呪いで子犬になった最強騎士団長、うっかり拾った平民に全身全霊で愛でられる 〜人間の姿に戻ってもその抱擁、継続希望です〜

たら昆布

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2話

翌朝、隙間風が鳴らす木板の音でエルネは目を覚ました。視界に飛び込んできたのは、昨夜急ごしらえで修繕した小屋の、あちこちから漏れる頼りない朝日だ。寝返りを打とうとして、腕の中にずっしりとした、心地よい重みを感じる。

「……あ、生きてる」

腕の中にいた白い塊――シロが、微かに身じろぎをした。エルネは安堵の息を吐き、その柔らかい耳の付け根をそっと撫でる。汚れが落ちた毛並みは、朝の光を浴びて真珠のような光沢を放っていた。

(……やめろ。気安く触るなと言っているだろうが)

クラウスは、頭上から降り注ぐエルネの寝ぼけ眼な視線に、内心で毒づいた。騎士団長として、朝は常に規律正しく、誰よりも早く起床するのが彼の矜持だった。それなのに、今はどうだ。平民の少年に抱きかかえられ、その体温を貪るように眠りこけていたのだ。あまりの屈辱に、黄金の瞳が鋭く細められる。

だが、空腹は容赦なく彼の誇りを削り取っていく。エルネの腹の虫が小さく鳴ると、それに呼応するようにクラウスの小さな腹からも、情けない音が響いた。

「ふふ、お腹空いたね。ちょっと待ってて、すぐに用意するから」

エルネは名残惜しそうに腕を解くと、冷え切った床に足を下ろした。昨夜の残りのミルクはもうない。彼はカバンの中から、実家を追い出される際に咄嗟に詰め込んだ、乾いた保存食の包みを取り出した。

「僕のはこれだけでいいかな。シロには、もっと栄養があるものをあげたいけど……」

エルネは小屋の隅に放置されていた古い鍋を手に取った。鉄製で錆が目立っていたが、彼はそれを愛おしそうに撫でる。その瞬間、彼の指先から微かな、それでいて極めて高密度の魔力が流れ込んだ。

(……!?今、何をした?)

クラウスの目が驚愕に見開かれる。この少年に魔力はないはずだった。ゲルハルト家の出来損ないとして、王都でも噂されるほどの無能。だが今、目の前で行われたのは、高度な魔導具師による「物質の活性化」に他ならない。錆びついていた鍋が、魔法の輝きを帯びて瞬時に新品同様の輝きを取り戻した。

エルネは鼻歌を歌いながら、小屋の裏手にある湧き水へと向かう。彼は魔法のコンロなど持っていないはずだが、拾い集めた石を組み合わせて作った竈に手をかざすと、小さな火種が瞬時に大きな炎へと成長した。

「よし、スープができたよ。シロ、おいで」

ボウルに注がれたのは、干し肉と森で見つけた野草を煮込んだ、香ばしい匂いのするスープだ。エルネはそれを丁寧に冷まし、クラウスの前に置いた。

クラウスは戸惑っていた。この少年の魔力は、従来の測定法では決して測れないほど異質だ。あまりに澄み渡り、物質と一体化しすぎるために、魔力そのものとして認識されない。

(……毒見は不要か。この香りは、反則だな)

抗いきれない食欲に負け、クラウスはスープを啜り始めた。温かい液が五臓六腑に染み渡り、呪いで凝り固まった筋肉が解きほぐされていく。エルネはその様子を満足げに眺めながら、自分は硬いパンを小さく齧っていた。

「美味しい?よかった。今日は、この家をもっと住みやすくするからね」

食後、エルネの「家造り」が始まった。
彼は古いナイフ一本で、森から拾ってきた木材を魔法のような手際で削り出していく。釘一本使わない精巧な組み木。それらはエルネが触れるたびに、まるで生きているかのように強固に結びついていった。

屋根の穴を塞ぎ、壁の隙間を埋め、さらには壊れていた椅子までを数時間で修復してしまう。クラウスはその驚異的な作業工程を、特等席である切り株の上からじっと見守っていた。

(信じられん。宮廷魔導具師の連中が見れば、泡を吹いて倒れるぞ。これほどの工芸魔法、私は見たことがない)

クラウスの視線に気づいたエルネが、作業の手を止めて微笑む。
「そんなに見つめられると照れちゃうな。あ、もしかして、そこが気に入ったの? もうすぐもっとふかふかのベッドを作ってあげるからね」

そう言って、エルネはクラウスの元へ歩み寄り、ひょいと持ち上げた。
「うわ、やっぱり軽い。もっとたくさん食べないとダメだね」

クラウスの小さな体が、エルネの胸元に密着する。昨夜の嵐の中で感じたあの温もりが、再び彼を包み込んだ。エルネはクラウスの首筋に顔を埋め、深く息を吸い込む。

「君がいてくれて、本当によかった。一人だったら、寂しくて泣いてたかもしれない」

エルネの言葉は、何の裏も、計算もなかった。追放され、家族を失い、絶望の淵に立たされているはずの少年。それなのに、彼は自分を哀れむことよりも、拾った一匹の子犬との生活に心からの幸せを感じていた。

(……おめでたい奴だ。だが、その愚かさに救われているのは私の方か)

クラウスは、自分を抱きしめる少年の胸元に、そっと顎を乗せた。
最強の騎士団長として、常に誰かの守り手であり続けた男にとって、一方的に「守られ、慈しまれる」という経験は、想像を絶するほど甘美で、毒のような陶酔を伴っていた。

昼下がり、修復された小屋は、以前の面影がないほど清潔で温かい空間に変わっていた。エルネは満足げに腰に手を当てると、完成したばかりの「犬用ベッド」――古い布に乾燥させた香草を詰め込んだ特製品――をクラウスに示した。

「見て見て、シロ!君専用の場所だよ。気に入ってくれるかな?」

クラウスは疑わしげにそのベッドに足をかけた。だが、エルネが施した微かな「安眠の加護」が働いているのか、足を踏み入れた瞬間に抗いがたい睡魔が襲ってきた。

(……このベッド、何かの罠か。体が、動か……ん……)

黄金の瞳がとろりと蕩け、クラウスはそのままベッドの真ん中で丸くなった。エルネはその姿を逃さず、指先でふかふかの腹を優しく撫で回す。

「くすぐったいの?可愛いなあ」

(や、やめ……そこは……っ。く、屈辱……だ……)

本能が、尻尾を微かに振らせてしまう。クラウスは必死で抗おうとしたが、エルネの「極上の撫で技」の前に、騎士団長としての理性が瞬く間に崩壊していく。

「あはは、お腹出してお昼寝なんて、シロは本当に無用心だね。僕が悪い人だったらどうするつもりだったの?」

無防備な腹を見せて転がる子犬に、エルネは呆れたような、けれど愛おしさでいっぱいの視線を向ける。その声は、森の静寂に溶け込むほど穏やかだった。

夕暮れ時、小屋の中にオレンジ色の光が差し込む。
エルネは修復した窓から外を眺め、ふと遠くの王都に思いを馳せた。
あの場所には、彼を疎んだ家族がいる。そして、国を支える最強の騎士団がいる。
だが今のエルネにとって、それらはもう別世界の出来事のように思えた。

「ねえ、シロ。僕たち、これからずっと仲良くやっていこうね」

寝ぼけ眼で頭を上げたクラウスに、エルネが優しく語りかける。
クラウスは、返事の代わりに小さく鼻を鳴らした。
最強の騎士と、無能とされた天才少年。
森の小さな小屋で紡がれる日々は、まだ始まったばかりだ。

しかし、その穏やかな時間は、間もなく訪れる「異変」の前触れに過ぎなかった。
夜の帳が下りる頃、エルネの腕の中で眠るシロの体に、月明かりが奇妙な紋様を描き出していた。
それは、呪いの封印が一時的に緩み始める兆し。

(……魔力が、溢れてくる。まさか、この平民の……エルネの魔力に当てられたというのか?)

意識の混濁の中で、クラウスは自分の体が熱く脈打つのを感じていた。
そしてその夜、エルネは「夢」を見ることになる。
真っ白な子犬の代わりに、月の光を背負い、全裸で自分を抱きしめる、この世のものとは思えないほど美しい男の夢を。
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