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10話
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「ユヅル! 朗報です。この『すまほ』という薄い板状の魔導書……いえ、精密機器の扱いを完全にマスターしました!」
ある平日の昼下がり、結弦のスマートフォンがデスクの上で激しく震えた。
仕事の合間に画面を確認した結弦は、思わずコーヒーを吹き出しそうになる。通知画面がアルヴィスからのメッセージで埋め尽くされていたからだ。
アルヴィス:『ユヅル、今日の天気は快晴です。洗濯機という名の水流発生装置も、機嫌よく稼働しました』
アルヴィス:『先ほど、画面の端にいた「茶色い熊」を召喚しました。彼が会釈をしています。見てください』
アルヴィス:『(お辞儀をするクマのスタンプ)』
アルヴィス:『(キラキラしたエフェクト付きのクマのスタンプ)』
アルヴィス:『返信がありませんが、もしやまた「ざんぎょう」という名の魔物に捕まったのですか!?』
「……これ、スタンプって教えたっけな」
結弦は周囲の同僚に気づかれないよう、机の下で素早く『仕事中だから、緊急時以外はスタンプ送らないで』と返信した。
だが、その一秒後には『了解しました! これは緊急事態ではなく、親愛の情の表れです!』という元気なメッセージと共に、今度はマッチョなウサギが親指を立てているシュールなスタンプが送られてきた。
どうやらアルヴィスは、スマートフォンの「文字を入力する」という行為よりも、「絵を飛ばす」というスタンプの機能に魅了されてしまったらしい。
仕事を終えて帰宅すると、アルヴィスはソファに正座し、眉間にシワを寄せて画面を凝視していた。
「おかえりなさい、ユヅル! いま、この『らいん』という通信魔法の奥義を研究していたところです」
「……ただのメッセージアプリだよ。っていうか、スタンプ送りすぎ。僕のスマホ、ずっと震えてたんだから」
「申し訳ありません。ですが、この小さな絵の中にこれほどまでの感情が込められているとは……。言葉を介さずとも、私の『感謝』や『尊敬』を瞬時にあなたに届けられる。なんと効率的で素晴らしい道具なのでしょう」
アルヴィスは、画面の中で動くウサギのスタンプを指差して、感銘を受けたように頷いた。
「この耳の長い獣が激しく踊る姿は、まさに私の今の喜びを体現しています。ユヅルに会えた時の私の心境そのものです!」
「……そうなんだ。まあ、喜んでるならいいけど。でも、あんまり変なスタンプを買いすぎないでね。それ、僕のカードから引かれるんだから」
「カード……。あ、あの黒い板の魔力(クレジット)を使うのですね。心得ました。では、これからは厳選した一撃を放つことにします」
そう言って、アルヴィスは画面をスワイプし始めた。
結弦が隣に座って画面を覗き込むと、そこにはアルヴィスが自力で探し出したらしい「騎士と姫」や「大型犬の日常」といった、妙に自分たちの状況に近いスタンプが並んでいる。
「ユヅル、見てください。この『尻尾を振る犬』。これが私です」
「……うん、似てるね。自分でも自覚あるんだ」
「そして、この『困った顔で微笑む聖者様』。これがあなたです」
「僕はそんな顔してないと思うけど……」
アルヴィスは楽しそうに画面を操作し、結弦の目の前でスタンプを一つ送信した。
結弦のポケットで『ピコーン』と音が鳴る。画面を開くと、そこには「お疲れ様です! 今日もあなたが一番です!」という文字と共に、ひまわりを抱えたライオンのスタンプが表示されていた。
「……これ、どこで見つけてくるの」
「この『すとあ』という場所には、無限の表現が眠っています。ユヅル、私はこの道具を使って、あなたが仕事で疲れている時に、いつでも元気を送りたいのです。……迷惑、でしょうか?」
少し不安そうに覗き込んでくる空色の瞳。
その真っ直ぐな好意に、結弦は毒気を抜かれてしまった。
ブラック企業の殺伐としたチャットツールや、形式的なメールばかりを見ている毎日の中で、この支離滅裂でカラフルなスタンプ爆撃は、意外と救いになっているのかもしれない。
「……迷惑じゃないよ。でも、一回につき三つまでにして。それ以上は通知がうるさいから」
「三つ! 三回もの加護(スタンプ)が許されるのですね! 感謝します!」
アルヴィスは嬉しそうにスマホを抱きしめた。
その姿を見て、結弦はふと思った。
最初はこの世界に放り出されて怯えていた勇者が、今では自分で情報を探し、新しいコミュニケーションを楽しんでいる。
言葉こそまだ少し浮世離れしているが、彼は着実にこの現代日本という「異世界」に適応しようとしていた。
「あ、ユヅル。今、お隣の田中さんからメッセージが届きました」
「えっ、いつの間に連絡先交換したの?」
「昨日、ゴミ出しという名の清掃任務の際、この『ふるふる』という儀式を行いました。田中さんから『美味しい大根があるから取りに来て』という召喚命令が出ています」
「……召喚命令じゃなくて、お裾分けね。……はぁ、僕より社交的じゃないか」
結弦は笑いながら、アルヴィスの背中を押してキッチンへ向かった。
「スマホ」という名の魔導書を手に入れた勇者は、今やアパートの住人たちとも繋がり、結弦の日常をより一層騒がしく、そして鮮やかに彩り始めている。
その夜、寝る前に結弦のスマホに届いた最後のメッセージは、
『おやすみなさい、ユヅル。明日もあなたの盾となります』
という文字と、ぐっすり眠る子犬のスタンプだった。
結弦はそれを読み、小さく笑ってから、自分も初めて「おやすみ」と一言だけ返した。
それだけで、アルヴィスが隣のソファで「おおおっ!」と歓喜の声を上げたのは、言うまでもない。
ある平日の昼下がり、結弦のスマートフォンがデスクの上で激しく震えた。
仕事の合間に画面を確認した結弦は、思わずコーヒーを吹き出しそうになる。通知画面がアルヴィスからのメッセージで埋め尽くされていたからだ。
アルヴィス:『ユヅル、今日の天気は快晴です。洗濯機という名の水流発生装置も、機嫌よく稼働しました』
アルヴィス:『先ほど、画面の端にいた「茶色い熊」を召喚しました。彼が会釈をしています。見てください』
アルヴィス:『(お辞儀をするクマのスタンプ)』
アルヴィス:『(キラキラしたエフェクト付きのクマのスタンプ)』
アルヴィス:『返信がありませんが、もしやまた「ざんぎょう」という名の魔物に捕まったのですか!?』
「……これ、スタンプって教えたっけな」
結弦は周囲の同僚に気づかれないよう、机の下で素早く『仕事中だから、緊急時以外はスタンプ送らないで』と返信した。
だが、その一秒後には『了解しました! これは緊急事態ではなく、親愛の情の表れです!』という元気なメッセージと共に、今度はマッチョなウサギが親指を立てているシュールなスタンプが送られてきた。
どうやらアルヴィスは、スマートフォンの「文字を入力する」という行為よりも、「絵を飛ばす」というスタンプの機能に魅了されてしまったらしい。
仕事を終えて帰宅すると、アルヴィスはソファに正座し、眉間にシワを寄せて画面を凝視していた。
「おかえりなさい、ユヅル! いま、この『らいん』という通信魔法の奥義を研究していたところです」
「……ただのメッセージアプリだよ。っていうか、スタンプ送りすぎ。僕のスマホ、ずっと震えてたんだから」
「申し訳ありません。ですが、この小さな絵の中にこれほどまでの感情が込められているとは……。言葉を介さずとも、私の『感謝』や『尊敬』を瞬時にあなたに届けられる。なんと効率的で素晴らしい道具なのでしょう」
アルヴィスは、画面の中で動くウサギのスタンプを指差して、感銘を受けたように頷いた。
「この耳の長い獣が激しく踊る姿は、まさに私の今の喜びを体現しています。ユヅルに会えた時の私の心境そのものです!」
「……そうなんだ。まあ、喜んでるならいいけど。でも、あんまり変なスタンプを買いすぎないでね。それ、僕のカードから引かれるんだから」
「カード……。あ、あの黒い板の魔力(クレジット)を使うのですね。心得ました。では、これからは厳選した一撃を放つことにします」
そう言って、アルヴィスは画面をスワイプし始めた。
結弦が隣に座って画面を覗き込むと、そこにはアルヴィスが自力で探し出したらしい「騎士と姫」や「大型犬の日常」といった、妙に自分たちの状況に近いスタンプが並んでいる。
「ユヅル、見てください。この『尻尾を振る犬』。これが私です」
「……うん、似てるね。自分でも自覚あるんだ」
「そして、この『困った顔で微笑む聖者様』。これがあなたです」
「僕はそんな顔してないと思うけど……」
アルヴィスは楽しそうに画面を操作し、結弦の目の前でスタンプを一つ送信した。
結弦のポケットで『ピコーン』と音が鳴る。画面を開くと、そこには「お疲れ様です! 今日もあなたが一番です!」という文字と共に、ひまわりを抱えたライオンのスタンプが表示されていた。
「……これ、どこで見つけてくるの」
「この『すとあ』という場所には、無限の表現が眠っています。ユヅル、私はこの道具を使って、あなたが仕事で疲れている時に、いつでも元気を送りたいのです。……迷惑、でしょうか?」
少し不安そうに覗き込んでくる空色の瞳。
その真っ直ぐな好意に、結弦は毒気を抜かれてしまった。
ブラック企業の殺伐としたチャットツールや、形式的なメールばかりを見ている毎日の中で、この支離滅裂でカラフルなスタンプ爆撃は、意外と救いになっているのかもしれない。
「……迷惑じゃないよ。でも、一回につき三つまでにして。それ以上は通知がうるさいから」
「三つ! 三回もの加護(スタンプ)が許されるのですね! 感謝します!」
アルヴィスは嬉しそうにスマホを抱きしめた。
その姿を見て、結弦はふと思った。
最初はこの世界に放り出されて怯えていた勇者が、今では自分で情報を探し、新しいコミュニケーションを楽しんでいる。
言葉こそまだ少し浮世離れしているが、彼は着実にこの現代日本という「異世界」に適応しようとしていた。
「あ、ユヅル。今、お隣の田中さんからメッセージが届きました」
「えっ、いつの間に連絡先交換したの?」
「昨日、ゴミ出しという名の清掃任務の際、この『ふるふる』という儀式を行いました。田中さんから『美味しい大根があるから取りに来て』という召喚命令が出ています」
「……召喚命令じゃなくて、お裾分けね。……はぁ、僕より社交的じゃないか」
結弦は笑いながら、アルヴィスの背中を押してキッチンへ向かった。
「スマホ」という名の魔導書を手に入れた勇者は、今やアパートの住人たちとも繋がり、結弦の日常をより一層騒がしく、そして鮮やかに彩り始めている。
その夜、寝る前に結弦のスマホに届いた最後のメッセージは、
『おやすみなさい、ユヅル。明日もあなたの盾となります』
という文字と、ぐっすり眠る子犬のスタンプだった。
結弦はそれを読み、小さく笑ってから、自分も初めて「おやすみ」と一言だけ返した。
それだけで、アルヴィスが隣のソファで「おおおっ!」と歓喜の声を上げたのは、言うまでもない。
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