身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布

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13話

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 伝説の泉が復活し、王宮全体に清浄な空気が満ちた翌日。
 昴(スバル)の住む離宮の周囲には、これまでにない騒がしさが漂っていた。
 
 事の真相を知りたがる文官たちや、一目「浄化の少年」を拝もうとする貴族たちが、面会を求めて押し寄せていたのだ。
 だが、その騒乱は離宮の門を一歩も越えることはできなかった。
 
「……帰れと言っている。聞こえなかったか」
 
 門前に立ちはだかるのは、ベルンハルト公爵、アルフレートである。
 軍の最高責任者である彼が、たった一人の少年の住まいを警護するために直々に立っている。その「威圧の黒髪」から放たれる凄まじいプレッシャーに、貴族たちは蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。
 
「し、しかし閣下、陛下への報告書を作成せねばならず……」
 
「報告なら私が済ませた。スバルは今、非常に重要な『儀式』の最中だ。指先一本、視線一つ触れさせるわけにはいかない」
 
 アルフレートが言う「重要な儀式」とは、もちろん昴の朝の拭き掃除のことだったが、事情を知らない者たちには、何やら国を揺るがす秘術のように聞こえていた。
 
 一方、離宮の内部。
 外の喧騒などどこ吹く風で、昴は縁側の雑巾がけに精を出していた。
 
「よし、今日もワックスの効きがいいな。サポンの実に、あの泉の水を混ぜたのが正解だったみたいだ」
 
 昴の隣では、ヴィンセントが書類を宙に浮かせて仕分けをしながら、のんびりとハーブティーを啜っている。
 
「外が賑やかだね、スバル君。アルフレートが門番をして、レオンが外周のパトロール、シオンが陛下を宥めに行っている。これほど鉄壁な防衛線は、帝国の歴史上でも初めてじゃないかな」
 
「……。皆さん、暇なんですか?」
 
 昴が手を止めて呆れたように言うと、ヴィンセントは楽しげに肩をすくめた。
 
「まさか。全員、一分一秒を惜しむほど忙しい立場だよ。でも、今の彼らにとって、君のこの静かな空間を守ること以上に優先すべき公務なんて存在しないのさ」
 
「変な人たち……。あ、ヴィンセント様、そこ足退けてください。まだ磨き終わってません」
 
「おっと、失礼。……スバル君、君は本当に、自分がどれほど特別なことをしたか分かっていないんだね」
 
 ヴィンセントの紫の瞳が、真剣な光を帯びる。
 昨日の泉の復活は、王都に巣食っていた数百年分の「澱み」を洗い流した。それは王国の魔導バランスを劇的に改善させ、魔導師たちの呪文の精度すら向上させたのだ。
 
「特別なことなんてしてませんよ。俺はただ、汚い場所があったから綺麗にした。それだけです。実家の親父もよく言ってたんですよ。『掃除に裏表はない。磨いた分だけ、世界は応えてくれる』って」
 
 昴が誇らしげに胸を張る。その黒髪が、差し込む光を反射してさらりと揺れた。
 
「磨いた分だけ、世界が応えるか……。ふふ、君らしい言葉だね」
 
 そこへ、外回りのパトロールを終えたレオンが、窓からドカドカと入ってきた。
 
「おうスバル! 外の野次馬ども、あらかた蹴散らしてやったぜ! ついでに、城下の食堂から美味そうなパイを差し入れに持ってきた!」
 
「あ! レオンさん、土足厳禁って何度言えば分かるんですか! せっかく磨いたのに!」
 
「あっ……す、すまねえ! 癖でつい……!」
 
 最強の騎士団長が、昴に叱られて慌てて靴を脱ぎ、隅っこで小さくなる。
 そこへ、王城から戻ってきたシオンが、涼しげな顔で現れた。
 
「みんな、お疲れ様。陛下には『浄化の儀式は極めて繊細で、部外者の接触は破滅を招く』って伝えておいたよ。これでしばらくは静かになるはずだ」
 
「シオン様、嘘はダメですよ……。ただの掃除ですから」
 
「嘘じゃないよ、スバル。僕にとっては、君がこの離宮から連れ去られることこそが『破滅』だからね」
 
 シオンがいつものように甘い微笑みを向けるが、昴は「はいはい」と聞き流して、レオンが持ってきたパイの包みを開けた。
 
 夕暮れ時、門番の任を解かれたアルフレートも合流し、離宮のリビングでささやかな茶会が開かれた。
 
「……。静かだな」
 アルフレートが、安堵のため息を漏らす。
 外の喧騒を完全に遮断したこの離宮は、今や彼らにとって、何物にも代えがたい心の拠り所となっていた。
 
 昴の淹れたお茶を飲みながら、四人の支配者たちは互いに顔を見合わせる。
 これまで対立し、競い合ってきた彼らが、一人の少年の「掃除の時間」を守るために、自然と肩を並べている。
 
「スバル。明日はどこを掃除する予定だ?」
 アルフレートが問いかける。
 
「えーと、明日は離宮の屋根裏ですね。大きなネズミ……じゃなくて、ウルの友達みたいなのが住み着いてる気がするので」
 
「それなら俺が追い出してやる!」
「僕が快適な環境に改造してあげよう」
「屋根裏か。埃が凄そうだから、僕が風魔法で吸い取ってあげるよ」
「……私が見守ろう」
 
 相変わらず賑やかすぎる彼らを眺めながら、昴はふっと笑みをこぼした。
 
「皆さん、本当に掃除が好きですね」
 
「「「「違う(そうじゃない)」」」」
 
 四人のハモった否定が響き、離宮は平和な笑いに包まれた。
 
 足元ではウルが、美味しいパイの欠片を頬張りながら、幸せそうに尻尾を振っていた。
 世界がどう変わろうと、この場所だけは、昴の手によっていつでも清潔で、暖かく、そして穏やかな風が吹き抜けていく。
 それは、どんな魔法よりも強力で、どんな剣よりも確かな「聖域」の姿であった。
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