23 / 29
23話
しおりを挟む
「……ユヅル、どけ。その軟弱な手つきで、この拠点の汚れが落ちると思っているのか」
和牛の宴から一夜明けた朝。結弦がいつものようにキッチンで洗い物を始めようとすると、背後からエルリックの冷徹な声が響いた。
トレンチコートの袖を豪快に捲り上げた彼は、結弦の手からスポンジを引ったくるように奪い取ると、シンクの前に仁王立ちになった。
「あ、エルリックさん。いいよ、僕がやるから。仕事前にそんなことさせられないし」
「黙れ。俺はこの押し入れという名の陣地を確保した身だ。寄生するだけの無能と思われるのは、四天王としての誇りが許さん。……それに、この油汚れ、まるで魔王城の地下迷宮に巣食うスライムのようにしつこい。俺が根絶やしにしてやる」
エルリックは凄まじい眼力で皿を睨みつけると、洗剤をワンプッシュし、まるで敵の首を撥ねるような鋭い動きで皿を磨き始めた。
「待ってください、エルリック! ユヅルの世話を焼くのは、この私の聖なる……いや、重要な任務です! 貴様のような破壊の化身に、繊細な家財道具を触らせるわけにはいきません!」
そこに、身だしなみを整え終えたアルヴィスが、血相を変えて乱入してきた。
彼はエルリックの横から割り込み、濡れた布巾を手に取って対抗する。
「アルヴィス。貴様の皿拭きは甘い。水滴が一点でも残れば、それは腐食の始まりだ。退け、これは俺が担当する戦域だ」
「何だと!? 貴様こそ、その物騒な力加減で皿を割らない保証があるのですか! 私はユヅルのために、一枚一枚に祈りを込めて……」
「祈りで皿が乾くか。……おい馬、邪魔だ! 貴様の毛が舞うだけで清潔度が0.8パーセント低下する!」
「ヒヒーン!(ボクはただ、朝の人参を待ってるだけだぞ!)」
キッチンは一気に、異世界の最前線のようなピリついた空気(と洗剤の泡)に包まれた。
結弦は、朝から火花を散らす勇者と四天王を交互に見ながら、困ったように眉を下げる。
「二人とも、落ち着いて。……そうだ。それなら、役割を分担しない? 喧嘩されるのが一番困るから」
結弦の提案に、二人はぴたりと動きを止め、真剣な眼差しをこちらに向けた。
「……分担か。よかろう。効率を重んじる俺にとって、無意味な衝突は時間の浪費だ。人間、いや、ユヅル。貴様が決めろ」
「私も異論はありません。主(あるじ)の命とあらば、たとえこの宿敵と背中を合わせる仕事であっても完遂してみせます!」
結弦は、唸りながらスマートフォンのメモ帳を開いた。
「ええと……。まず、重い買い物や力仕事、あと、細かい掃除はエルリックさんにお願いしていいかな。やっぱりパワーがあるし、徹底してくれそうだから」
「ふん。当然の判断だ。この街という戦場を駆け巡り、最も良質な資材(食材)を補給してこよう」
エルリックは満足げに頷く。どうやら「頼りにされる」こと自体は悪い気はしないらしい。
「アルヴィスは、お料理と……あ、洗濯をお願いしてもいい? アルヴィスが干すと、なんだか服がキラキラして見える気がするし」
「おお……! 洗濯! あの、水と風の魔導(全自動洗濯機)を操る儀式ですね! 承知しました、ユヅル。私の手で、あなたの衣類に太陽の加護を宿してみせましょう!」
「ヒヒーン?(ボクの役割は?)」
「スレイプニルは……アルヴィスが洗濯物を干してる間、ベランダで見張りをお願い」
「ワン!(任せろ!)」
こうして、結弦のワンルームに「家事分担制」という名の新たな秩序が生まれた。
しかし、それが平穏に繋がるかといえば、話は別だった。
「アルヴィス! 貴様、この靴下の干し方は何だ! 重力を計算して、左右のバランスを整えろと言っただろう!」
「うるさい! これが私の流儀です! 貴様こそ、買ってきた人参の長さがバラバラではありませんか! 」
「……。……。……二人とも、まだ揉めてるの?」
仕事へ行く準備を終えた結弦が苦笑しながら声をかけると、二人はパッと離れ、そっぽを向いた。
まだ親密度が高いとは言えない。けれど、一つの家を守るために、彼らなりに「最強の居場所」を作ろうとしていることだけは確かだった。
「……ま、いっか。それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい、ユヅル! 帰宅する頃には、この地を完璧な聖域にしておきます!」
「……ああ。道中、外敵に気をつけろ。貴様に何かあれば、俺の生活が困るからな」
背後で聞こえる、暑苦しいほどの見送りと、ぶっきらぼうな警告。
二人の「家事戦争」をBGMに、結弦は今日も今日とて、賑やかすぎる日常へと踏み出していくのだった。
和牛の宴から一夜明けた朝。結弦がいつものようにキッチンで洗い物を始めようとすると、背後からエルリックの冷徹な声が響いた。
トレンチコートの袖を豪快に捲り上げた彼は、結弦の手からスポンジを引ったくるように奪い取ると、シンクの前に仁王立ちになった。
「あ、エルリックさん。いいよ、僕がやるから。仕事前にそんなことさせられないし」
「黙れ。俺はこの押し入れという名の陣地を確保した身だ。寄生するだけの無能と思われるのは、四天王としての誇りが許さん。……それに、この油汚れ、まるで魔王城の地下迷宮に巣食うスライムのようにしつこい。俺が根絶やしにしてやる」
エルリックは凄まじい眼力で皿を睨みつけると、洗剤をワンプッシュし、まるで敵の首を撥ねるような鋭い動きで皿を磨き始めた。
「待ってください、エルリック! ユヅルの世話を焼くのは、この私の聖なる……いや、重要な任務です! 貴様のような破壊の化身に、繊細な家財道具を触らせるわけにはいきません!」
そこに、身だしなみを整え終えたアルヴィスが、血相を変えて乱入してきた。
彼はエルリックの横から割り込み、濡れた布巾を手に取って対抗する。
「アルヴィス。貴様の皿拭きは甘い。水滴が一点でも残れば、それは腐食の始まりだ。退け、これは俺が担当する戦域だ」
「何だと!? 貴様こそ、その物騒な力加減で皿を割らない保証があるのですか! 私はユヅルのために、一枚一枚に祈りを込めて……」
「祈りで皿が乾くか。……おい馬、邪魔だ! 貴様の毛が舞うだけで清潔度が0.8パーセント低下する!」
「ヒヒーン!(ボクはただ、朝の人参を待ってるだけだぞ!)」
キッチンは一気に、異世界の最前線のようなピリついた空気(と洗剤の泡)に包まれた。
結弦は、朝から火花を散らす勇者と四天王を交互に見ながら、困ったように眉を下げる。
「二人とも、落ち着いて。……そうだ。それなら、役割を分担しない? 喧嘩されるのが一番困るから」
結弦の提案に、二人はぴたりと動きを止め、真剣な眼差しをこちらに向けた。
「……分担か。よかろう。効率を重んじる俺にとって、無意味な衝突は時間の浪費だ。人間、いや、ユヅル。貴様が決めろ」
「私も異論はありません。主(あるじ)の命とあらば、たとえこの宿敵と背中を合わせる仕事であっても完遂してみせます!」
結弦は、唸りながらスマートフォンのメモ帳を開いた。
「ええと……。まず、重い買い物や力仕事、あと、細かい掃除はエルリックさんにお願いしていいかな。やっぱりパワーがあるし、徹底してくれそうだから」
「ふん。当然の判断だ。この街という戦場を駆け巡り、最も良質な資材(食材)を補給してこよう」
エルリックは満足げに頷く。どうやら「頼りにされる」こと自体は悪い気はしないらしい。
「アルヴィスは、お料理と……あ、洗濯をお願いしてもいい? アルヴィスが干すと、なんだか服がキラキラして見える気がするし」
「おお……! 洗濯! あの、水と風の魔導(全自動洗濯機)を操る儀式ですね! 承知しました、ユヅル。私の手で、あなたの衣類に太陽の加護を宿してみせましょう!」
「ヒヒーン?(ボクの役割は?)」
「スレイプニルは……アルヴィスが洗濯物を干してる間、ベランダで見張りをお願い」
「ワン!(任せろ!)」
こうして、結弦のワンルームに「家事分担制」という名の新たな秩序が生まれた。
しかし、それが平穏に繋がるかといえば、話は別だった。
「アルヴィス! 貴様、この靴下の干し方は何だ! 重力を計算して、左右のバランスを整えろと言っただろう!」
「うるさい! これが私の流儀です! 貴様こそ、買ってきた人参の長さがバラバラではありませんか! 」
「……。……。……二人とも、まだ揉めてるの?」
仕事へ行く準備を終えた結弦が苦笑しながら声をかけると、二人はパッと離れ、そっぽを向いた。
まだ親密度が高いとは言えない。けれど、一つの家を守るために、彼らなりに「最強の居場所」を作ろうとしていることだけは確かだった。
「……ま、いっか。それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい、ユヅル! 帰宅する頃には、この地を完璧な聖域にしておきます!」
「……ああ。道中、外敵に気をつけろ。貴様に何かあれば、俺の生活が困るからな」
背後で聞こえる、暑苦しいほどの見送りと、ぶっきらぼうな警告。
二人の「家事戦争」をBGMに、結弦は今日も今日とて、賑やかすぎる日常へと踏み出していくのだった。
0
あなたにおすすめの小説
路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―
たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。
以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。
「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」
トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。
しかし、千秋はまだ知らない。
レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。
とうふ
BL
題名そのままです。
クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。
転生したが壁になりたい。
むいあ
BL
俺、神崎瑠衣はごく普通の社会人だ。
ただ一つ違うことがあるとすれば、腐男子だということだ。
しかし、周りに腐男子と言うことがバレないように日々隠しながら暮らしている。
今日も一日会社に行こうとした時に横からきたトラックにはねられてしまった!
目が覚めるとそこは俺が好きなゲームの中で!?
俺は推し同士の絡みを眺めていたいのに、なぜか美形に迫られていて!?
「俺は壁になりたいのにーーーー!!!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる