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19話
「湊……くん」
駆け込んできた湊の姿に、遥の声が震えた。
湊の呼吸は激しく乱れ、いつも完璧に整えられているはずのスーツは皺が寄り、ネクタイも緩んでいる。何よりもその瞳が、絶望と怒りに塗り潰されていた。彼は父親である会長を一瞥もせず、一直線に遥のもとへ歩み寄ると、その肩を壊さんばかりの力で抱き寄せた。
「遥、大丈夫か。こいつに、何を吹き込まれた」
「湊……十年前のこと、本当なの?」
遥の問いに、湊の動きがピタリと止まった。その指先が、目に見えて微かに震え始める。
傍らで、会長が冷酷な声を響かせた。
「隠しても無駄だ、湊。お前が高校時代、瀬戸くんを孤立させるために裏で行った工作も、私との取引の内容も、すべて話した。お前の愛がいかに醜く、利己的なものであるかをな」
沈黙が部屋を支配する。湊は長い睫毛を伏せ、重苦しい溜息を吐いた。そして、ゆっくりと遥に向き直ると、その瞳には逃げようのない、暗く深い真実が宿っていた。
「……そうだ。すべて本当だ、遥」
その告白は、遥の胸を鋭く貫いた。
「お前の周りにいる奴らが全員、お前から離れてしまえばいいと思っていた。そうすれば、お前は俺だけを頼り、俺だけを見てくれると……。お前を避けたのも、親父に逆らってお前をこれ以上傷つけないためだったなんて、そんな綺麗な理由じゃない。俺は、お前が俺なしでは生きていけない体になるまで、時間をかけて外堀を埋めたかっただけだ」
湊の声は淡々としていたが、その掌からは、痛いほどの熱と恐怖が伝わってくる。
「……俺は最低な男だ。お前を愛していると言いながら、俺が愛しているのはお前を支配している自分自身なのかもしれない。……これを聞いても、まだ俺のそばにいたいと思うか?」
湊の手が、遥の肩からゆっくりと離れていく。突き放そうとしているのではない。自分のような汚れた存在が、遥に触れ続けていいのかという、初めて見せる「氷の貴公子」の自責と迷いだった。
遥は、自分の足元が崩れていくような感覚に陥った。
十年間、湊の背中を追い続けてきた。自分を嫌っているのだと思い込み、それでも諦めきれなかったあの切ない日々。その裏で、湊はこれほどまでに暗く、重い情念を抱えて自分を「獲物」として見守っていたのだ。
恐怖がないと言えば嘘になる。目の前の男は、自分の人生を歪ませてでも、自分を手に入れようとした狂信者だ。
けれど。
「……どうして、そんなに悲しそうな顔をするの」
遥の口から出たのは、拒絶の言葉ではなかった。
遥は離れようとする湊の手を、自ら強く握りしめた。
「十年前、僕が独りぼっちになった時……。最後に僕を助けてくれたのは、やっぱり湊だったよ。湊が僕を避けていた間、僕は死ぬほど寂しかったけど、それでも湊のことが嫌いになれなかった。……湊が僕を支配したいと思っている以上に、僕は、湊に支配されたいと思っていたのかもしれない」
「遥……何を言って……」
「湊くんの愛が歪んでるなら、僕の愛だってきっと、まともじゃないんだ」
遥は湊の胸に顔を埋めた。聞こえてくる鼓動は、エリートのそれではなく、ただ一人の愛する者を失いたくないと泣いている、一人の男の心音だった。
「会長さん、僕はどこにも行きません。湊くんが地獄に落ちるというなら、僕も一緒に落ちます。……それが僕の選んだ、湊くんへの答えです」
湊の体が、大きく震えた。彼は壊れ物を扱うような手つきで、遥の背中に腕を回し、そのまま強く、強く抱きしめた。
「……ああ、遥。……愛してる。お前を、絶対に離さない。たとえ世界中を敵に回しても」
湊の目から、一筋の涙が遥の肩に零れ落ちた。
それは「氷の貴公子」が初めて流した、あまりに重く、執着に満ちた愛の証明だった。
駆け込んできた湊の姿に、遥の声が震えた。
湊の呼吸は激しく乱れ、いつも完璧に整えられているはずのスーツは皺が寄り、ネクタイも緩んでいる。何よりもその瞳が、絶望と怒りに塗り潰されていた。彼は父親である会長を一瞥もせず、一直線に遥のもとへ歩み寄ると、その肩を壊さんばかりの力で抱き寄せた。
「遥、大丈夫か。こいつに、何を吹き込まれた」
「湊……十年前のこと、本当なの?」
遥の問いに、湊の動きがピタリと止まった。その指先が、目に見えて微かに震え始める。
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「隠しても無駄だ、湊。お前が高校時代、瀬戸くんを孤立させるために裏で行った工作も、私との取引の内容も、すべて話した。お前の愛がいかに醜く、利己的なものであるかをな」
沈黙が部屋を支配する。湊は長い睫毛を伏せ、重苦しい溜息を吐いた。そして、ゆっくりと遥に向き直ると、その瞳には逃げようのない、暗く深い真実が宿っていた。
「……そうだ。すべて本当だ、遥」
その告白は、遥の胸を鋭く貫いた。
「お前の周りにいる奴らが全員、お前から離れてしまえばいいと思っていた。そうすれば、お前は俺だけを頼り、俺だけを見てくれると……。お前を避けたのも、親父に逆らってお前をこれ以上傷つけないためだったなんて、そんな綺麗な理由じゃない。俺は、お前が俺なしでは生きていけない体になるまで、時間をかけて外堀を埋めたかっただけだ」
湊の声は淡々としていたが、その掌からは、痛いほどの熱と恐怖が伝わってくる。
「……俺は最低な男だ。お前を愛していると言いながら、俺が愛しているのはお前を支配している自分自身なのかもしれない。……これを聞いても、まだ俺のそばにいたいと思うか?」
湊の手が、遥の肩からゆっくりと離れていく。突き放そうとしているのではない。自分のような汚れた存在が、遥に触れ続けていいのかという、初めて見せる「氷の貴公子」の自責と迷いだった。
遥は、自分の足元が崩れていくような感覚に陥った。
十年間、湊の背中を追い続けてきた。自分を嫌っているのだと思い込み、それでも諦めきれなかったあの切ない日々。その裏で、湊はこれほどまでに暗く、重い情念を抱えて自分を「獲物」として見守っていたのだ。
恐怖がないと言えば嘘になる。目の前の男は、自分の人生を歪ませてでも、自分を手に入れようとした狂信者だ。
けれど。
「……どうして、そんなに悲しそうな顔をするの」
遥の口から出たのは、拒絶の言葉ではなかった。
遥は離れようとする湊の手を、自ら強く握りしめた。
「十年前、僕が独りぼっちになった時……。最後に僕を助けてくれたのは、やっぱり湊だったよ。湊が僕を避けていた間、僕は死ぬほど寂しかったけど、それでも湊のことが嫌いになれなかった。……湊が僕を支配したいと思っている以上に、僕は、湊に支配されたいと思っていたのかもしれない」
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