。
ヴァンはリナートの温もりを噛み締めながら、ようやく訪れた静寂の中で目を閉じた。
初恋の難易度は、もはや測定不能な領域にまで達していた。
だが、この手の中に収まった唯一無二の光があれば、どんな険しい道も、地獄の果てさえも、楽園へと変えられる気がしていた。
「……帰るぞ、リナート。俺たちの居場所へ」
「はい、ヴァン。私の、たった一人の騎士様」
重なり合う二人の体温が、朝靄の立ち込める拠点の中で、静かに、そして強く溶け合っていった。
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