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4話
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「……はぁ。昨日の晩餐、本当に胃が痛かったな……」
翌朝、昴は離宮の広々としたバルコニーで、朝日の光を浴びながら大きく伸びをした。
アルフレート公爵とヴィンセント魔導師。あの二人の間に漂っていた一触即発の空気は、思い出しただけでも寿命が縮みそうだ。
「ま、考えても仕方ない。今日はこのバルコニーの欄干を磨くぞ。ウル、手伝ってくれるか?」
「キュイッ!」
足元でウルが元気に返事をする。
昴が鼻歌交じりにボロ布を動かし始めた、その時だった。
「――おーい! そこの君が、噂の『間違い召喚者』か!?」
離宮の庭を囲む高い柵を、軽々と飛び越えてくる影があった。
ドサッ、と豪快な音を立てて着地したのは、燃えるような赤髪を短く刈り込んだ、体格の良い青年だった。
まばゆい白の隊服に、金色の縁取り。近衛騎士団の団長にしか許されない意匠だ。
男は昴を見つけるなり、太陽のような屈託のない笑顔を浮かべて大股で歩み寄ってきた。
「やっぱり男だったんだな! いやあ、城下じゃ『黒髪の絶世の美女が監禁されてる』なんて噂で持ち切りだったから、気になって見に来ちまった!」
「えっ、あ、はい。……あの、どちら様ですか?」
「俺か? 俺は近衛騎士団長のレオン・ハワードだ! よろしくな、スバル!」
レオンは初対面とは思えない距離感で、昴の肩をバシバシと叩いた。
その手のひらは分厚く、硬いタコがいくつもある「剣士の手」だったが、不思議と嫌な感じはしない。
「閣下やヴィンセントが君を隠したがるもんだから、どんな弱々しい奴かと思えば……。案外、いい面構えしてるじゃないか! 気に入ったぞ!」
「はは……ありがとうございます。レオンさん、ですか」
「レオンでいい! ところでスバル、さっきから何してるんだ? その布を持って……ダンスの練習か?」
「いえ、掃除です。ここ、汚かったので」
「掃除ぃ? そんなもん、使用人にやらせりゃいいだろうが!」
レオンは豪快に笑い飛ばしたが、ふと、昴が磨き上げたばかりの欄干に目を留めた。
「……。おい、これ、すごいな。魔法をかけたのか? 自分の顔が映るくらいピカピカじゃねえか」
「ただの雑巾がけですよ。レオンさんの剣も、ちゃんと手入れすればもっと光るんじゃないですか?」
昴が何気なくレオンの腰に差された大剣を指差すと、レオンは一瞬、きょとんとした。
騎士にとって、剣の手入れは魂を磨くことと同義だ。だが、一般人にそんなことを言われたのは初めてだった。
「ははっ! 違いない! よし、スバル。お前、面白い奴だな! 気に入った、今日から俺が特訓に付き合ってやる!」
「えっ、特訓!? いや、俺は別に騎士になりたいわけじゃ……」
「男なら身を守る術くらい持っておけ! 俺が直々に稽古をつけてやる。ほら、その雑巾を置いてこっちに来い!」
レオンは無理やり昴の腕を掴むと、庭の開けた場所へと連れ出した。
アルフレートの「支配的なエスコート」や、ヴィンセントの「ねっとりとした接触」とは違う。レオンのそれは、まるで兄貴分が弟を遊びに誘うような、カラッとした強引さだった。
「いいか、まずは足腰だ。腰を低くして――って、お前、体が細すぎるぞ! ちゃんと飯食ってるのか?」
レオンは背後から昴の腰を抱えるようにして、姿勢を正そうとする。
筋肉質な胸板が昴の背中に当たり、熱い体温が伝わってくる。
「あ、ちょ、レオンさん、近いですって!」
「気にするな! 男同士だろ! よし、そのまま俺を押し返してみろ。ほら、もっと力を入れて――」
その時だった。
「……レオン。貴様、そこで何をしている」
冷え切った声が、庭の入り口から響いた。
そこには、眉間に深い皺を寄せたアルフレートが立っていた。
その背後には、不敵な笑みを浮かべつつも目が全く笑っていないヴィンセントの姿もある。
「おお、閣下! ヴィンセントもか! いやあ、スバルに稽古をつけてやろうと思ってな。こいつ、筋がいいですよ!」
レオンは無邪気に笑いながら、昴の肩を抱き寄せた。
その瞬間、アルフレートの周囲の空気が凍りつき、ヴィンセントの周囲で魔力がパチパチと音を立てる。
「レオン。その手を離せと言ったら、どうする?」
アルフレートの黄金の瞳が、これまでにない殺気を孕んでいる。
ヴィンセントも、手にした杖を弄びながら言葉を継いだ。
「レオン団長、野蛮な騎士の理屈をスバル君に押し付けないでもらえるかな。彼は繊細な『検体』なんだ。君のように乱暴に扱うと、壊れてしまうよ?」
「あん? 乱暴なもんか、これはスキンシップだろ! 二人がこいつを離宮に閉じ込めておくから、元気がなくなっちまうんだ。スバル、今度俺の騎士団の訓練所に来いよ。美味い肉、腹いっぱい食わせてやるからな!」
「えっ、あ、肉は食べたいですけど……」
昴が反射的に答えると、アルフレートとヴィンセントの視線が、同時に昴を射抜いた。
(……あああ、もう! なんでこの人たち、俺が他の人と話すだけでこんなに怖くなるんだよ!?)
レオンの裏表のない明るさは、今の昴にとって唯一の救いだった。
しかし、その「救い」が、猛獣二人の嫉妬の火に油を注いでいることに、昴はまだ気づいていなかった。
「……スバル。今日は本邸で、私と一緒に食事をする。レオン、貴様はさっさと持ち場に戻れ」
アルフレートが昴の手首を掴み、自分の方へと引き寄せる。
ヴィンセントも逆側の肩に手を置き、耳元で囁く。
「残念だったね、スバル君。でも安心して、夜にこっそり遊びに行ってあげるから」
「えぇっ、勘弁してください……」
レオンは「なんだよ、お前らケチだなあ!」と笑いながら手を振っているが、昴は確信していた。
この異世界生活、掃除よりも何よりも、この男たちの相手をするのが一番過酷な仕事になりそうだということを。
翌朝、昴は離宮の広々としたバルコニーで、朝日の光を浴びながら大きく伸びをした。
アルフレート公爵とヴィンセント魔導師。あの二人の間に漂っていた一触即発の空気は、思い出しただけでも寿命が縮みそうだ。
「ま、考えても仕方ない。今日はこのバルコニーの欄干を磨くぞ。ウル、手伝ってくれるか?」
「キュイッ!」
足元でウルが元気に返事をする。
昴が鼻歌交じりにボロ布を動かし始めた、その時だった。
「――おーい! そこの君が、噂の『間違い召喚者』か!?」
離宮の庭を囲む高い柵を、軽々と飛び越えてくる影があった。
ドサッ、と豪快な音を立てて着地したのは、燃えるような赤髪を短く刈り込んだ、体格の良い青年だった。
まばゆい白の隊服に、金色の縁取り。近衛騎士団の団長にしか許されない意匠だ。
男は昴を見つけるなり、太陽のような屈託のない笑顔を浮かべて大股で歩み寄ってきた。
「やっぱり男だったんだな! いやあ、城下じゃ『黒髪の絶世の美女が監禁されてる』なんて噂で持ち切りだったから、気になって見に来ちまった!」
「えっ、あ、はい。……あの、どちら様ですか?」
「俺か? 俺は近衛騎士団長のレオン・ハワードだ! よろしくな、スバル!」
レオンは初対面とは思えない距離感で、昴の肩をバシバシと叩いた。
その手のひらは分厚く、硬いタコがいくつもある「剣士の手」だったが、不思議と嫌な感じはしない。
「閣下やヴィンセントが君を隠したがるもんだから、どんな弱々しい奴かと思えば……。案外、いい面構えしてるじゃないか! 気に入ったぞ!」
「はは……ありがとうございます。レオンさん、ですか」
「レオンでいい! ところでスバル、さっきから何してるんだ? その布を持って……ダンスの練習か?」
「いえ、掃除です。ここ、汚かったので」
「掃除ぃ? そんなもん、使用人にやらせりゃいいだろうが!」
レオンは豪快に笑い飛ばしたが、ふと、昴が磨き上げたばかりの欄干に目を留めた。
「……。おい、これ、すごいな。魔法をかけたのか? 自分の顔が映るくらいピカピカじゃねえか」
「ただの雑巾がけですよ。レオンさんの剣も、ちゃんと手入れすればもっと光るんじゃないですか?」
昴が何気なくレオンの腰に差された大剣を指差すと、レオンは一瞬、きょとんとした。
騎士にとって、剣の手入れは魂を磨くことと同義だ。だが、一般人にそんなことを言われたのは初めてだった。
「ははっ! 違いない! よし、スバル。お前、面白い奴だな! 気に入った、今日から俺が特訓に付き合ってやる!」
「えっ、特訓!? いや、俺は別に騎士になりたいわけじゃ……」
「男なら身を守る術くらい持っておけ! 俺が直々に稽古をつけてやる。ほら、その雑巾を置いてこっちに来い!」
レオンは無理やり昴の腕を掴むと、庭の開けた場所へと連れ出した。
アルフレートの「支配的なエスコート」や、ヴィンセントの「ねっとりとした接触」とは違う。レオンのそれは、まるで兄貴分が弟を遊びに誘うような、カラッとした強引さだった。
「いいか、まずは足腰だ。腰を低くして――って、お前、体が細すぎるぞ! ちゃんと飯食ってるのか?」
レオンは背後から昴の腰を抱えるようにして、姿勢を正そうとする。
筋肉質な胸板が昴の背中に当たり、熱い体温が伝わってくる。
「あ、ちょ、レオンさん、近いですって!」
「気にするな! 男同士だろ! よし、そのまま俺を押し返してみろ。ほら、もっと力を入れて――」
その時だった。
「……レオン。貴様、そこで何をしている」
冷え切った声が、庭の入り口から響いた。
そこには、眉間に深い皺を寄せたアルフレートが立っていた。
その背後には、不敵な笑みを浮かべつつも目が全く笑っていないヴィンセントの姿もある。
「おお、閣下! ヴィンセントもか! いやあ、スバルに稽古をつけてやろうと思ってな。こいつ、筋がいいですよ!」
レオンは無邪気に笑いながら、昴の肩を抱き寄せた。
その瞬間、アルフレートの周囲の空気が凍りつき、ヴィンセントの周囲で魔力がパチパチと音を立てる。
「レオン。その手を離せと言ったら、どうする?」
アルフレートの黄金の瞳が、これまでにない殺気を孕んでいる。
ヴィンセントも、手にした杖を弄びながら言葉を継いだ。
「レオン団長、野蛮な騎士の理屈をスバル君に押し付けないでもらえるかな。彼は繊細な『検体』なんだ。君のように乱暴に扱うと、壊れてしまうよ?」
「あん? 乱暴なもんか、これはスキンシップだろ! 二人がこいつを離宮に閉じ込めておくから、元気がなくなっちまうんだ。スバル、今度俺の騎士団の訓練所に来いよ。美味い肉、腹いっぱい食わせてやるからな!」
「えっ、あ、肉は食べたいですけど……」
昴が反射的に答えると、アルフレートとヴィンセントの視線が、同時に昴を射抜いた。
(……あああ、もう! なんでこの人たち、俺が他の人と話すだけでこんなに怖くなるんだよ!?)
レオンの裏表のない明るさは、今の昴にとって唯一の救いだった。
しかし、その「救い」が、猛獣二人の嫉妬の火に油を注いでいることに、昴はまだ気づいていなかった。
「……スバル。今日は本邸で、私と一緒に食事をする。レオン、貴様はさっさと持ち場に戻れ」
アルフレートが昴の手首を掴み、自分の方へと引き寄せる。
ヴィンセントも逆側の肩に手を置き、耳元で囁く。
「残念だったね、スバル君。でも安心して、夜にこっそり遊びに行ってあげるから」
「えぇっ、勘弁してください……」
レオンは「なんだよ、お前らケチだなあ!」と笑いながら手を振っているが、昴は確信していた。
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