身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布

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2話

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「ふぅ……。ひとまず、このリビングだけは人が住めるレベルになったかな」

 昴は額の汗を拭い、腰に手を当てて満足げに息を吐いた。
 召喚されてから丸一日。食事として運ばれてきたのは、石のように硬いパンと、泥水のようなスープだけだった。
 だが、そんな劣悪な環境よりも、昴の心を折ったのは「汚れ」だった。

 あれから不眠不休で磨き上げた結果、埃の層に埋もれていた大理石の床は鏡のように光り、月明かりを美しく反射している。

「よし、次はあっちの棚だな。……ん?」

 部屋の隅、ガラクタが積み上がった影で、何かが「キュゥ」とか細く鳴いた。
 ネズミだろうか。昴は警戒しながらも、手に持った雑巾を構えて近寄る。

「……うわ、何これ。犬? 猫?」

 そこにいたのは、見たこともない生き物だった。
 体長二十センチほどの、雪のように真っ白でふわふわした毛並み。しかし、その体は赤黒い液体――血で汚れている。

「怪我してるのか? 待ってろ、今助けてやるから」

 昴は急いで、磨き上げたばかりの清潔な布を濡らして戻ってきた。
 生き物は怯えたように瞳を揺らしたが、昴が優しく「大丈夫だよ」と声をかけながら汚れを拭き取ると、次第に力を抜いて身を委ねてきた。

「よかった。深い傷じゃないみたいだ。……君も、ここに捨てられたのか?」

 白くて丸いその動物を抱き上げると、不思議と心が落ち着く。
 生き物は昴の胸に顔を埋め、「ウル……」と甘えたような声を漏らした。

「ウル? それが君の名前か。俺は昴。よろしくな、ウル」

 独りぼっちだった部屋に、少しだけ体温が増えた気がした。

 翌朝。
 離宮の重い扉が、乱暴な音を立てて開けられた。

「おい、ゴミ。まだ息はしているか」

 聞き覚えのある冷徹な声。
 アルフレート公爵だ。彼は背後に数人の近衛騎士を連れ、視察のついでと言わんばかりの冷たい足取りで部屋に踏み込んできた。

 だが、彼は一歩足を踏み入れた瞬間、その場で硬直した。

「……何だ、これは」

 アルフレートの黄金の瞳が、驚愕に大きく見開かれる。
 昨日まで、死の臭いが漂う廃墟だったはずの離宮。
 それが今は、王宮の執務室よりも遥かに清廉な空気に満ちていた。
 
 窓から差し込む朝日は曇り一つないガラスを透過し、磨き抜かれた床の上で煌めいている。
 そして何より、部屋の空気そのものが、まるで森の中にいるように澄み渡っていた。

「……あ、おはようございます。公爵様」

 部屋の奥から、袖をまくり、頭に手ぬぐいを巻いた昴がひょっこりと顔を出した。
 手には、ボロボロだが丁寧に洗われたバケツを持っている。

「お前……。魔法も使えぬはずの貴様が、一人でこれをやったのか?」

「魔法? いえ、ただの雑巾がけですけど。あ、そこの床、まだワックス(代わりの蜜蝋)が乾いてないんで、踏まないでもらえますか?」

 王国の軍神と呼ばれ、国王ですら敬語を使うアルフレートに対し、昴はごく自然に注意を促した。
 背後の騎士たちが「無礼者!」と剣の柄に手をかけるが、アルフレートはそれを手で制した。

 彼は吸い寄せられるように、部屋の中央へと歩み寄る。
 無意識に大きく息を吸い込んだアルフレートは、さらに眉を寄せた。

(……落ち着く。この、妙に甘く清らかな香りは何だ)

 公爵は、長年「呪い」に近いほどの魔力過多による不眠に悩まされていた。
 常に神経を逆なでされるような不快感が付きまとっていたはずなのに、この少年のそばにいるだけで、脳の芯が痺れるような安らぎを覚える。

「貴様。その手に持っているものは何だ」

「これですか? 庭に生えてたハーブと、水瓶の水を混ぜて作った洗浄液ですけど」

「……。名は?」

「え?」

「貴様の、名を聞いている」

 昨日、「ゴミ」と呼び捨てた男が、初めて昴を「人間」として認識した瞬間だった。

「……昴、です」

「スバル、か。妙な響きだな」

 アルフレートは昴の顔をじっと見つめた。
 黒い髪に、濡れたような夜色の瞳。昨日は汚れにまみれて気づかなかったが、よく見れば、この国にはいない類(たぐい)の、繊細で目を引く造形をしている。

 アルフレートは無意識に手を伸ばし、昴の頬に触れようとした。

「キュゥッ!!」

 その時、昴の足元からウルが飛び出し、アルフレートの手を威嚇した。

「うわっ、ウル! ダメだよ、この人は……えっと、大家さんみたいな人なんだから」

 昴が大慌てでウルを抱き上げる。
 アルフレートの手が空中で止まり、その視線がウルに注がれた。

「……まさか。それは聖域にしか棲息せぬはずの……」

 公爵の言葉が途切れる。
 彼は何かを確かめるように、再び昴を凝視した。

「スバル。今日から食事の質を上げろと命じておく。それと……」

「え?」

「その服は汚らしい。着替えを用意させる。それを着て、夕刻に私の本邸へ来い」

「……はい?」

 公爵は返事も待たずに、翻したマントの裾を揺らして去っていった。
 残された昴は、抱えたウルと顔を見合わせる。

「……夕食、招待されたのかな? お詫びに美味しいものでも食べさせてくれるならいいけど」

 昴はまだ気づいていなかった。
 アルフレートの瞳に宿った、冷徹さを塗り替えるほどの「どろりとした執着」の光に。

 そしてその頃、王宮の魔塔では、一人の男が水晶玉を覗き込みながら、不敵な笑みを浮かべていた。

「見つけたよ……。僕の渇きを癒してくれそうな、最高の『苗床』をね」

 銀髪の魔導師、ヴィンセントの指先が、水晶の中に映る昴の姿を愛おしげになぞった。
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