異世界の勇者様が俺のワンルームに逆転生(居候)してきました。

たら昆布

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11話

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「……瀬戸くん、さっきからスマホ鳴りっぱなしじゃない? 彼女?」

職場のデスクで、隣の席の同僚・佐藤さんにニヤニヤしながら声をかけられた。
結弦(ゆづる)は慌ててスマートフォンの画面を伏せる。
液晶には、アルヴィスから送られてきた『(筋トレするウサギのスタンプ)』と『今日の夕飯は何を召喚すれば……失礼、何を作ればよろしいでしょうか!』という通知が並んでいた。

「い、いえ、違いますよ。ただの居候……じゃなくて、居候気味の知人です」

「ふーん。まあ、瀬戸くんお人好しだからねえ。……あ、そうだ。今日の仕事終わり、駅前のイタリアン行かない? ほら、プロジェクトの打ち上げ。みんなで行く予定なんだけど」

「えっ、あ……。でも、家で待ってる人がいるので……」

「いいじゃん一回くらい! 瀬戸くん、最近付き合い悪いんだから。課長も来るよ?」

そう言われると、断るのが苦手な結弦の性格が顔を出す。
結局、「一時間だけ」という条件で、結弦は飲み会に参加することになってしまった。

アルヴィスに『ごめん、今日はご飯いらない。少し遅くなる』とメッセージを送ると、即座に『了解しました! 武運を! ですが、あまり夜風に当たって冷えぬようお気をつけください』という返信が来た。

(……なんか、悪いことしたかな)

そんな罪悪感を抱えつつ、結弦は駅前の小洒落たイタリアンへ向かった。
飲み会はそれなりに盛り上がった。佐藤さんや他の同僚たちと仕事の愚痴を言い合い、少しお酒が入って結弦の顔も赤らんでいた頃。

「ねえねえ、瀬戸くん。その『知人』って、こないだ会社に来たあの超絶イケメンくんのこと?」

「え、あ、はい。そうですけど……」

「えー! 羨ましい! あんなモデルみたいな人と一緒に住んでるの? どんな関係? 瀬戸くんってば、隠し事上手なんだから」

女性陣が身を乗り出してくる。結弦は「ただの行きがかりで……」と弁明するが、お酒の勢いもあってか、質問攻めは止まらない。
そんな中、ふと店内の空気が一変した。

自動ドアが開くと同時に、店内の客たちの視線が一箇所に集中したのだ。

「……ユヅル」

低く、心地よく響く声。
そこには、フードを深く被りつつも隠しきれないオーラを放つアルヴィスが立っていた。
手にはなぜか、結弦の「折りたたみ傘」を大事そうに握りしめている。

「ア、アルヴィス!? なんでここに!?」

「外で水滴が……いえ、雨が降り始めました。あなたは傘を持たずに戦地へ……会社へ行きました。だから、これをお届けに」

結弦が外を見ると、確かにいつの間にか雨が降り出していた。
アルヴィスは、結弦が会社に乗り込んだ際に場所を覚えたのか、あるいはスマホのGPS(アルヴィスは『追跡魔法』と呼んでいた)を駆使したのか、この店を突き止めたらしい。

「えっ、誰!? 本物!? かっこいい……!」
「瀬戸くん、やっぱり彼なの!?」

同僚たちが騒ぎ出す。アルヴィスは周囲の喧騒など目に入らない様子で、結弦の隣まで歩み寄ると、その赤い顔を覗き込んだ。

「ユヅル。顔が赤いです。もしや、毒素を含んだ酒という液体を飲みすぎたのでは?」

「だいじょうぶ、毒じゃないから。ただのワイン……。あ、ええと、みんな、僕の同僚です」

アルヴィスは一同を見渡すと、スッと背筋を伸ばし、洗練された動作で一礼した。

「ユヅルがお世話になっております。私は彼と共に暮らす者、アルヴィスです。主……彼がいつも皆さんの助けを借りていると聞き、感謝しております」

丁寧な挨拶に、佐藤さんたちはポッと頬を染めて固まっている。
しかし、アルヴィスはすぐに結弦に向き直ると、その手に持っていた傘を差し出し、少しだけ困ったように眉を下げた。

「……ユヅル。あなたが帰ってこないと、家の中がとても静かで……その、私は何をすればいいか分かりませんでした。やはり、私はあなたの隣にいるのが一番落ち着きます」

その言葉には広い草原で主人が帰ってくるのをじっと待っていた大型犬が、我慢できずに迎えに来てしまったような、そんな真っ直ぐで無垢な響きがあった。

「……ごめんね、アルヴィス。寂しくさせちゃったかな」

「いいえ。あなたが無事ならそれでいいのです。ですが……さあ、帰りましょう。雨脚が強くなる前に」

アルヴィスは結弦の肩をそっと抱き寄せた。その手は大きく、とても温かい。
同僚たちの「ひゃあぁ……!」という黄色い悲鳴を背中に浴びながら、結弦は逃げるように店を出た。

外に出ると、冷たい雨が降っていた。
アルヴィスは慣れた手つきで傘を広げると、自分が濡れるのも構わず、結弦の方へ大きく傘を傾けた。

「……ねえ、アルヴィス。会社の人たち、びっくりしてたよ」

「そうですか? 私はただ、あなたに傘を届けたかっただけですが」

「ふふ。……ありがとう。アルヴィスが来てくれて、ちょっとホッとした」

結弦がそう言うと、アルヴィスは嬉しそうに目を細めた。

「ユヅル。明日は、あなたが言っていた『ハンバーグ』を私が作ります。レシピ本を三回読み込みました。次は絶対に泡は出しません!」

「あはは、期待してるよ」

雨の音に混じって、勇者の楽しげな声が響く。
少しだけお酒の回った結弦は、隣を歩くアルヴィスの腕にそっと寄り添った。
広い背中と、雨を弾く黄金の髪。
異世界から来た勇者は、いつの間にか結弦にとって、日常という名の「帰り道」に欠かせない、一番大切なパートナーになっていた。

二人の影が、濡れたアスファルトに反射して、いつまでも並んで続いていくのだった。
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