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5話
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「……アルヴィス、今日はちょっとお願いがあるんだけど」
土曜日の午前中。快晴の空の下、結弦は玄関でスニーカーを履きながら、後ろに控える大男に声をかけた。
アルヴィスは、結弦が昨日貸し出した大きめのパーカーのフードを被り、真剣な面持ちで頷く。
「はい、ユヅル。何なりとお申し付けください。ついに隣国の視察……いえ、買い出しという名の遠征ですね?」
「遠征ってほど遠くないから。すぐそこにあるコンビニに行くだけ。いい? 外に出たら目立つ行動は禁止。それから、変な言葉も使わないこと」
「心得ております。……ところで、その『こんびに』とは、どのような場所なのですか?」
「……何でも揃う、二十四時間開いてるお店だよ」
結弦の説明に、アルヴィスは息を呑んだ。
「二十四時間……!? つまり、不眠不休の精霊たちが交代で店を守護していると? なんという過酷な労働環境。その『こんびに』の主は、相当な暴君に違いありません」
「違うから。普通のバイトの人たちが働いてるだけだから。あ、あと『暴君』とか言わないの。普通のお店なんだから」
結弦は溜息をつき、アルヴィスを連れて外に出た。
身長一九〇センチ近い金髪の美男子が歩けば、住宅街では嫌でも目立つ。結弦はなるべく人目を避けるように歩調を早めた。
「……ユヅル。この地には、なぜこれほどまでに滑らかな石の道が続いているのですか? 王都の目抜き通りですら、これほど平坦ではありません。もしや、大地の土木魔法を極めた者が……」
「アスファルト。魔法じゃなくて重機で固めたの。はい、着いたよ」
自動ドアの前に立つと、センサーが反応して『ピンポーン』という軽快なチャイムとともにドアが開いた。
「なっ……!? 主、下がってください! 見えない魔力が扉を左右に引き裂きましたぞ!」
「引き裂いてないから。センサーが反応しただけ。いいから入って」
結弦は、腰を落として警戒態勢に入るアルヴィスの背中を押し、強引に店内へと促した。
一歩足を踏み入れた瞬間、アルヴィスは呆然と立ち尽くした。
「……何だ、ここは。光の壁、整然と並ぶ色とりどりの宝物……。そして、この涼やかな空気。外の暑さが嘘のようです。これが聖なる冷気の……」
「エアコン。冷房。……あ、ほら、これ。アルヴィスが昨日『美味い』って言ってたポテトチップス」
結弦がスナック菓子コーナーを指差すと、アルヴィスは雷に打たれたような衝撃を受けていた。
「な、なんと……! あの至高の揚げ物料理が、これほど大量に積まれているとは。ユヅル、この国は黄金の国なのですか? それとも、私は今、夢を見ているのでしょうか」
「ただの百二十円。ほら、そんなにまじまじ見ない。不審者だと思われるから」
アルヴィスは、おそるおそる一袋を手に取った。
袋の中でカサカサと鳴る音にさえ、「むっ、封印された精霊の囁きか……」と耳を澄ませている。
「アルヴィス、それ。精霊じゃなくて乾燥剤の音だと思う。あと、こっちがドリンクコーナー」
透明な冷蔵ケースの向こう側に並ぶ、無数のペットボトル。
アルヴィスは顔を近づけ、一つ一つのラベルを真剣な目つきで確認し始めた。
「……この『コーラ』という黒い液体。邪悪な魔力を感じますが、もしや暗黒騎士の滋養強壮剤ですか?」
「ただの炭酸飲料。シュワシュワするだけ」
「炭酸……。泡の攻撃を受ける飲み物……。この地の民は、なんと強靭な胃袋を持っているのだ。……あ! ユヅル、見てください! あそこに、光り輝く宝箱が!」
アルヴィスが指差したのは、レジ横にあるホットスナックの什器だった。
オレンジ色のライトに照らされたチキンやアメリカンドッグが、勇者の目には伝説の秘宝のように映ったらしい。
「あれは『ファミチキ』。美味しいけど、今は買わないよ。今日は晩ご飯の買い出しだから」
「ファミチキ……。ああ、なんという心惹かれる響きだ……。ユヅル、この『こんびに』という場所は、あらゆる欲望を叶える魔法の宝物庫なのですね」
「魔法じゃなくて、ただの流通の勝利。……はい、カゴ持って。そこにこれ入れて」
結弦は次々と牛乳や卵、パンをカゴに放り込んでいく。
アルヴィスは「重いものは私が!」と甲斐甲斐しくカゴを持ち、結弦の三歩後ろをピッタリとついて歩いた。その姿は、買い物についてきた大型犬そのものだ。
レジにて、店員がバーコードを読み取るたびに、アルヴィスは「ピッと鳴るたびに価値が定められていく……恐るべき鑑定魔法だ」と小声で戦慄していたが、結弦はそれを完全に無視した。
「ありがとうございましたー」
店を出たところで、アルヴィスは大切そうにレジ袋を抱え、深々と溜息をついた。
「ユヅル。私は今日、この国の真理の一端を垣間見た気がします」
「……ただ買い物しただけだよ」
「いいえ。誰でも等しく『ファミチキ』という恵みを得られる場所……。我が国にもこのような場所があれば、争いの半分は無くなっていたことでしょう。そして、それを私に教えてくれたユヅル……やはりあなたは、私を導く聖なる……」
「聖なる、は禁止。……ほら、帰ってご飯作ろう。今日はアルヴィスが気に入ったから、唐揚げにするよ」
「カラアゲ! あの『ファミチキ』に近い、究極の肉料理ですね! 了解しました、主!」
「主も禁止。……まあ、いいか。帰ろ」
夕暮れ時の街路樹の下、大きなレジ袋を下げた勇者と、その後ろを歩く少し疲れた顔のサラリーマン。
アルヴィスは時折、袋の中のポテトチップスを覗き込んでは、嬉しそうに鼻歌を歌っていた。
どうやら勇者様にとって、現代日本のコンビニは、どんな異世界のダンジョンよりも魅力的で、そして平和な場所だったようである。
結弦は、明日からまた始まる仕事の憂鬱が、アルヴィスの呑気な笑顔のせいで少しだけ遠のいていくのを感じていた。
土曜日の午前中。快晴の空の下、結弦は玄関でスニーカーを履きながら、後ろに控える大男に声をかけた。
アルヴィスは、結弦が昨日貸し出した大きめのパーカーのフードを被り、真剣な面持ちで頷く。
「はい、ユヅル。何なりとお申し付けください。ついに隣国の視察……いえ、買い出しという名の遠征ですね?」
「遠征ってほど遠くないから。すぐそこにあるコンビニに行くだけ。いい? 外に出たら目立つ行動は禁止。それから、変な言葉も使わないこと」
「心得ております。……ところで、その『こんびに』とは、どのような場所なのですか?」
「……何でも揃う、二十四時間開いてるお店だよ」
結弦の説明に、アルヴィスは息を呑んだ。
「二十四時間……!? つまり、不眠不休の精霊たちが交代で店を守護していると? なんという過酷な労働環境。その『こんびに』の主は、相当な暴君に違いありません」
「違うから。普通のバイトの人たちが働いてるだけだから。あ、あと『暴君』とか言わないの。普通のお店なんだから」
結弦は溜息をつき、アルヴィスを連れて外に出た。
身長一九〇センチ近い金髪の美男子が歩けば、住宅街では嫌でも目立つ。結弦はなるべく人目を避けるように歩調を早めた。
「……ユヅル。この地には、なぜこれほどまでに滑らかな石の道が続いているのですか? 王都の目抜き通りですら、これほど平坦ではありません。もしや、大地の土木魔法を極めた者が……」
「アスファルト。魔法じゃなくて重機で固めたの。はい、着いたよ」
自動ドアの前に立つと、センサーが反応して『ピンポーン』という軽快なチャイムとともにドアが開いた。
「なっ……!? 主、下がってください! 見えない魔力が扉を左右に引き裂きましたぞ!」
「引き裂いてないから。センサーが反応しただけ。いいから入って」
結弦は、腰を落として警戒態勢に入るアルヴィスの背中を押し、強引に店内へと促した。
一歩足を踏み入れた瞬間、アルヴィスは呆然と立ち尽くした。
「……何だ、ここは。光の壁、整然と並ぶ色とりどりの宝物……。そして、この涼やかな空気。外の暑さが嘘のようです。これが聖なる冷気の……」
「エアコン。冷房。……あ、ほら、これ。アルヴィスが昨日『美味い』って言ってたポテトチップス」
結弦がスナック菓子コーナーを指差すと、アルヴィスは雷に打たれたような衝撃を受けていた。
「な、なんと……! あの至高の揚げ物料理が、これほど大量に積まれているとは。ユヅル、この国は黄金の国なのですか? それとも、私は今、夢を見ているのでしょうか」
「ただの百二十円。ほら、そんなにまじまじ見ない。不審者だと思われるから」
アルヴィスは、おそるおそる一袋を手に取った。
袋の中でカサカサと鳴る音にさえ、「むっ、封印された精霊の囁きか……」と耳を澄ませている。
「アルヴィス、それ。精霊じゃなくて乾燥剤の音だと思う。あと、こっちがドリンクコーナー」
透明な冷蔵ケースの向こう側に並ぶ、無数のペットボトル。
アルヴィスは顔を近づけ、一つ一つのラベルを真剣な目つきで確認し始めた。
「……この『コーラ』という黒い液体。邪悪な魔力を感じますが、もしや暗黒騎士の滋養強壮剤ですか?」
「ただの炭酸飲料。シュワシュワするだけ」
「炭酸……。泡の攻撃を受ける飲み物……。この地の民は、なんと強靭な胃袋を持っているのだ。……あ! ユヅル、見てください! あそこに、光り輝く宝箱が!」
アルヴィスが指差したのは、レジ横にあるホットスナックの什器だった。
オレンジ色のライトに照らされたチキンやアメリカンドッグが、勇者の目には伝説の秘宝のように映ったらしい。
「あれは『ファミチキ』。美味しいけど、今は買わないよ。今日は晩ご飯の買い出しだから」
「ファミチキ……。ああ、なんという心惹かれる響きだ……。ユヅル、この『こんびに』という場所は、あらゆる欲望を叶える魔法の宝物庫なのですね」
「魔法じゃなくて、ただの流通の勝利。……はい、カゴ持って。そこにこれ入れて」
結弦は次々と牛乳や卵、パンをカゴに放り込んでいく。
アルヴィスは「重いものは私が!」と甲斐甲斐しくカゴを持ち、結弦の三歩後ろをピッタリとついて歩いた。その姿は、買い物についてきた大型犬そのものだ。
レジにて、店員がバーコードを読み取るたびに、アルヴィスは「ピッと鳴るたびに価値が定められていく……恐るべき鑑定魔法だ」と小声で戦慄していたが、結弦はそれを完全に無視した。
「ありがとうございましたー」
店を出たところで、アルヴィスは大切そうにレジ袋を抱え、深々と溜息をついた。
「ユヅル。私は今日、この国の真理の一端を垣間見た気がします」
「……ただ買い物しただけだよ」
「いいえ。誰でも等しく『ファミチキ』という恵みを得られる場所……。我が国にもこのような場所があれば、争いの半分は無くなっていたことでしょう。そして、それを私に教えてくれたユヅル……やはりあなたは、私を導く聖なる……」
「聖なる、は禁止。……ほら、帰ってご飯作ろう。今日はアルヴィスが気に入ったから、唐揚げにするよ」
「カラアゲ! あの『ファミチキ』に近い、究極の肉料理ですね! 了解しました、主!」
「主も禁止。……まあ、いいか。帰ろ」
夕暮れ時の街路樹の下、大きなレジ袋を下げた勇者と、その後ろを歩く少し疲れた顔のサラリーマン。
アルヴィスは時折、袋の中のポテトチップスを覗き込んでは、嬉しそうに鼻歌を歌っていた。
どうやら勇者様にとって、現代日本のコンビニは、どんな異世界のダンジョンよりも魅力的で、そして平和な場所だったようである。
結弦は、明日からまた始まる仕事の憂鬱が、アルヴィスの呑気な笑顔のせいで少しだけ遠のいていくのを感じていた。
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