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31話
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「……ユヅル。この平盤(ディスク)に封印された怨念……実に不気味な魔力を感じる。これがこの地の民が嗜む『ほらーえいが』という儀式なのか」
金曜日の夜。結弦が仕事帰りにレンタルしてきた一枚のDVDを手に取り、エルリックは押し入れの隙間から鋭い視線を投げかけた。その横では、アルヴィスが「ほう、新たな試練ですか!」と興味津々に身を乗り出している。
「そんな大層なものじゃないよ。ちょっと怖い幽霊の話なんだけど、たまにはみんなで映画でも観ようかなって。……あ、アルヴィス、無理しなくていいよ? 結構怖いらしいから」
「主、私を誰だと思っているのですか。数多の魔物や死霊を討ち払ってきたこの勇者アルヴィス、実体のない亡霊ごときに後れを取るはずがありません! いざ、その呪いとやらをこの目に焼き付けましょう!」
アルヴィスは胸を叩き、結弦の隣の特等席を確保した。スレイプニルも「ヒヒーン!(ボクも観るぞ、どうせ作り物だろ)」と、結弦の足元で余裕のあくびを漏らしている。
結弦が部屋の明かりを消し、再生ボタンを押すと、静まり返った室内を不気味な効果音が満たした。
画面に映し出されるのは、古い洋館。湿り気を帯びた足音、そして……。
「……ッ! ユ、ユヅル! 今、鏡の奥に何かが! 背後に誰かいましたぞ!」
開始十分。アルヴィスは既に結弦の腕をがっしりと掴み、黄金の髪を逆立てて震えていた。身長百九十センチの巨体が、結弦の後ろへ必死に隠れようとしている。
「ちょっと、アルヴィス! 近いし痛いよ! ほら、ただの映像だから!」
「いいえ、あれは間違いなく怨念の波動です! 物理攻撃が効かないタイプです! 剣を……私の聖剣があれば、あのテレビごと浄化して差し上げるのに!」
一方で、エルリックは腕を組み、画面を睨みつけながら冷静な……あるいは、冷徹すぎる分析を口にしていた。
「……ふん。非効率的だな。この幽霊とやらは、なぜ獲物が一人になるまで待つ必要がある? 廊下ですれ違った瞬間に頸動脈を狙えば、五秒で作戦は完了するはずだ。それに、この鏡の割れ方……魔力の伝播経路が不自然だ。物理法則を無視するにも限度があるだろう」
「……エルリックさん、それ言っちゃうと面白くないよ。ほら、このじわじわ来るのが怖いんだってば」
「理解できんな。ユヅル、この女がクローゼットを開ける確率、俺の計算によれば九十八パーセントだ。そしてその中には……ほら見ろ、死体だ。想定の範囲内すぎて欠伸が出る」
エルリックは鼻で笑い、余裕の態度を崩さない。だが、結弦は気づいていた。エルリックが握りしめているクッションが、彼の怪力によってミシミシと悲鳴を上げていることに。
映画が終わり、明かりを点けると、アルヴィスは魂が抜けたような顔で放心していた。
「……。主。私は今日、初めて知りました。世界には、剣で斬れない恐怖というものがあるのですね。今夜は、あなたの隣で結界を張らせていただきます……」
「はいはい、わかったから。……エルリックさんは、全然平気だったみたいだね」
「当然だ。俺を誰だと思っている。魔王軍四天王として、幾千の死霊兵を指揮してきたこの俺が、小娘の呪いごときに……。ふん、俺は押し入れに戻る。無駄な時間だった」
エルリックはぶっきらぼうに言い捨てると、そそくさと押し入れの中へ消え、襖をぴっちりと閉めた。
数時間後。深夜二時。
結弦がアルヴィスの寝息(という名の「主を守ります」といううわ言)を隣に聞きながら眠りにつこうとした時。
ガタ……ガタガタッ。
押し入れの中から、不自然な震動音が聞こえてきた。
「……ん? エルリックさん?」
結弦が薄目を開けると、押し入れの襖がわずかに開き、そこからエルリックの鋭い……しかし、どこか泳いでいる瞳が覗いていた。
「……。……ユヅル。起きているか」
「どうしたの、エルリックさん。こんな時間に」
「……。……この拠点の防御壁(押し入れの壁)が薄すぎる。万が一、先ほどの『びでお』に記録されていた呪詛が物理干渉を起こした場合、俺一人の魔力では……。いや、貴様が連れ去られては、明日からの補給(食費)に支障が出る」
エルリックはもごもごと言い訳を並べながら、ズルズルと押し入れから出てきた。その手には、銀の羅針盤が握られており、そこから放たれる微かな光が、室内を青白く照らしている。
「……ここ(床)に寝る。貴様の生存を確認し、周囲の魔力波形を監視するためだ。勘違いするなよ、人間。これはあくまで戦略的配置だ」
「……。……。……わかったよ。おやすみ、エルリックさん」
結弦は笑いをこらえながら、予備の毛布を差し出した。
結局、六畳一間の床には、結弦を挟むようにして勇者と四天王が川の字になって寝ることになった。
「ヒヒーン!(……結局、みんな怖がってるんじゃないか。ボクの場所が狭いぞ!)」
スレイプニルが足元で不満げに鳴き、三人の男たちの奇妙な合宿のような夜が更けていく。
翌朝、結弦が目を覚ますと、エルリックは誰よりも早く起きて押し入れに戻り、何事もなかったかのように「ユヅル、コーヒーの抽出準備が整ったぞ」と、いつもの冷徹な顔で告げた。
だが、その目の下にはうっすらとクマができており、彼が夜通し羅針盤を握りしめて「防衛魔法」を維持していたことを、結弦だけは知っていた。
「……二人とも、今夜は明るいコメディ映画にしようか」
「賛成です! 主、次は心が温まるお話がいいですな!」
「ふん。俺は効率的な情報収集ができるドキュメンタリーを推奨する。……だが、貴様らがどうしてもと言うなら、その『こめでぃ』とやらに付き合ってやらんこともない」
勇者と四天王、そして一匹。
幽霊よりも賑やかな居候たちに囲まれて、結弦の日常は今日も平和で、少しだけ狭い。
金曜日の夜。結弦が仕事帰りにレンタルしてきた一枚のDVDを手に取り、エルリックは押し入れの隙間から鋭い視線を投げかけた。その横では、アルヴィスが「ほう、新たな試練ですか!」と興味津々に身を乗り出している。
「そんな大層なものじゃないよ。ちょっと怖い幽霊の話なんだけど、たまにはみんなで映画でも観ようかなって。……あ、アルヴィス、無理しなくていいよ? 結構怖いらしいから」
「主、私を誰だと思っているのですか。数多の魔物や死霊を討ち払ってきたこの勇者アルヴィス、実体のない亡霊ごときに後れを取るはずがありません! いざ、その呪いとやらをこの目に焼き付けましょう!」
アルヴィスは胸を叩き、結弦の隣の特等席を確保した。スレイプニルも「ヒヒーン!(ボクも観るぞ、どうせ作り物だろ)」と、結弦の足元で余裕のあくびを漏らしている。
結弦が部屋の明かりを消し、再生ボタンを押すと、静まり返った室内を不気味な効果音が満たした。
画面に映し出されるのは、古い洋館。湿り気を帯びた足音、そして……。
「……ッ! ユ、ユヅル! 今、鏡の奥に何かが! 背後に誰かいましたぞ!」
開始十分。アルヴィスは既に結弦の腕をがっしりと掴み、黄金の髪を逆立てて震えていた。身長百九十センチの巨体が、結弦の後ろへ必死に隠れようとしている。
「ちょっと、アルヴィス! 近いし痛いよ! ほら、ただの映像だから!」
「いいえ、あれは間違いなく怨念の波動です! 物理攻撃が効かないタイプです! 剣を……私の聖剣があれば、あのテレビごと浄化して差し上げるのに!」
一方で、エルリックは腕を組み、画面を睨みつけながら冷静な……あるいは、冷徹すぎる分析を口にしていた。
「……ふん。非効率的だな。この幽霊とやらは、なぜ獲物が一人になるまで待つ必要がある? 廊下ですれ違った瞬間に頸動脈を狙えば、五秒で作戦は完了するはずだ。それに、この鏡の割れ方……魔力の伝播経路が不自然だ。物理法則を無視するにも限度があるだろう」
「……エルリックさん、それ言っちゃうと面白くないよ。ほら、このじわじわ来るのが怖いんだってば」
「理解できんな。ユヅル、この女がクローゼットを開ける確率、俺の計算によれば九十八パーセントだ。そしてその中には……ほら見ろ、死体だ。想定の範囲内すぎて欠伸が出る」
エルリックは鼻で笑い、余裕の態度を崩さない。だが、結弦は気づいていた。エルリックが握りしめているクッションが、彼の怪力によってミシミシと悲鳴を上げていることに。
映画が終わり、明かりを点けると、アルヴィスは魂が抜けたような顔で放心していた。
「……。主。私は今日、初めて知りました。世界には、剣で斬れない恐怖というものがあるのですね。今夜は、あなたの隣で結界を張らせていただきます……」
「はいはい、わかったから。……エルリックさんは、全然平気だったみたいだね」
「当然だ。俺を誰だと思っている。魔王軍四天王として、幾千の死霊兵を指揮してきたこの俺が、小娘の呪いごときに……。ふん、俺は押し入れに戻る。無駄な時間だった」
エルリックはぶっきらぼうに言い捨てると、そそくさと押し入れの中へ消え、襖をぴっちりと閉めた。
数時間後。深夜二時。
結弦がアルヴィスの寝息(という名の「主を守ります」といううわ言)を隣に聞きながら眠りにつこうとした時。
ガタ……ガタガタッ。
押し入れの中から、不自然な震動音が聞こえてきた。
「……ん? エルリックさん?」
結弦が薄目を開けると、押し入れの襖がわずかに開き、そこからエルリックの鋭い……しかし、どこか泳いでいる瞳が覗いていた。
「……。……ユヅル。起きているか」
「どうしたの、エルリックさん。こんな時間に」
「……。……この拠点の防御壁(押し入れの壁)が薄すぎる。万が一、先ほどの『びでお』に記録されていた呪詛が物理干渉を起こした場合、俺一人の魔力では……。いや、貴様が連れ去られては、明日からの補給(食費)に支障が出る」
エルリックはもごもごと言い訳を並べながら、ズルズルと押し入れから出てきた。その手には、銀の羅針盤が握られており、そこから放たれる微かな光が、室内を青白く照らしている。
「……ここ(床)に寝る。貴様の生存を確認し、周囲の魔力波形を監視するためだ。勘違いするなよ、人間。これはあくまで戦略的配置だ」
「……。……。……わかったよ。おやすみ、エルリックさん」
結弦は笑いをこらえながら、予備の毛布を差し出した。
結局、六畳一間の床には、結弦を挟むようにして勇者と四天王が川の字になって寝ることになった。
「ヒヒーン!(……結局、みんな怖がってるんじゃないか。ボクの場所が狭いぞ!)」
スレイプニルが足元で不満げに鳴き、三人の男たちの奇妙な合宿のような夜が更けていく。
翌朝、結弦が目を覚ますと、エルリックは誰よりも早く起きて押し入れに戻り、何事もなかったかのように「ユヅル、コーヒーの抽出準備が整ったぞ」と、いつもの冷徹な顔で告げた。
だが、その目の下にはうっすらとクマができており、彼が夜通し羅針盤を握りしめて「防衛魔法」を維持していたことを、結弦だけは知っていた。
「……二人とも、今夜は明るいコメディ映画にしようか」
「賛成です! 主、次は心が温まるお話がいいですな!」
「ふん。俺は効率的な情報収集ができるドキュメンタリーを推奨する。……だが、貴様らがどうしてもと言うなら、その『こめでぃ』とやらに付き合ってやらんこともない」
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