3 / 28
3話
しおりを挟む
あまりに場違いな美青年の登場に、店内の空気が一瞬で華やいだ気がした。
銀髪をさらりと揺らし、仕立てのいいシャツを着こなすその男の人は、シオンと名乗るまでもなかった。
テレビの音楽番組で何度も見たことがある、アイドルグループ『GALAXY』のリーダー、シオンさんだ。
「あ、あの……。はい、レオさんなら、ちょうど今お帰りになったばかりですが」
僕が戸惑いながら答えると、シオンさんはふっと息を吐き、レオさんが座っていた椅子に腰を下ろした。
「まったく、あいつは。撮影の合間にどこへ消えたかと思えば、こんな場所で油を売っていたのか」
呆れたような口調だが、その瞳にはどこか身内を案じるような温かい色が混じっている。
僕は少し緊張しながら、とりあえずお冷を運んだ。
「レオさんとは、お知り合いなんですか? お仕事仲間か何か……」
「君、レオの正体を知らずに接しているのか?」
「ええと、すごく綺麗な人なので、モデルさんかなぁとは思っていますけど」
シオンさんは僕を値踏みするようにじっと見つめた後、くすりと楽しそうに笑った。
「ふん。あいつが必死に変装している甲斐があったというわけか。あいつはレオ。この国のエンターテインメントの頂点を目指しているアイドルだよ。といっても、中身はただの泣き虫な同い年の友人だがね」
頂点。その言葉の響きに、僕はレオさんの凄さを改めて実感する。
やっぱり、あの『GALAXY』のセンター、レオさん本人だったんだ。
でも、それならどうして、あんな凄い人が僕みたいな普通の大学生に構うんだろう。
「レオは、昔からずっと誰かを探していたんだ。芸能界に入ったのも、有名になればその相手に見つけてもらえるかもしれないっていう、純粋な理由でね」
シオンさんは窓の外を眺めながら、どこか遠くを見るような目で呟いた。
「ようやく見つけたらしいが、あいつは見ての通りの性格だろう? 空回りして迷惑をかけていないか心配でね」
「迷惑だなんて、とんでもない。レオさんはとても礼儀正しくて、素敵な方ですよ」
僕が心からそう言うと、シオンさんは満足そうに頷いて立ち上がった。
「君、いい人だね。レオがこれほどまでに通いつめる理由が分かった気がするよ」
シオンさんは帰り際、入り口のドアに手をかけて振り返った。
「一つ、あいつの味方をしてやってくれないかな。レオは、君の前では最高に格好いい自分でいたいと思っている。もし正体がバレても、今まで通り普通に接してやってほしいんだ。あいつにとって、ここは唯一の『一休みできる場所』みたいだから」
優しく微笑んで、シオンさんは去っていった。
(一休みできる場所、か……。僕にできることがあればいいけど)
翌日、またいつもの時間にレオさんがやってきた。今日は一段と大きな眼鏡をかけて、顔を隠そうとしている。
「千秋さん、こんにちは! あの、今日はシフォンケーキ、まだありますか?」
シオンさんが言っていた「頂点のアイドル」とは程遠い、尻尾を振るワンコのような笑顔だ。
「ありますよ。レオさん、昨日お友達が来てましたよ。シオンさんって人」
僕がそう告げた瞬間、レオさんの顔が文字通り真っ青になった。
「えっ!? シ、シオンが……? な、何か変なこと言われませんでしたか? 僕がわがままだとか、実は部屋が汚いとか、そんなことっ!」
「いえ、そんなことは。ただ、レオさんは凄く頑張り屋さんだって褒めてましたよ。……あ、それと、アイドルだってことも」
レオさんはギクッとして動きを止める。そして、おずおずとサングラスを外し、不安そうな目で僕を見た。
「……嫌、ですか? アイドルなんてやってる人、なんだか遠い世界の人だって、思いますか?」
「まさか! 凄いなぁって尊敬します。あ、でも、あんまり無理はしないでくださいね。昨日も撮影で道に迷っちゃうくらい疲れてたみたいですし」
僕が本気で心配して言うと、レオさんの瞳にじわりと熱がこもった。
彼は僕の手を、テーブル越しにそっと握りしめる。
「千秋さんは、本当に優しいですね。僕のこと、アイドルとしてじゃなく、ただの『レオ』として心配してくれるの、千秋さんだけです」
その手のぬくもりが心地よくて、僕は手を引くのを忘れてしまった。
レオさんの真っ直ぐな視線に、僕の胸がトクンと小さな音を立てる。
けれど僕は、それを「綺麗な人に見つめられて緊張しただけだ」と、いつものように結論づけてしまったのだった。
銀髪をさらりと揺らし、仕立てのいいシャツを着こなすその男の人は、シオンと名乗るまでもなかった。
テレビの音楽番組で何度も見たことがある、アイドルグループ『GALAXY』のリーダー、シオンさんだ。
「あ、あの……。はい、レオさんなら、ちょうど今お帰りになったばかりですが」
僕が戸惑いながら答えると、シオンさんはふっと息を吐き、レオさんが座っていた椅子に腰を下ろした。
「まったく、あいつは。撮影の合間にどこへ消えたかと思えば、こんな場所で油を売っていたのか」
呆れたような口調だが、その瞳にはどこか身内を案じるような温かい色が混じっている。
僕は少し緊張しながら、とりあえずお冷を運んだ。
「レオさんとは、お知り合いなんですか? お仕事仲間か何か……」
「君、レオの正体を知らずに接しているのか?」
「ええと、すごく綺麗な人なので、モデルさんかなぁとは思っていますけど」
シオンさんは僕を値踏みするようにじっと見つめた後、くすりと楽しそうに笑った。
「ふん。あいつが必死に変装している甲斐があったというわけか。あいつはレオ。この国のエンターテインメントの頂点を目指しているアイドルだよ。といっても、中身はただの泣き虫な同い年の友人だがね」
頂点。その言葉の響きに、僕はレオさんの凄さを改めて実感する。
やっぱり、あの『GALAXY』のセンター、レオさん本人だったんだ。
でも、それならどうして、あんな凄い人が僕みたいな普通の大学生に構うんだろう。
「レオは、昔からずっと誰かを探していたんだ。芸能界に入ったのも、有名になればその相手に見つけてもらえるかもしれないっていう、純粋な理由でね」
シオンさんは窓の外を眺めながら、どこか遠くを見るような目で呟いた。
「ようやく見つけたらしいが、あいつは見ての通りの性格だろう? 空回りして迷惑をかけていないか心配でね」
「迷惑だなんて、とんでもない。レオさんはとても礼儀正しくて、素敵な方ですよ」
僕が心からそう言うと、シオンさんは満足そうに頷いて立ち上がった。
「君、いい人だね。レオがこれほどまでに通いつめる理由が分かった気がするよ」
シオンさんは帰り際、入り口のドアに手をかけて振り返った。
「一つ、あいつの味方をしてやってくれないかな。レオは、君の前では最高に格好いい自分でいたいと思っている。もし正体がバレても、今まで通り普通に接してやってほしいんだ。あいつにとって、ここは唯一の『一休みできる場所』みたいだから」
優しく微笑んで、シオンさんは去っていった。
(一休みできる場所、か……。僕にできることがあればいいけど)
翌日、またいつもの時間にレオさんがやってきた。今日は一段と大きな眼鏡をかけて、顔を隠そうとしている。
「千秋さん、こんにちは! あの、今日はシフォンケーキ、まだありますか?」
シオンさんが言っていた「頂点のアイドル」とは程遠い、尻尾を振るワンコのような笑顔だ。
「ありますよ。レオさん、昨日お友達が来てましたよ。シオンさんって人」
僕がそう告げた瞬間、レオさんの顔が文字通り真っ青になった。
「えっ!? シ、シオンが……? な、何か変なこと言われませんでしたか? 僕がわがままだとか、実は部屋が汚いとか、そんなことっ!」
「いえ、そんなことは。ただ、レオさんは凄く頑張り屋さんだって褒めてましたよ。……あ、それと、アイドルだってことも」
レオさんはギクッとして動きを止める。そして、おずおずとサングラスを外し、不安そうな目で僕を見た。
「……嫌、ですか? アイドルなんてやってる人、なんだか遠い世界の人だって、思いますか?」
「まさか! 凄いなぁって尊敬します。あ、でも、あんまり無理はしないでくださいね。昨日も撮影で道に迷っちゃうくらい疲れてたみたいですし」
僕が本気で心配して言うと、レオさんの瞳にじわりと熱がこもった。
彼は僕の手を、テーブル越しにそっと握りしめる。
「千秋さんは、本当に優しいですね。僕のこと、アイドルとしてじゃなく、ただの『レオ』として心配してくれるの、千秋さんだけです」
その手のぬくもりが心地よくて、僕は手を引くのを忘れてしまった。
レオさんの真っ直ぐな視線に、僕の胸がトクンと小さな音を立てる。
けれど僕は、それを「綺麗な人に見つめられて緊張しただけだ」と、いつものように結論づけてしまったのだった。
20
あなたにおすすめの小説
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
炎の精霊王の愛に満ちて
陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。
悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。
ミヤは答えた。「俺を、愛して」
小説家になろうにも掲載中です。
【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜
キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。
モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。
このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。
「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」
恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。
甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。
全8話。
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
塩対応だった旦那様が記憶喪失になった途端溺愛してくるのですが
詩河とんぼ
BL
貧乏伯爵家の子息であったノアは家を救うことを条件に、援助をしてくれることとなったラインドール公爵家の若気当主のレオンに嫁ぐこととなった。
塩対応で愛人がいるという噂のレオンやノアを嫌う義母の前夫人を見て、ほとんどの使用人たちはノアに嫌がらせをしていた。
そんな中、レオンが階段から転落し、レオンは記憶を失ってしまう。すると――
人並みに嫉妬くらいします
米奏よぞら
BL
流されやすい攻め×激重受け
高校時代に学校一のモテ男から告白されて付き合ったはいいものの、交際四年目に彼の束縛の強さに我慢の限界がきてしまった主人公のお話です。
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
姉の代わりに舞踏会に行ったら呪われた第三王子の初恋を奪ってしまった
近井とお
BL
幼少期、ユーリは姉によく似ていることから彼女の代わりに社交の場に出席することが多々あった。ある舞踏会の夜、中庭に姿を眩ませたユーリに誰かがぶつかってくる。その正体は呪われていると噂の第三王子であったが、ぶつかられたことに腹を立てたユーリは強気に接し、ダンスを踊った後、彼を捜している気配を感じてからかいながら立ち去る。
それから数年後、第三王子は初恋の令嬢を探し始めたが、それはユーリに違いなく……。
初恋の相手を捜す第三王子×軽口令息
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる